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◇◇


 情報屋という職業は何も特定の相手だけに情報を売り込むものではない。

 メリッサもまた同じだった。


「ねえ、あなたも見たわよね。黒髪の青年が『いにしえの魔法』を使って、焼け落ちる教会の中から金髪の美少女を救い出したところを。あの二人が何者か、知りたい? ははっ。そりゃ、知りたいわよね。だって特ダネだもの。記事にしたら新聞はバカ売れ。二人の王妃が同時に誕生した時以来、過去最高の売上になるのは間違いないわ。そこまで言うなら私が彼らの正体を知ってるのかって? むふふ。当然でしょ。だって私、あの二人の知り合い(・・・・)ですもの。新聞の売上の半分……と言いたいけど、私も悪魔じゃないからね。だから三分の一でいいわ。嫌なら断ってくれてもいいのよ。あなたのライバルに持っていくだけだから。どうする? 買う? 買わない? はっきりして!」


 翌朝。王都の広場にある巨大な掲示板に一枚の速報が張り出された。


 ――焼き崩れる教会から、騎士クロードが王女シャルロット様を救出! その活躍は『聖騎士パラディン』に相応しいものだ。詳しい内容はアッサム新聞の朝刊にて!


 この国で言う『聖騎士パラディン』とは、騎士の中でも最高位で王族の危機を救った者だけに与えられる、一種の勲章みたいなもの。

 クロードの噂は、瞬く間に王都中……いや国中に広がり、人々から賞賛の声があちこちから上がった。

 当然、宮殿にも届かないわけがない。

 


 数日後の昼下がり。王妃ローズに呼び出されたオールバックの青年は、王妃の部屋を出るなり深いため息をついた。


 ――ふふふ。私ね。会ってみたいわ。新しく娘の騎士になった男に。


 会ってみたいとは、何がなんでも娘から引き離せ、という意味なのは百も承知だ。


 ――かしこまりました。召喚状を送ります。

 ――あなたが直接渡しにいってもいいのよ?

 ――かしこまりました。しかしそれでも召喚に応じない時は……。

 ――私に言わせる気?


 会話はそこまでで、王妃のもとを後にした青年は重い足取りで部下たちの詰め所に向かった。


「王妃様のご命令だ。今から出るぞ」


 いかにも手練れといった風貌の巨漢たちが細身の青年の後ろについてくる。

 

「これも騎士としてのつとめなのか……」


 天を仰いでそうつぶやいた青年は馬上の人となり、シャルロットの館の方へ馬の首を向けたのだった。



◇◇


 リゼットが地下牢から脱出してからしばらくたった。

 侍女たちは相変わらず事情を知らないものの、リゼットがいなくても支障をきたすことなく日々の業務をそつなくこなしている。

 しかし人手が足りないことに変わりはない。そこで王都で新人の募集をかけたらしい。

 そして今日、新しい侍女がやってくることになっていた。

 例のごとく『謁見の間』でシャルロットに挨拶するとのこと。

 だが王妃の使いと称した青年を前に、クロードは出席をあきらめた。


「では、ご同行いただきましょうか」


 今どき流行りではないオールバックの髪型、ぴっしりした細身のブーツ、白いパンツとベスト、青のジャケット――王妃の近くにいるだけに、しっかりした格好だ。

 それに顔立ちも整っているし、無精ひげもない、ツルツルの肌をしている。


「さあ、こちらへ」


 彼はピクリとも笑わずに、冷たい言葉をクロードへ投げかけた。

 いや、結構だ、と突っぱねたいのはやまやまだ。

 だが無理なのは分かっている。

 青年のインビジブル・ワイヤーが右手に巻き付いているし、周囲の黒服たちも同様に俺の体を見えない鉄線でがんじがらめにしているからだ。

 まさか、とは思うが、相手は本気みたいで、6人もの暗殺者をクロード一人に送り込んできた。

 しかも目の前の青年にいたっては、超がつくほどの一流の暗殺者であるのは間違いない。


「歩きづらいんだが……」

「少しの間の辛抱です」


 青年がちらりと視線を動かすと、その先には真っ白のフレームで作られた馬車がある。


 馬車の後ろには一頭の栗毛。身なりからして青年の馬だろう。

 となれば黒服5人とクロードが馬車で移動するということになる。

 あそこに男6人はさすがに息がつまるぞ、と言わせる雰囲気ではなく、クロードは大人しく青年に従った。


「はじめからあんたが来ればよかったんじゃないか?」


 クロードがマクシミリアンのテカテカした広いおでこを思い浮かべながらつぶやくと、青年は首を傾げた。


「本来ならば私はここにくるべきではありません。王妃様のご命令に従ったまでです」


 どういうことだ?

