十話 ブラッディバード
草原地帯に大量発生した魔物の討伐にやってくると至る所に、赤黒い羽を持つ巨大な鶏に似たブラッディバードと呼ばれる魔物がいた。
高さは三メートル近くある。ただ、知能が低く、敵味方関係なく攻撃するアホな魔物だ。
通常は放っておいても問題ないが一頭が勢いよく走り出すと、多くの同個体が同じ方向に走り出してしまう。
産卵の時期になると集まる習性があり、放っておけば大軍勢となって村や街などお構いなしに突っ走り更地にしてしまうため、数を減らす必要がある。
魔物の中でも特に美味い肉で、どんな宗教の者でも食べられる稀有な個体だ。
雌と思われる個体が、卵を適当に生み落としており、放置。奴らに子育ての感覚はないようだ。
ブラッディバードの卵はエッグルと呼ばれ、鶏の卵四〇個分以上の大きさがある。珍味で美味い。
「さて、ざっと一〇〇頭以上いるな。九割くらい狩るか。シロ、一頭に攻撃されら全頭の的になると思え。的にされれば、全力で逃げろ」
シロは小さく頷き、ブラッディバードの討伐に参加する。
アイクは死角から首を切り落とし、一頭ずつ駆除。全て駆除せず、残しておかなければ村の者たちの食糧がなくなる。いても困るがいなくなっても困るのだ。
「う、うわああああああああああああっ!」
シロは一頭に目を付けられ、攻撃された。その結果、大量の個体の的になり、追いかけ回されている。
ひよこが母鳥についていくように、ブラッディバードたちも全力で逃げるシロを追いかける。
時速六〇キロメートル近くで走っており、シロに距離を着実に詰めていた。背後からアイクが駆除していき、残り一〇頭ほどになれば追うのを止める。
「そいつらを殺さず逃げ切ってみろ。そいつらはアホだが、体力だけはある。ただ走っているだけじゃ、いつまでたっても逃げ切れない」
「そんなこと言われてもっ!」
シロは振り向き、背後から永遠に迫ってくるブラッディバードを見た。飛べないのに翼を羽ばたかせ、太い脚で軽やかに走っている。
右往左往してみるが、いっこうにふり切れない。体力も底をつきそうになり、別の方法を試すしかなくなる。
一度立ち止まり、ブラッディバードたちの方に向って走り出した。奴らの鋭いくちばしや蹴りの攻撃を躱し、開いている足下に滑り込んで全力で逃げる。アイクの攻撃に比べれば、全て容易に躱せた。
後方を見ると、ブラッディバードたちは蛇行が出来るが、すぐに反転して走るのは苦手らしく、互いにぶつかり合い喧嘩していた。
シロはアイクのもとに戻り、息を整える。
「よし……。自分で考え、上手く対処したな」
アイクはシロの頭に手を置き、草原をかき分けるように撫でる。
シロの口もとが緩み、尻尾がうねった。彼女はすぐに手の平を口に当て、揉み込む。撫でられただけで笑ってしまうなど、ありえないといわんばかりに無表情に戻す。
ブラッディバードの依頼を出していた村に魔物を回収させる。肉や素材を持てるだけ受け取ると、あとは全て分け与えた。
シロは一頭のブラッディバードを背負い、巨大なエッグルを麻袋に入れて何袋も持っている。食い意地を張り過ぎだった。
獣族の村を見つけ、休憩がてら獣族を狙った犯罪が増えていると忠告する。主にシロが……。
「そこまでする必要があるのか? 弱い者が搾取されるのは自然の摂理だろ」
「弱い強いに関係なく、助け合えば少しは被害を抑えられるはずだ」
――復讐しようとしている者が、だれかを助けている時間などあるのだろうか。
アイクはシロを見つめ、目を細める。彼女も、魔王を倒す使命を持っているくせに人助けばかりしているブレイブのような人種なのだと納得するしかない。
アイクとシロは昼食を得るため獣族の村にそのまま滞在した。
討伐したブラッディバードの肉を焼き、塩を軽く振り、食らう。フレアリザードより淡泊だが、鶏肉とほぼ同じのためものすごく食べやすい。
シロは骨まで砕きながら食っていた。その姿を見たアイクは、開いていた股をゆっくりと閉じた。
肉をたらふく食ったシロは油まみれの口を拭い、しゃべりだす。
「闇ギルドは、いったいどれだけあるんだ?」
