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◇◇
ジョーはまだ若い。宮殿の修復もままならない。そのうえ民はまだ混乱している。
だから国がしっかり安定するまでは隣国であるグリフィン帝国の力添えが必要。
それに両国が手を結べば世界の平和が保たれる――。
晩さん会に集まった貴族たちを前に、ローズお母さまはそう熱弁を振るった。
彼女の隣にはジョー、その隣に私が並んでいる。
マルネーヌやアレックス、それに正式に騎士に任命されたリゼットの顔もある。
けどクロードはいない。
――あら? クロードは『大鷲の紋章』を自らの意志で手放したのだから、もはや騎士でもないし、貴族でもないわよ。
ローズお母さまは冷たい顔してそんな風に言ってたけど、とうてい納得はいかない。
いったいどこで何をやってるのよ!
ずっとそばにいてくれるんじゃなかったの……?
「……いいわね? シャルロット」
突然ローズお母さまに話を振られ、はっとなった。
全員の視線が私に注がれている……。
すぐに言葉が出てこない私を見て、ローズお母さまは念を押すように言った。
「グリフィン帝国のハイドリヒ皇帝陛下からの申し出を受けて、あなたにはグリフィン帝国の皇子と結婚してもらいます。異論はないわね?」
「嫌!」とは言えない空気なのはひしひしと伝わってくる。
それにダンスパーティーの時と違って、ローズお母さまは私のこともちゃんと考えてくれているのを理解している。
――これはあなたのためでもあるのよ。シャルロット。メリッサという情報屋によれば、前国王を慕っていた人たちが少なからずいて、あなたのことを恨んでいるみたいなの。だからあなたはしばらく王都から離れた方がいい。その口実として今回の結婚を利用するのよ。
晩さん会の前にそう教えてくれたのだ。
それにこうも言われた。
――大丈夫。安心なさい。必ずあなたは幸せになれるから。
ローズお母さまはフェリックスの正体を知らないからそんなことを言えるのよ!
けど私も私よね。
最後の最後までフェリックスとの間であったことは言えなかったんだから……。
「は、はい。異論はありません!」
流されるままに答えると、みんな一斉にわきたった。
マルネーヌも頬を赤くして喜んでいる。
私は引きつった笑みを浮かべるしかできなかった。
「では話がまとまったところで、ゲストのハイドリヒ陛下をここにお連れしますわ」
ローズお母さまが席を立ち、私の背後をつかつかと通り過ぎていく。
……と、その瞬間。
「ふふ。ダンスパーティーの時の仕返しよ」
彼女はニヤリと笑って、そうつぶやいたのだ。
「へっ?」
『仕返し』と言った割には口調が軽い。まるで冗談を口にしたようだ。
でもダンスパーティーで私はローズお母さまに恥をかかせたのは事実だ。
仕返しっていったい何なの?
胸がざわつく。
今すぐにでも逃げ出したいけど、体が金縛りにあったみたいに動かない。
「みなさん! こちらがハイドリヒ陛下です! 盛大な拍手でお迎えくださって!」
再び部屋が万雷の拍手で揺れる。
にこやかなローズお母さまの隣には、髪もひげも真っ白な初老の男性。がっしりしたがたいで鷹のような鋭い目をしている。
彼が皇帝ハイドリヒだ。
けど私の目を釘付けにしたのは彼ではなかった。
彼の背後にいる青年。
すらりと伸びた背。細身のパンツが良く似合う長い足。
色白で陶器のような滑らかな肌。黒くてサラサラした髪。
そして整った顔に眠そうな目――。
「あ……ううっ……」
言葉にならない。
涙があふれ、嗚咽が漏れる。
「集まっていただいた皆様に紹介しよう! わしの息子……お騒がせのクソ長男フェリックスの腹違いの弟――」
ハイドリヒのしゃがれた声。
私はその声を自分の声でかき消した。
「クロード!!」
席を立ち、疾風となる。
少しだけ驚いた表情のクロード。でもすぐに穏やかな微笑みを浮かべ、両手を広げる。
私はその胸に思いっきり飛び込んだ――。
「うああああああ!!」
人目をはばからず、大声で泣きじゃくる。
嬉しさ、安堵感、ちょっぴり怒り、そして大きな愛おしさ――色んな感情が交じり合って爆発している。
「もう大丈夫だ。これからずっとそばにいるから」
春風のような心地よいささやき声が鼓膜を震わせる。
彼の抱きしめる力がほんの少しだけ強くなった。
「おめでとう、シャルロット様! クロードさん!」
マルネーヌの弾んだ声が響いた直後、もう一度、万雷の拍手が起こった。
私たちを祝福してくれている。
きっとみんなクロードが皇子としてあらわれることを知っていたのね。
ローズお母さまの言う『仕返し』って、事前に彼のことを私だけに伏せておくことだったんだわ。
しばらくしてようやく落ち着いた私は、クロードからそっと離れてつぶやいた。
「…………まだ聞いてない」
「何をだ?」
「クロードの気持ち……。私の気持ちを聞いたくせに……」
顔が上げられない。
だってダンス中に
――クロード。私ね、あなたのことが好き。
って言ったのを思い出したら急に恥ずかしくなっちゃったからだ。
ちょっとだけ間をあけたクロードは、ポンと私の両肩に手を置き、うつむいたままの私に視線を合わせた。
そして秋のひだまりのような笑顔になって口を開いた。
「俺もシャルロットのことが好きだ。愛してる。これからも、ずっと」
次の瞬間、私の唇は彼の唇でふさがれたのだった――。