 まあ、何はともあれ、こうなっては抵抗しても仕方ない。

 何事もあきらめは肝心だ。

 クロードはぎゅうぎゅうの馬車の中で、5人の目を一人一人覗き込む。

 どいつもこいつも死んだ魚のような目している。


(さてと……。もうやることもないし、宮殿までの小一時間の道のりは、寝かせてもらうとしよう)


 狭い馬車の中でクロードは館の門を出る前から寝息を立て始めたのだった。


◇◇


 クロードはグリフィン帝国の宮殿の記憶はうっすらと残っている。装飾品に興味のなかった皇帝らしく、武骨で石の壁がむき出しの廊下だった。窓も少なかったから、薄暗かった。

 今になって思えば、敵に攻められた時を想定した設計になっていたのだろう。

 対してアッサム王国の宮殿は豪華絢爛という四文字がピタリと当てはまるほど、金銀で彩られて眩しい。

 高い天井にまで天使やら神様やらの絵が描かれているのだから、王宮そのものが美術品みたいなものだ。

 こんなところにベッドがあっても、かえって休まらないだろう、と意味もない心配をしていたクロードは、最上階の一番奥の部屋まで連れてこられた。


「ここから先はお一人で、とのことです。本来ならば私も部屋に入らねばならないところですが仕方ありません」


 インビジブル・ワイヤーが解かれ、体がぐっと軽くなる。しかし黒服たちに囲まれていては逃げ出すことは不可能。と言っても、クロードに逃げ出すつもりもない。

 

 ギイと鈍い音を立ててドアが開く。広い部屋だ。甘い香りが充満しており、ちょっとでも油断すると意識がどこかへ飛んでいってしまいそうになる。

 部屋の中央には白い羽毛で全体を覆った趣味の悪い椅子。そこに足を組みながら腰かけ、ワイングラスをゆらりゆらりと揺らす女性。


 彼女が王妃ローズか――。


 赤みのかかったブロンドの髪を目いっぱい引き上げることで、ひたいや頬のしわをピンと伸ばし、肌を若く見せている。

 リゼットはいない……。

 クロードは彼女の前でひざまずいた。


「私はローズよ」

「俺はクロードだ」

「あなたが新しく娘の騎士になった御方かしら?」


 ねっとりとまとわりつく声。グリフィン帝国の皇子で以前の主人だったフェリックスに似ている。

 当然、女性の分だけこちらの方が高い音だが、何というか質が似ているのだ。

 ワインの飲み過ぎか、少しだけかすれているところも同じだ。

 当然、なつかしさよりも、不快感の方が勝る。だが相手は6人もの暗殺者を送り込んできたくせ者だ。声がムカつくから、って理由だけで喧嘩腰になるのは愚かだと分かっている。


「ああ、そうだよ。クソババア」


 分かっているがつい本音が出てしまった。

 しかし無理もない。

 無双の剣士や超一流の暗殺者を意のままに操り、自分の娘を亡き者にしようとしている悪魔みたいな女なのだから。


「ふふ。噂には聞いていたけど、威勢のいい坊やなのね」


 クジャクの羽根で作られた扇で口元を隠しながら笑う仕草もイラっとさせる。


「んで、俺に何の用だ? こう見えても忙しい身でね。早く自分の持ち場に戻りたいんだ」

「あなたの持ち場って、自分のベッドのことかしら?」

「なに?」

「ふふ。リゼットから聞いたわ。あなた、寝るのが何よりも好きなんでしょう?」

「だからどうした?」


 回りくどいところもフェリックスそっくりだ。

 どうして世の中の悪役ってのは、単刀直入に物事をしゃべれないのかね?

 

 ――パンパンッ!


 ローズが手を2回鳴らした。

 何か持ってこいっていう合図。これもフェリックスと同じだ。

 

「失礼します」


 4人の使用人が部屋の中央に置いたのは、なんと超巨大なベッド。

 しかもすべてにおいて最高級の素材を使っているのが遠目からでもよく分かる。


「これをあなたに差し上げようと思って呼んだのよ」

「なるほどね。物で釣ろうって魂胆か」

「ふふ。言い方が悪いわ。これは取引きよ」

「ほう……」

「あのベッドと、それにふさわしい寝室をあなたに差し上げる。その代わりリゼットと二人であの子を処分してほしいの」


 処分……。ああ、胸くそ悪い。


「言い方が悪いのはあんたの方じゃねえのか?」

「ふふ。そう思われたらごめんなさい。でもね。分かって頂戴。あの子はこの国を滅ぼしかねない脅威なの。いつまでたっても愛情を持って接していたら、あの子がこの世を去る時に哀しいでしょ。だからあの子はもう家族じゃない――そう思い込むようにしたの。あなたには冷たく見えるかもしれない。でも私だってここまでくるのに、そうとう苦しんだのよ」


