十四話 物は試し
シロは相手の心臓に耳を当てる。すでに止まっている。外部から心臓を押し込み、動かそうとするが獣族の心臓は動きださない。獣族はこと切れていた。
アイクは街を回り、暴走した魔物と獣族を全て切り伏せた後、地面に倒れ込んだ獣族の胸に手を置き、何度も押し込んでいるシロを見つける。『精霊眼』に映る獣族に『状態:死亡』の文字が浮かんでいる。
だが、シロは未だに止める素振りがない。
「シロ、その獣族はもう死んでいる」
「でも、まだ……」
「死んだ者は生き返らない。子供でも知っている」
アイクはシロが何しようとしていたのか見ていたわけではないが、彼女なら何をするかだいたい検討が付いていた。助けられなかったようだが。
シロは猫背のまま顔を顰め「また、苦しめた」と掠れた声で言う。その場で座り込み、助けられなかった獣族に向けて謝罪の言葉を何度も弱弱しく呟く。
アイクはシロの頭に手を置いていつも通り撫でた。
シロはうなだれたままだった。
「お前は難しい道を選んだ。その選択は強い者にしかできない。もっと自分を誇るといい」
アイクは死んだ獣族を担ぎ、街で借りた荷台に乗せる。すでに、他の死体も載せられており、土に生めるため森に向かおうとした。だが、シロはアイクを引き留める。
「この死体を国に持ち帰って調べてもらったら薬の情報を得られないかな……」
獣族は皆奴隷だった。姿形が原型とわからなくなっているほど変化している。この体を調べて何かわかるか定かではないが、何もしないよりは情報になるかもしれない。
「死んですら体をいじくられるのは、気持ちがいいことじゃないと思うが」
「きっと皆は自分たちの人生を滅茶苦茶にしたやつに怒っている。同じくらい、仲間を助けたいと思っているはず」
シロは一歩も引かず、荷台の主導権をアイクから奪い取る。
「これがわたしの正義なの」
さっきまで弱々しく泣いていたシロがやけに真っ直ぐな目をアイクに向ける。そんな目を向けられたらアイクも「わかった」としか言いようがなかった。
「彼らの死は無駄にしない。その思いは俺にもある」
アイクは『精霊眼』で奴隷たちの名前を見ていた。ルークス王国の奴隷商で買われたならば購入者の名前が残っているかもしれない。
ルークス王国の王都に戻ったアイクとシロは薬の影響で暴走した獣族の死体をウルフィリアギルドに差し出す。
医療機関や教会、魔法大学、その他、薬学に正通している場所に死体は送られる。原因の究明と特効薬が生み出されれば、被害者を減らせる。だが、一筋縄ではいかないだろう。
死体を運んだアイクはシロをウルフィリアギルドに残し、国から正式に奴隷の販売を許可されているマドロフ商会に足を運んだ。
薬によって暴走させられていた奴隷たちの名前を奴隷販売の責任者に調べてもらう。
「一〇名の名前、性別、種族が一致しませんでした。ここで購入されたわけではないでしょう」
アイクは『精霊眼』で相手が嘘をついているか調べる。奴隷販売の責任者は嘘ついていない。本当に、この場で買われたわけではないようだ。
「闇市で買われていたとして、購入者の情報は手に入ると思うか?」
アイクの問いかけに、責任者は表情を引きつらせる。闇市に拘わっていけないと社会的な暗黙の了解があった。だが、前のめりになりながら小さな声を出す。
「あそこは証拠がほとんど残りません。購入者の情報は得られないでしょう。ただ……」
責任者はアイクの耳元でさらに小声で話す。
「商売のため売れ残った商品を安い値段で纏めて売る者はいます。一〇名を購入する など相当な金持ちか、値下げ交渉の上手い者がいるんでしょうね」
アイクはマドロフ商会から出て、闇市に向かった。
