十六話 信じる
「アイクたちが持ってきた死体を調べた結果、未知なる薬物が検出された」
「未知なる薬物。ルークス王国の知識でも未知なのか?」
「禁忌の薬物でもなく、市販されている品とも違う。何者かが生み出した新薬だ。こんな品をどうやって作ったのか定かではないが、獣族が暴走した手前、人間にも効果がある可能性が高い」
「その可能性は高いな」
「だが、どのように暴走させるのか謎だ。飲んですぐに暴走するのか、はたまた遅効性なのか……」
キアズは本題に入るのが無駄に長い。加えて、アイクは無駄話が好きではなかった。
「さっさと本題を話せ」
キアズはしょぼくれた犬のような表情になる。口をしぶしぶ開く。
「研究中の者たちから、薬物によって変化した者の見本がもっと欲しいそうだ。出来れば、生きている者がいいらしい。魔物でも構わない。殺さずに持ち帰ってくれ」
「殺さずに……。また、難しいことを」
薬物によって暴走していた獣族は一時間ほどで死に至った。殺さずに生きたまま王都に持ち帰るのは、海や川で釣った魚を生かしたまま王都に運ぶのと同じくらい難しい。
だが、ギルドマスターの命令に加え、薬物について何かしらわかるのなら、やるしかない。
ただ、村や街で暴れ回っている個体は一体と限らないため、状況が限定される。一時間で王都に帰れる距離であり、暴れているのが少数である。この条件に当てはまらなければ達成は難しい。
キアズは顎に手を当てながら険しい顔をしていたアイクとシロに、ポーションを手渡す。
「暴走中は、魔力を急激に失う。だから、命が短いと仮定する。なら、外部から魔力を補給すれば、長時間生きていられると仮説が立てられた。試してみてくれ」
アイクはキアズからポーションを受け取り、外套の内ポケットに入れておく。
今まで受けていた討伐の依頼ではなく、ギルドマスターが直接依頼してくる珍しい依頼内容だった。
アイクとシロは一時間で戻れる範囲の土地を移動しながら、薬物によって暴走した魔物か獣族を探す。
いつもの依頼と特色が異なり、強くなれるような内容ではないため、アイクの表情はいつも以上に無表情だった。
アイクよりも、シロの方がやる気に満ちていた。
たっぷりと降り注ぐ陽光のもと、青々と生い茂る草原を歩き、耳を立て、音をけして逃さないといわんばかりに集中している。
木々に上る小さな生き物や、蝶、蜂、などの虫がのどかに飛んでいる自然豊かな土地。風が吹くと土や草、花の香りが混ざり合う。
王都から比較的近い地域のため、過去に受けた依頼の割合は少ない。犯罪者が王都に近い地域で人々を襲う理由が考えられなかった。
だが、アイクたちが見回りを始めて数分足らず、獣族の村を発見した。その際、獣族を攫おうとしている闇ギルドの者たちがいた。
「なっ、剣振り人形のアイクが来やがった!」
「まじか、遠出の街に行ってねえのかよ!」
アイクの性格上、似た依頼を多く受けるため、遠い位置で暴れている者を駆除しにいっていると誰もが予想できる。
闇ギルドの面々もブレイブの注意からアイクへの注意に変え、近場で仕事していたが回数を重ねれば不規則な状況も起こりえる。
アイクを見た瞬間に闇ギルドの者たちは全てを捨て、逃げの一手。村の中で魔物が暴れているため、その個体が注意を引き付けると踏んでいた。
逃げる闇ギルドの者たちのレベルは35。今のシロなら、問題なく戦える。
「シロは逃げた闇ギルドの奴らを殺さない程度に行動不能にしろ。俺は暴れている魔物の方を止める」
シロは大きく頷き、雑草が顔に当たりそうなほどの低姿勢で走り込む。逃げた闇ギルドの者たちの脚を蹴りで砕き、顔面をぶん殴って意識を飛ばした。ほとんど不意打ちのような攻撃だったため、敵はなすすべなく倒れていく。
アイクが飛び込んだ村は小規模だった。暴れている魔物の数が少ないのを良いことに持参した縄を肩から外す。
村を襲っていたのはカンガルーのような見た目の魔物、マクロープスだった。
飛び跳ねながら拳や蹴りを武闘家並の速度で放ってくる。
人程度の大きさながら、攻撃力と俊敏性は非常に高い。通常は茶色だが、目の前にいる個体は黒かった。巨大すぎず、捕まえやすい魔物だが殺さないのが条件だ。
「捕獲は得意じゃないんだがな……」
アイクはブラックレイリーを抜かず、縄を持った状態で足を肩幅に開く。
戦闘態勢に入ったアイクを見つけたマクロープスは足踏みしながら攻撃の機会をうかがっていた。薬によって暴走させられているにしては落ち着いた雰囲気。
その様子を見て首をかしげる。『精霊眼』で調べると『状態:覚醒』と表示された。
――薬の影響を受けているのは変わらないが暴走していない。薬の効果が変わっている? 又はまったく別の薬か?