 くだらない詭弁だ……。


「家族から見放され、命まで狙われるようになった子供の気持ちが、あんたに分かるのかよ? 自分だって苦しんだ? ふざけんなよ」


 ローズにクロードの遠吠えは通じない。どこまでも涼しい顔している。


「余計なおしゃべりをしているほど、私は暇じゃないの。さて、この話、お受けいただけるかしら?」


 ベッドをセッティングした使用人がクロードの背後に整列している。

 よくよく見たらさっきまで黒服着てたヤツらだ。

 油断も隙もあったものじゃない。

 何はともあれ、クロードは選択するしかなかった。

 最高級のベッドか、シャルロットの命か――。

 しかし考えるまでもない。


「断る」


「そう言うと思ったわ。あなた、よほどあの子に思い入れがあるようね。もしかしてあの子に惚れちゃった? ふふ。もしそうだったら親としては黙って見過ごせないわ」

「余計なおしゃべりをしてる暇はないんだろ?」

「あら、いけない。じゃあ、終わりにしましょうか」


 4人の男からにわかに殺気がくすぶりはじめる。

 ちらりと背を見ると、彼らは隠し持っていたナイフを握っている。


「いいのか? せっかくの部屋が血で汚れちまうぜ」

「ふふ。いいのよ絨毯は赤だから目立たないもの」

「そうか。ならいい」

「残念ね。あなたならきっと私の期待に応えてくれると思ったのに。使えない道具はすぐ捨てるタイプなの。許してちょうだいね」


 ローズがくいっと顎を上げた。

 かかれ、の合図だろう。

 だがクロードは微動だにしなかった。

 する必要がなかったからだ――。


「ぐああああ!!」

「な、なにしやがる!?」

「ぎゃああああ!!」


 なんと4人のうち2人が他の2人に襲いかかったのだ。

 最後は互いの腹を刺し、ついに4人とも血まみれになって床に転がった。


「マインド・チェーン――目を至近距離で合わせた相手を意のままに操る魔法でね。馬車をケチってくれたおかげでこいつらにかけられたって訳だ」


 さすがにこの状況は想定外だろ。

 そう思っていたクロードに対して、ローズはむしろ「良いものを見たわ」と言わんばかりにパチパチと手を叩いた。


「素晴らしいわ。ここに呼んだかいがあったというものね」

「どういうことだ?」

「ふふ。あなたは立派に役目を果たしたわ。ここに来ただけでね」

「なんだと……!?」


 悪い予感にクロードの胸が高鳴る。


「そうそう。今朝ね。国王陛下がついに決断を下したのよ。大惨事になる前に、悪魔の息の根を止めねばならない、とね」


(おいおい、待ってくれ……)


「近衛兵が派遣されることになったの。でもね。私は反対したのよ。だって娘がむごたらしく首をはねられるのを、大勢に見られるのは、親としては哀しすぎるもの。だからね。近衛兵の軍団が王宮を発つ前に、たった一人だけ、先行して向かわせたのよ」


(ウソだ……)


「もうすぐリゼットはあの子の館に到着するかしら?」

「くっ!!」


 クロードを呼び出したのは、シャルロットの館から邪魔者を排除するためだったのだ。

 部屋を飛び出そうとすると、暗殺者の青年がドアの前に立つ。彼にはマインド・チェーンはかかっていない。クロードがぎりっと睨みつけるが、青年は平然としている。


「せっかく用意させたんだから、そのベッドでおやすみになってちょうだい。ふふふ……あははははははははは!!」


(化け物め……)


 椅子から立ち上がったローズは悠々とクロードの横を通りすぎ、部屋を出ていった。

 足音が遠ざかり、完全に消えた。

 青年はドアの前で突っ立ったまま、まったく動こうとしない。


(ん? 待てよ。どうしてだ?)


 もしクロードを殺すつもりなら戦闘の構えをとるはず。

 しかし青年は武器すら手にしていないし、王妃が遠ざかるにつれて、身にまとっていた殺気も消えつつある。

 

 ――本来ならば私はここにくるべきではありません。

 ――本来ならば私も部屋に入らねばならないところですが仕方ありません。


(なるほど……)


 クロードは自分がとんでもない勘違いをしていたことに気づき、青年に向かって穏やかな口調で問いかけた。


「そこのドアを開けてくれないか?」


 青年は無表情のまま、首を縦にも横にも振ろうとしない。


「分かったよ。だったら自分で開けるわ。言っておくが、王妃の首に興味はない。邪魔をするなよ」


 青年の任務は『王妃を守ること』。つまり彼は暗殺者ではなく『騎士』だ。

 となれば王妃に危害を加えない者をむやみに殺そうとはしないはず。

 そのクロードの読みは見事に的中した。

 手出ししてくる素振りすら見せない青年の横をすり抜けようとすると、彼は無表情のまま独り言のようにつぶやいた。


「……私は人を欺くようなやり方は好きではありません」

「そうか。ならば馬を貸してくれないか?」

「エンジェル・ウイングスで自在に空を飛べるのでは?」

「いや、自分でもなんであんな魔法が使えたのか分かってないんだ。無我夢中だったしな」

「そうですか……。では中庭に私の馬がいます。ご自由にお使いください」


 クロードは「ありがとな」と返してから、部屋を後にしたのだった。

 騎士道ってのは、この国にもあるみたいだな――彼は変なところで感心しながら、栗毛の馬にまたがった。




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