「王国は闇ギルドの存在を認めていないから、数は調査されていない。まあ、大小含めて百ぐらいあるんじゃないか」
「そ、そんなに……。獣族の村も大量にある。村が襲われている場面に毎度出会えるとも限らないし、何かしら策を考えないと」
――闇ギルドの者たちが魔物を暴走させ、村を襲わせるなど出来るのか疑問だがな。
暴走していた魔物たちを『精霊眼』で見た時に『薬物による暴走』と表示されていたため、魔法が使用されていないのは確かだ。
魔物を暴走させる薬物は珍しい獣族を欲している者が闇ギルドに渡しているのか、はたまた闇市で出回っている品なのか、そこを調べる必要があると結論付ける。
闇市はほぼ無法地帯のため、安全が確保されていない。加えて、獣族の奴隷が見える場所に展示されている。おそらくシロは気を悪くするだろう。
ただ、アイクが一人で闇市に行くと悪目立ちしてしまう。奴隷を一人でも連れていれば、多少は警戒されない。
「王都の闇市に行く。シロにも外套を羽織り、ついてきてもらう」
「わ、わかった」
アイクとシロは王都に戻り、夕方のまだ明るい時間帯に闇市に足を運んだ。
奴隷の販売は問題ないが一五歳以下の未成年や攫って来た子供や獣族、貴族出身の者など、普通ではない奴隷は闇市に流れる。
加えて、国の販売許可が下りていない覚醒剤や道具、危険な魔物なども扱っている。真面な人間が来る場所ではない。
檻の中で暴れ回り、奇声を上げる魔物や死を覚悟している子供、ドレスを着たまま檻に座り込む女、不衛生なまま檻の中に詰め込まれた獣族達。
シロはアイクの外套を掴み、猫背のまま俯きながら歩いた。
シロと同じく外套のフードを被るアイクの表情はいつもと変わらず無表情。他人に対して特に興味はない。今も自分が強くなるためにシロの復讐が必要だから手を貸しているだけだ。
「いらっしゃいませ~。女に一粒飲ませれば、何でも言うことを聞く雌犬に早変わり。どんな屈強な女でも、たちまち犬のように尻を振りながらこびてくる強力な媚薬が今なら何と、一粒ルークス小銀貨一枚。安いよ安いよ」
違法な薬を売っている露店の薬屋を見つけ、アイクは屋根に頭をぶつけそうになりながら薬を売る歯抜けた老人の前に立った。
「おやおや、こりゃあ珍しいお客さんでー」
「今、巷で魔物を暴走させる薬が流行っているか?」
「魔物を暴走させるくすりぃ? そんな薬、専門外だぁ」
アイクは「そうか」とだけ答えると、ルークス小銀貨一枚を放って何も買わず、別の店を回る。まだ明るいからか店の数がそもそも少なかった。この時間帯に売れる品ではないとすると、かなり危険な薬物だとわかる。
「使用されているのなら、誰かが作り売っているはずだ。闇ギルドの反グレたちに薬が作り出せると思えん……」
一度闇市を出てウルフィリアギルドに戻る。
その途中、シロはずっと項垂れていた。
彼女の本心はアイクにわからないものの、叫ばず騒がず、じっと待っていられた彼女の頭を撫でる。
すると、シロはまた簡単に泣いてしまった。声は堪えているが、瞳から涙がこぼれている。アイクに抱き着き、鼻水を啜って口呼吸を繰り返した。
人間が作った国の王都で獣族が暮らすのは息苦しいのかもしれない。もっと、人気のない森の近く……、実家の村なんか奴隷だとか獣族とか関係なく暮らせて丁度良さそうだ。
――シロの復讐が終わったら、母さんの付き人でもしてもらおうか。母さんも独り身より、人懐っこい獣族といた方が気がまぎれるだろう。
「シロの頼みに漬け込み、復讐が終わる前に、お前を奴隷商に売るやつだっている。世の中の人間は良いやつばかりではない。お前は運がよかっただけだ。他人の不幸に泣ける心は美しいかもしれないが、人間はそこに付け込んでくる」
アイクは軽くしゃがみ、シロの視線になって人間の邪悪さを教える。目尻の涙をぬぐい、口角に親指を当てて笑顔を作らせる。
「母さんが言っていた。常に笑顔の奴に悪いやつはよってこないそうだ。俺は笑えないが、感情があるシロなら笑えるだろう。まあ、簡単にはいかないかもしれないが、それまでは俺が守ってやる」




