鬼灰鬼
男の顔面は吹き飛んだ。
それはハヅキの目の前で起こった、紛うことなき事実であり、人間ならば即死、確実に絶命している。
はずだが、未だこの背中を蛇が這いずるような違和感にも近い悪寒と恐怖が身体中を撫でていた。
そんなハヅキとは裏腹に、アザミはグラスに注がれていた焼酎を飲み干す。
───カンッ
静かな空気にグラスを板に置いた音は思いのほか響いた。
「さて、お前は誰だ?」
「カァァァッ!」
次の瞬間、アザミが振り返った直後、男は頭部を失ったままアザミに襲ってきた。
「アホが」
しかし、アザミは驚くことも無く、まるで板前が魚を捌くように男の体を掴んで背中から地面に叩きつけた。
良く見れば男の頭部は少しづつ回復しつつあった。
男の東部はウゴウゴと肉が蠢き、まるでそれは幼虫が這いずるように男の頭部の肉は少しつづ再生させている。
「····················吸血鬼に身でも捧げたか?」
「黙れ、これは"見る者"の恩寵である」
男は倒れた状態で胸ぐらを掴んでいるアザミの腕を掴むと九四式拳銃を腰から取り出してアザミに向かって引き金を2回引いひた。
「───」
キンッ
しかし、鉛がアザミの肉を穿つ事はなく、一太刀で2つの鉛は真っ二つにされ、地面に転がる
この時、男には頭の中にとある記憶が巡っていた。
§§§
「A-55、これからお前にはとある男を殺して欲しい」
自分の命よりも尊く、大切なお人。
神のような、神そのものである『見る者』に頭を下げ、男に意見も、声を発することすら許されない。
神のお告げとはそう言うものだ。たとえそれが自害することだとしても、自分はそれに喜んで従わなければならない。
「"現"巫女であるA-00とこの男は今行動を共にしている。恐らくこの男は我々にも、A-00にも毒となる。··········排除とまでは言わん、こいつを引き出せ。なるべく多くな」
「ハッ」
そして見る者は男の顔を見ることなく、横を歩き去っていった。
そして去り際に、見る者は男に向かい
「生きて戻ってくるなよ」
「····················」
男は、静かに頷いた。
§§§
「満足か?」
「ぁ··········がァ········ッ!」
男は下顎を吹き飛ばされ、下半身を切断され、地面に転がる。
あの侍はわざと俺を殺そうとしない。
俺から情報を引き出す気なのか、それともただのお人好しか、どちらにせよ俺が死ぬ1歩手前で生かし続けている。
こいつは恐らく俺の殺し方を知ってる。
俺は下半身と下顎を回復させる。
「おのれぇッ!」
俺は自分の血液を限界まで圧縮させ、それを男に飛ばす。
血の斬撃、液体の斬撃は物理攻撃では先ず止めることは出来ない。
しかし男は
「フンッ!」
液体を切った。
「───」
「どうした、もう終わりか?」
「化け物がァッ!」
俺は人工吸血鬼だ。
吸血鬼の力を手に入れ、更に"恩寵"を頂いた。
この力で日本を守らなければいけないのだ。
『死して万歳!』
殺す殺す殺す
家族のために殺さなきゃ
どうやれば殺せる
化け物
殺し方が見つからない
勝てない
恩寵
見る者
家族を守る為に
「見る者、万歳!」
家族の為に殺す!
「邪魔」
次の瞬間、男の上半身が吹き飛んだ。
「····················」
「あ、喧嘩の邪魔したか?てかマジでお前封印解けたんだな」
「久しぶりだな、波旬」
そう言うと波旬はニタァと口角を釣りあげた。
1000年前も、今も変わらず妖怪からも、人間からも恐れられてきた存在。
「鬼の四天王で一番強い奴は誰か?」そう聞いた時真っ先に名前が挙がる鬼。
怪力無双、剛力無双。
その拳は山を砕き、その蹴りは神木をも蹴り砕く。
力とは波旬。
鬼とは波旬。
「続きをしようぜ、1000年前の喧嘩をよぉッ!」