獣族の奴隷を売っている無法な店に聞き込みを始める。無料だと誰も話さないが、金を放ればペラペラと喋り出す。
奴隷の販売は儲かるが、それと同じくらい出費もかさむ。売れなければ、維持費だけで大損する。質が高いならまだしも、狂暴で常に反抗し続ける者もいるため、売れ残るのはよくある話だと聞いた。
「獣族を纏めて買っている者に心当たりはあるか?」
「あるが、それは言えないぜ。俺の首が飛ぶかもしれないからな」
「今、ここで飛ぶのとどっちがいい?」
アイクはブラックレイリーをチラつかせ、鋭い眼光を奴隷商に向ける。
「あ、あぁ~、う、噂で聞いたんだが、公爵は獣族を的に矢を放つ遊びがお好きらしい……」
公爵はルークス王国に一一家ある。その中の誰かが獣族を纏めて買っているようだ。
アイクは金を渡し、その場を離れる。
次々に奴隷商を巡り、公爵家の者が来なかったかと質問していく。『精霊眼』で人の顔を見れば言葉が嘘か本当かわかる。一一家の名前を口にしていき、相手は当然、全ていいえで答えた。だが、一一家の内、一家だけ嘘と反応した。
別の奴隷商でも同じように質問していく。奴隷を買う公爵家はいるだろうが、纏めて買う者は限定されるだろう。いくつもの奴隷商を回り、大量の獣族を買っていた者が発覚した。
「パックスか……」
公爵家の一つ、ゼンぺ公爵家の当主が獣族を大量に購入していると突き止める。
だが、明確な証拠もなく、パックスを捕まえるのも難しい。
闇ギルドに珍しい獣族の捕獲を依頼している者もパックスだとすると、彼が薬を保持し、横流ししている可能性が高かった。
彼が薬を保持しているとわかれば、大きな証拠になりえるだろう。
アイクは相手に感づかれないよう、今日はウルフィリアギルドに潔く戻った。
訓練場に来たが、シロは見当たらなかった。部屋にもいない。
――何者かに連れ去られたのか? 今のシロが簡単に捕まるとも思えない。
ウルフィリアギルド内にある施設を転々とし、冒険者の読み書きや知識の習得のために設置されている図書室にやってきた。
ここは午前ゼロ時に締まるため、もう長居できない。
頑丈な本棚や勉強用の机、月光よりよく見える魔石の照明が部屋中に広がる。
眠そうな受付が頭を上下に揺らし、時おり頬を叩いていた。アイクと縁遠い古臭い本の香りで満ちており、インクの独特なにおいが鼻に突く。
アイクは、頭は悪くないが、勉強するくらいなら剣を振っていたい人間だった。そのため、この場所は数回しか訪れた経験がない。
本棚の林を抜け、広い机に大量の本が置かれている場所を見つけた。白い猫耳が上下に動き、本に意識を集中させているシロがいる。
加護の影響か、知能も成長しやすいようだ。知識だけならアイクをすぐに追い抜かすだろう。
「シロ、もう閉館時間だ」
時間が迫っていると伝えるとシロは顔を上げる。あたりを見回し、目を丸くした。
「なにを真剣に読んでいたんだ?」
「薬について調べていたら、薬が人体にどう影響するのか気になって、いつの間にか人体の本を読んでた」
シロの勉強熱心な所を見たアイクは彼女の頭を撫で、褒めておく。
強くなりたいと思うのと同じように、賢くなりたいと思う者がいると知っている。
部屋に戻り、体を拭いた後、今日はシロが先にベッドに寝ころんだ。魔石を使用した照明の淡い光が、彼女の滑らかな白い肌を照らす。
「男は女を襲うときに興奮するらしい。だから、今日はアイクがわたしの体を弄ってみてくれ」
「そう言われてもな……。女の弄り方なんて知らん」
「とりあえず、胸とか、尻とか、股とか、頭を撫でるように触ってみたり、私がいつもやっているように舐めてみたらどうだ。普通、男は襲われる方ではなく、襲う方だ」
「……物は試しか」




