第9話「溶ける夜」
ドアが閉まる音が、静かな廊下に小さく響いた。
鍵がかかる。その金属音が、妙に生々しく耳に残る。葵は、自分の靴を揃える動作さえ、普段よりぎこちなく感じた。背後で、涼の気配が近づいてくる。次の瞬間、大きな手が、ゆっくりと自分の腰に回された。シャツ越しに、硬くて熱い胸が、背中に密着する。吐息が、耳のすぐ後ろに落ちた。
「……着いたな」
声が、低く掠れている。昨夜よりも、熱を帯びている。鼻先が、首筋に触れる。軽く、皮膚を擦るように動く。鳥肌が、一気に立った。涼の唇が、耳たぶを優しく挟む。歯の感触が、甘い痛みとともに広がる。吸うように。舌先で、ゆっくりと内側をなぞるように。甘い痺れが、耳から首筋へ、鎖骨へ、そして胸の奥へと、じわじわと沈んでいく。
「ここで、立ったままでもいいのか?」
問いに、答えられない。ただ、後ろに寄りかかるように体を預けるしかなかった。涼のもう一方の手が、自分の頰を優しく捉える。顔を横に向けさせ、唇が重なった。
深く。熱く。濡れて。
最初から、舌が絡みつく。ゆっくりと、内側を探るように動く。上唇を吸う。下唇を軽く噛む。甘い水音が、暗い玄関に小さく響く。吐息が鼻先にかかり、自分の唇が自然と開いてしまう。涼の手が、後頭部に回され、指が髪の根元を優しく、しかし確実に掴む。角度を変えて、さらに深く。胸の奥が、溶けるように熱くなる。膝が、微かに震えた。
キスが解かれたとき、唇の間に細い糸が残る。
二人の吐息が、混じり合って、熱い空気を作っている。
「部屋、こっちだ」
涼の声が、耳元で落ちる。腕が腰から離れず、ほとんど抱きかかえるようにして廊下を進む。歩くたびに、太腿が軽く触れ合う。生地越しの熱が、じわじわと内側に染みていく。リビングを通り、寝室のドアが開く。窓から、街の夜景がぼんやりと差し込んでいた。カーテンは開けたまま。薄い光が、大きなベッドの白さを照らしている。
背中が、マットレスに沈む。
上から、涼の体が覆いかぶさってくる。重みと熱が、全身に広がる。シャツのボタンが、自分の頰に触れそうになる。石鹸の匂いと、微かな汗の匂いと、男の熱が、一気に鼻腔を満たした。
「最後に、もう一度聞く」
低い声。黒い瞳が、自分を真っ直ぐに見つめる。額に、薄い汗が光っている。
「やめたいなら、今すぐ言え。俺は、本気でお前を欲しがってる」
胸の奥が、大きく跳ねる。怖さもある。十年分の空白と、この熱が本物だという事実が、同時に押し寄せてくる。でも、拒む理由など、もうどこにもなかった。葵は、小さく息を吸って、彼のシャツの生地を握りしめた。
「……やめない。欲しい」
その言葉を聞いた瞬間、涼の目が、深く、暗く沈んだ。
次の瞬間、唇が、激しく重なる。
今度は、抑えが利かない。舌が深く絡み、吸うように、貪るように。吐息が乱れ、甘い水音が大きくなる。腰に回された手が、強く引き寄せる。密着する。シャツ越しに、彼の硬く熱い胸が、自分の胸に押し当たる。甘い圧迫感が、呼吸を浅くする。涼の手が、シャツの裾から直接肌に滑り込む。掌の熱が、生の皮膚に触れた瞬間、背筋を甘い電流が走った。指が、腰骨のラインを丁寧に辿る。一回。二回。ゆっくりと、肋骨の方へ移動する。
「熱い……お前、全身が熱い」
掠れた声。唇が、首筋に落ちる。吸うように。歯で軽く挟むように。甘い痛みが走り、吐息が短く漏れる。シャツのボタンが、一つつ、外されていく。冷たい空気が、露出した肌に触れるたびに、彼の掌がすぐにそれを埋める。鎖骨から肩へ。肩から腕の内側へ。指先が、脇の下の柔らかい部分を、ゆっくりと撫でる。鳥肌が、止まらない。
「涼くん……」
名前を呼ぶ声が、喘ぐように漏れる。彼は答えず、唇を鎖骨のくぼみに移動させた。舌先で、ゆっくりとなぞる。熱い。濡れた感触が、皮膚に残る。次に、胸の谷間へ。生地越しに、熱を伝えるように。吸うように。体が、自然と弓なりに反った。甘い疼きが、下腹部に落ちる。
シャツが、完全に開かれる。
涼しい空気が、肌を撫でる。涼の視線が、ゆっくりと自分の体を這う。恥ずかしさと、甘い羞恥が混じって、頰が熱くなる。彼の唇が、再び落ちる。今度は、ブラの縁に沿って。生地の上から、丁寧に、熱を染み込ませるように。指が、背中に回され、ホックに触れる。一呼吸。二呼吸。外される音が、静かな部屋に小さく響いた。
「綺麗だ……本当に」
低い声。視線が、露わになった肌を、ゆっくりと撫でるように動く。掌が、直接、柔らかな曲線を包み込む。熱い。大きくて、骨ばった手が、優しく、しかし確実に、輪郭を確認するように動く。親指が、先端を、ゆっくりと円を描く。甘い痺れが、一気に広がる。体が、震える。吐息が、短く、高く漏れる。
「弱いところ、わかっちまうな」
耳元で、熱い吐息。唇が、そこに落ちる。吸うように。舌先で、優しく刺激するように。甘い快楽が、波のように押し寄せる。腰が、自然と浮く。涼のもう一方の手が、スカートの裾をゆっくりと持ち上げる。生地が、太腿を擦る感触。指が、太腿の内側を、慎重に、丁寧に辿る。一回。二回。熱が、じわじわと内側に染みていく。
「ここで、止めるか?」
再び、問われる。声は掠れ、吐息は熱い。黒い瞳が、自分を見つめている。額の汗が、薄い光に光る。葵は、後ろに手を回し、彼のシャツの生地を強く握りしめた。拒むつもりなど、もう微塵もなかった。
「……止めないで。もっと、触って」
その言葉を聞いた瞬間、涼の体が、わずかに硬くなった。
次の瞬間、唇が、激しく、深く、重なる。
手が、さらに大胆に、熱を帯びて、自分の肌を抚でていく。
雨上がりの夜が、窓の外で静かに沈んでいく。
部屋の中だけが、熱く、甘く、溶けるように深くなっていく。