考えこもうとした瞬間、マクロープスの蹴りがアイクの頬を擦過した。表情を変えることもなく、黒い瞳と目が合う。
ぺっぺっぺっ! と唾を吐くような鳴き声が耳障りで、縄で拘束しようと試みるも容易く回避された。
「明らかに、普通のマクロープスじゃないな」
アイクは『精霊眼』に力を籠め、詳細な情報を求めた。
『種族名:マクロープス。レベル:58。性別:雄。種族値:力:145。魔力:70。耐久:88。速度:112。能力値:力:227。魔力:104。耐久:161。速度:186。状態:覚醒・薬物により能力値が向上、魔力の消費なく活動可能』
「そこそこ強いな。なんなら、長時間生存できる個体か。捕獲するならちょうどいい」
そこらへんにいる魔物でレベルが58というのは中々見かけない。明らかに何者かの手が加わっている。
アイクは拳を握り、マクロープスのステップと同じリズムを刻む。
不意打ちやからめ手は使わず、真正面からの力技でマクロープスを攻撃した。それに対し、敵はアイクの実力を推し量り、真正面から攻撃せず村の建物や地形を使い逃げながらタイミングよく攻撃する。
通常の魔物より頭脳が高く、歴戦の猛者のようで戦いにくかった。倒すだけならまだしも、捕獲しなければいけないとなると、思うように動けない。
逃げた鶏を殺さずに小屋まで戻す作業に近かった。
闇ギルドの者たちを木々に縛り付け、村にやってきたシロはアイクが未だに魔物を捕まえられていない状況を見ていた。アイクからすればいつもの魔物より少し強い程度だが、レベル43のシロからしたら、黒いマクロープスに簡単に近づけるレベル差ではなかった。
自分が戦っても足手まといになるだけだと言い訳しようとしたシロは頬を叩き、アイクとマクロープスを挟み込む作戦を取るため、走り出す。
アイクから逃げるマクロープスの前に立ったシロは耳を立て、迫りくる黒い魔物を見ても腰を引かない。自分よりも強いとわかっているが、逃げてばかりでは強くなれないと知っている。
アイクの『精霊眼』に映るマクロープスの能力値はシロの能力値をほとんど上回っていた。今の彼女が真正面から戦って勝てる相手ではない。
――シロが大怪我を負う前に、マクロープスを切り捨てるか。
ブラックレイリーの柄を握ったころ。
「アイク、わたしを信じて!」
マクロープスよりも能力値が劣っているシロに信じろと言われても、マクロープスの攻撃がシロに直撃すれば無傷でいられないとわかっているアイクは彼女の言葉をすぐに受け入れられなかった。
だが、彼女の真っ直ぐな眼差しがアイクを射抜き、ブラックレイリーの柄から手を離す。
邪魔だ、どけっ! といわんばかりにマクロープスは勢いの乗った蹴りをシロ目掛け、放った。上級冒険者並、またはそれ以上の実力を持ったマクロープスの攻撃は洗練されており無駄がない。
シロはその攻撃をギリギリまで引き付け、前髪の数本を蹴り飛ばされながら直撃を回避。捻らせたしなやかな筋肉の推進力を使い、カウンターの拳をマクロープスの顔面に叩きこむ。
マクロープスは螺旋回転しながら弾き飛んだ。地面を数回跳ねながら体勢を整える。ぺっぺっぺっ! と叫びながら走り出そうとするものの、背後にアイクが立っていた。
腕を掴まれ咄嗟に地面を蹴り飛ばしながらアイクの顔面に蹴りを放つが当たらない。
アイクはマクロープスの腕を軽く放り、空中に浮かんでいるマクロープスの腹目掛けて高らかにあがった右脚を振り落とす。
地面に巨大なクレーターを生み出し、震度三程度の地震が村を襲う。震源地は村の中央、地上ゼロメートル。
口から黒い血を吹き出し、完全に伸びているマクロープスを逃げられないように縄でがんじがらめに拘束。
この個体を王都に持ち帰るのは少々不本意だが、依頼のため仕方がない。




