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「倒壊の恐れ……。焼き払え……。王妃からの命令……。やはり王妃の仕業か」
教会の外にいる人々の声に耳を傾けていたクロードが苦々しい顔でつぶやいた。
この教会が倒壊の恐れ?
そんなのありえない! だってお父さまは「100年たっても残り続ける教会を造る」って言ってたもの!
ローズお母さまは私が外出したのを知っていた。そしてソフィアお母さまを慕っていた私がこの教会に来るのも想定していたんだわ。
だから適当な理由をつけて教会を焼き払うことを命じた。しかも私が教会に入ったのを見計らって……。
酷い……。
でもこの教会だけは……ソフィアお母さまの思い出がつまったこの教会だけは絶対に焼かせない!
「今すぐここを開けなさい!! 王女の命令が聞けないと言うの!? 開けなさい!!」
外にいる兵士に対して厳しい口調で命じる。
ところが何の返事もない。私はドアを何度も叩いて叫び続けた。
「ここはお母さまの教会なの!! お願いだから、やめて!!」
ついには感情が爆発し、大粒の涙が頬を伝う。
がくりと膝から落ちてうつむいた。
「どうしてこんな酷いことをするの? 誰とも仲良くしないという誓いを破って、マルネーヌと仲良くしたから? 執事や侍女を近寄らせないという誓いを破って、みんなと上手くやってるから? 私が王女に相応しくないから?」
いろんな「?」が頭の中をグルグルと回り出す。
たどり着く最後の疑問――。
「私が生まれてきてはいけない子だったから?」
それを口にしたとたん、雷のようなクロードの声が響き渡った。
「それは違う!!」
涙すら引っ込んでしまうほどの剣幕だ。
こんなクロード初めて見た。
言葉を失う私に対し、クロードはいつもより早口で続けた。
「この世に『生まれてきてはいけない子』なんて誰一人としているもんか。みんな等しく母親の愛に包まれながら生まれてきたんだ。もし生まれてきたことを否定したら、それは母親を否定することになるんだぞ? 母親の『幸せになってほしい』という祈りを否定することになるんだぞ? そんなこと許してたまるか!」
再び涙があふれだす。
クロードは私の手を取って強引に私を立たせた。
「生きるんだ! たとえ悪魔になる運命だとしてもな!」
クロードは私を連れて教会の奥へと走り出した。
「生きて、生きて、生き抜くんだよ! それが母親への恩返しってものだろうが!」
「クロード……」
クロードに連れていかれたのは塔の階段だ。一段飛ばしで駆け上がっていく。
彼は息一つ乱さずに、自分の生い立ちを語り始めた。
「母さんは親父の侍女だった。親父いわく、俺が生まれたのは『たわむれ』。つまり俺は『生まれてきてはいけない子』だったんだ」
驚いた……。私と似たような境遇じゃない……。
ズキズキと胸が痛み、眉間にしわが寄る。
クロードの手が熱い。まるで燃えるようだ。
すでに3階を通り越している。でも不思議と息は上がらない。ただクロードの言葉に集中していた。
「母さんが病気で倒れた時、親父は俺と母さんを見放した。母さんはろくな治療も受けさせてもらえず、1年後に死んだよ。俺が10の時だ」
クロードの涙がきらきらと流れ星のように階段の奥へ消えていった。
抱きしめたい衝動に駆られる。
けど今は足を止めることはできない。上へ上へと足を運んでいく。
「最後の最後まで俺のことを心配してた。俺は小さい頃から無愛想だったし、学校にも行かせてもらえなくて世間の常識にうとかったから、周囲と上手くやっていけるのか、ちゃんとご飯を食べていけるのか、愛する人を見つけて幸せになれるのか――見舞いにきた同僚にずっとそう言ってたよ。自分はもう息をするのも苦しいのに」
そこで一度言葉を切ったクロード。とても苦しそう。
自然と彼を握る手が強くなる。
すると彼は私に顔を向けて微笑んだ後、振り絞るように声を出した。
「母さんは息を引き取る寸前にこう言った。『私の子として生まれてきてくれて、ありがとう』ってな。だから俺は決めたんだ。この先どんな運命が待ち受けていようとも、あの世にいる母さんに胸張れるように、生き抜いてやるんだって。その後は地獄だったよ。暗殺者ってのは人として扱われないからな。寝る時間は毎日1時間。飯なんて3日に1ぺんあればいい方。飢えたら雑草でも虫でも何でも食べた。とてもじゃないが母さんに報告できるようなまっとうな生き方をさせてはもらえなかった。でもな……」
いつの間にか塔の最上階である8階に出ていた。
部屋にあるのは小さな窓。クロードはその窓の縁に手をかけた。
「ついにたどり着いたんだ。俺の居場所に! 俺が胸張って生きることができる場所に!」
クロードの全身がほのかな光に包まれる。
「俺のことを認めてくれる仲間たち。無茶ばかり言うけど、一度交わした約束は絶対に叶えてくれる主人――」
魔力の衣だ……。
秘めた魔力を解放すると、あふれた魔力で全身が光に包まれることがある――そう本で読んだことがある。
でもそれができるのは『いにしえの賢者』しかおらず、数百年もこの世界には存在しないとも書かれていた。
まさかクロードは『いにしえの賢者』だというの?
あぜんとする私を前に、クロードはかっと目を見開いた。
「シャルロット。おまえこそが俺の居場所だ。こんな俺でも母さんに自慢できる唯一の宝なんだ!」
ドンと胸を強く打たれ、衝撃が全身を駆け巡る。
口元が震え、頬は涙で濡れっぱなしだ。
「俺はシャルロットを死なせない! これはシャルロットのためだけじゃない。俺の……いや、俺の母さんのためでもあるんだ!」
クロードの背中に光の翼が生える。
白くて大きな天使の翼だ。
失われた魔法『エンジェル・ウィングス』――。
本でしか見たことのない究極の魔法の一つ。
「さあ、行こう! 俺を信じてくれ!」
クロードが手を差し出す。
階段からは白い煙が漏れ始めた。
もう時間はない。でも私は迷っていた。
いずれにしても私の命は短いのだ。ならいっそのことここで終わりにしちゃえば、これ以上クロードを危険な目にあわせなくてすむ。
そんな風に考えていた矢先、
――行きなさい、シャルロット。
穏やかな、でも有無を言わせぬ凛とした声が頭に響いてきた。
ソフィアお母さまだ。
――過去にも、今にも縛られないで。あなた自身の手で未来を動かすの。絶望を希望に変えるの。あなたならきっとできる。だって私の子なのですもの。さあ、彼の手を握りなさい。そして彼にすべてを委ねなさい。あなたの恋も、人生も、そこからすべて始まるのよ!
トンと優しく背中を押された気がした。その温もりが私の体温を上げ、生きる力をみなぎらせた。
私は力強くクロードの手を取った。
もう迷わない!
「クロード! 私を助けなさい!」
クロードの口角が上がる。
窓の縁に二人で並んで立つ。そっと下を見ると人々が小さな点にしか見えない。
でも怖さなんて感じない。なぜなら私は一人じゃないから――。
魔法を受け付けないはずの私の体が、クロードと同じ光に包まれる。
同時に両足がふわりと浮き上がった。
「一緒にあがこう。どんなにこの世界がクソったれでも!」
二人で窓の外へ飛び出す。
一陣の涼風が吹きつけてきた。
とたんに私たちの体が高く舞う。
星々がまたたく夜空に溶け込む。大きな月の影となった私たちは、彗星になって館へ戻っていった。




