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◇◇
夜が明けた――。
侍女たちの宿舎にメアリーの声が響き渡った。
「みんな! 準備はいい? さあ、行くわよ!!」
いつもはおっとりしているメアリー。今日は打って変わって、朝からピリピリしている。
他の侍女たちは彼女の気迫に押されたかのように、快活に返事をした。
「「はいっ!!」」
メアリーが緊張感を漂わせているには、れっきとした理由がある。
侍女のリーダーであるリゼットがいないからだ。
今日はお休みじゃなかったはず……。もっと言えば、たとえお休みの日でも朝の支度はリゼットが必ず取り仕切っていた。
――もうすぐシャルロット様がお目覚めになるわ。洗顔の支度は整っているかしら
――はい、リゼットさん。こちらがお水です!
――冷たすぎるわ。シャルロット様は人肌がお好みよ。もう少し温めておいて
――はいっ!
――リゼットさん。シャルロット様のドレスを用意しました!
――その色は変えた方がいいわ。昨日が淡い黄色だったから、水色系にして。きつい色はダメよ。女の子っぽさが際立つ柔らかな色味にするの
リゼットはシャルロットに関するあらゆることを把握し、侍女たちに対して的確に指示をしていた。
そんな彼女がいないのだ。侍女たちが二日酔いすら忘れて、慌てふためいたのも無理はない。
リゼットの次に侍女歴の長いメアリーが中心となって支度を進めたのだが、果たしてシャルロットの機嫌を損ねるようなミスをおかしていないか……メアリーは心配でならなかったのである。
(ん? 何か忘れてるような……)
身支度は完璧、侍女たちも全員そろってる……となると抜けはないはずだが……。
メアリーはどこか腑に落ちないものを抱えながら侍女たちを先導し、シャルロットの部屋を目指す。
そうして彼女の部屋の前までやってきたところで、ドアを3回ノックした。
「シャルロット様。おはようございます」
――ガチャ。
ドアがゆっくり開けられる。
……が、次の瞬間。ありえないものを見てしまったかのように、メアリーの目は大きく見開かれた。
「おはよう。何か用か?」
なんとドアの向こうから姿をあらわしたのは、執事のクロードだった――。
◇◇
「あははは! それはメアリーさんたちもビックリして当たり前ですわ! あははは!」
朝食後。私、シャルロットの館に泊まったマルネーヌが、お腹を押さえながらケラケラと大笑いした。
「ったく、笑いごとじゃないわよ。普通に考えれば分かると思わない? あの場面で勝手に出ていったら、大変な騒ぎになるって」
「うふふ。でもシャルロット様とクロードさんが同じお部屋で一晩過ごした事実は変わりませんわ」
マルネーヌがいたずらっぽく私の顔を覗き込んでくる。
私はきっぱりと反論した。
「ちょっと! マルネーヌ! 言っておくけど、私がクロードを部屋に入れたのは『護衛』のためだからね!」
「もちろん分かっておりますわ。リゼットさんがいつシャルロット様のお命を狙って襲撃してくるか、分かりませんものね」
「そ、そうよ! それ以外の理由なんて何一つないんだから!」
リゼットが地下牢から抜け出したとクロードから聞かされた後、私は彼を自分の部屋の中で護衛してもらった。
だっていくら部屋のすぐ外の廊下にいたとしても、リゼットが窓から直接部屋に入ってこられたら、手遅れになるかもしれないでしょ?
クロードが部屋にいればその心配は無用だ。
ほんとそれだけの理由だもん。
そのことを、今までの経緯を含めてメアリーをはじめとした侍女全員と、マルネーヌには話した。
だって何も説明しないままだと『妙な誤解』をさせてしまうもの。仕方なく打ち明けるしかなかったというわけだ。
幸いなことに大きな混乱もなく、無事に朝食を終え、こうしてティータイムを迎えることができたのは、ある意味で幸運だったと思う。
「ところでクロードさんのこと。これからどうなさるおつもりなのです?」
ちょうどお茶を口に含んだところだったので、思わず「ゲホゲホ」とむせてしまった。
「ど、どうって。べ、別に今まで通りしかないわよ! だってあいつ、私の部屋に入った瞬間からソファで爆睡しはじめたのよ! 私なんてベッドの上でドキドキしっぱなしで、まばたきすらできなかったっていうのに。ちょっとくらいロマンチックなハプニングがあってもいいと思わない? だからあいつとのことは、どうにもならないの!」
興奮気味に一息で答えを告げた私のことを、マルネーヌはキョトンとした顔で見ている。
私たちの間にしばらく沈黙が流れた後、彼女は微笑みながら言った。
「うふふ。シャルロット様の恋模様は少し置いておきましょう。今はそれどころじゃありませんわ。私が言いたいのは『このままだと王妃様がクロードさんにちょっかいを出すはず』ってことですの」
えっ……?
どういうこと?
私が問いかける前に、マルネーヌは先を続けた。
「だってリゼットさんを負かすほどの腕前の持ち主なのでしょう? であれば、まずクロードさんを館から遠ざけたうえで、シャルロット様のお命を狙う――となるに決まってますもの。どうにかして王妃様の手からクロードさんを守らなくてはなりませんわ」
なるほど。そういうことだったのね。
変な勘違いをしていた自分がすごく恥ずかしい。
けど、今は顔を赤らめてもじもじしている場合でもないとマルネーヌは言うだろう。
私は紅茶を一口飲んで、気持ちを落ち着かせてから口を開いた。
「でもローズお母さまは絶大な権力の持ち主なのよ。身分が『平民』であるクロードを王宮から追い出すくらい、何でもないことに決まってるわ」
「ええ。おっしゃる通りですわ。クロードさんが平民のままなら打つ手はありませんね」
「ん? 平民のままなら打つ手がない……。ということは……」
ひとつのアイデアが脳裏を電撃のように走る。
マルネーヌの口角がさらに上がり、目がきらきらと輝いた。
きっと私も同じ表情をしているに違いない。
そして私は弾けるような口調で考えを口にした。
「クロードを騎士にすればいいんだわ!」
騎士は一代限りの貴族の位が与えられる。さすがのローズお母さまでも貴族を自分の好き勝手にはできない。
「ふふ。王女様が騎士を任命した――とても大きなニュースですもの。一晩で国中の人たちが知ることになるに決まってますわ」
「そうなれば余計にローズお母さまがクロードに手だしすることは不可能ね!」
マルネーヌが満面の笑みで大きくうなずく。
そうと決まれば早速クロードに報せにいかなくちゃ。
私はすくっと立ち上がった。
だがその時だった。
「シャルロット様! 大変です! クロードが……」
メアリーが真っ青な顔でやってきたのは……。




