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「ゼロシティに行く前に、人を集めよう」
レゼウスがそう言い出したのは、サジャを発って三日目の頃だった。三人ともコックピットで寛いでいたときだ。
「あぁ? 何だよ急に」
暇そうに漫画を読んでいたネビュラが顔を上げた。
「実は魔王からメールが返ってきたんだ」
レゼウスはコックピットの真ん中にある立体映像装置の台にメール文を転送した。アリーも浮かび上がったホログラムを驚きながら凝視する。メールという通信システムとホログラム技術の説明も、アリーは理解しようと懸命な顔で聞いていた。
「アルフヘイムを占拠する、オークの軍勢との戦いを承認する。私からも間もなく、全メンバーに通達を出す。ただし、そちらでも戦力を確保をして欲しい」
メールにはそう簡潔に書かれていた。
「魔王の呼びかけでパンデモニウムの面々はアルフヘイム奪還の戦いに参加するだろう。だが全員ではない。参加するもしないも、それは各々の判断となる。だから、少しでも人員を集めろということだね」
「けど、どうやって集めんだよ? それこそメールをメンバーに送ればいいんじゃねぇのか?」
「それでは意味がない。実際に現地に赴いて、傭兵達と直接交渉しなければ」
ネビュラは面倒臭そうに顔を顰めた。
「そんなことしてたらキリがないだろ。何万人いると思ってんだ?」
「まさか。傭兵一人一人と交渉などしないよ。主要都市にいる傭兵の中には、リーダー的存在の者が必ずいるはずだ。彼らを説得できれば、まとめて人員を確保できる」
「大樹に兎鳥集う、ですね」
アリーは手を叩いて、少し得意げに言ってみせた。
「なんだそれ?」
「エルフに伝わることわざです。人望があり、優秀な者の下には大勢の人々が集まるということです」
その通り、とレゼウスは小さく笑う。
「人を集めるには、影響力のある人物に訴えるのが一番だ」
こうして一行が入港したのは、バルガディアという都市であった。街は鉄道網が張り巡らされ、町の案内板や店の看板にはホログラム技術が随所に見られる一方、未だに馬車を使った交通も残っている。
「ネビュラ、バルカディアの情報を教えてくれ」
「はいよ。——バルカディア領、首都バルカディア。セントラリオ連邦加盟都市。ヴィジェト山の麓に位置する町で、鉱業や酪農が盛ん。セントラリオ連邦でも有数の大都市。だとさ」
「サジャとは全然違いますね」
アリーがフード越しにキョロキョロと見渡しながら呟いた。サジャが剣呑とした猥雑な賑やかさなら、こちらは秩序のある健全な賑わいと言ったところだろうか。石畳は整備され、街路樹は均一並び、建物は赤や黄色などのレンガ造りで街の風景の彩りに一役買っている。
「アルフヘイムと少し似ているかい?」
レゼウスの言葉に、アリーは少し驚いた顔をした。
「エルフは自然と共に生きてきたのだろう? バルカディアは発展した国でもあるが、だからこそ昔からの文化や自然を重んじ、共存を目指している国でもある」
アルフヘイムがここまで発達していないのは、レゼウスも想像がついているはずだ。彼が言っているのは雰囲気や精神的な意味であり、その奥に見える未来への展望なのだろう。
「そう……ですね。もし、アルフヘイムが鎖国を辞め、発展すればバルカディアのようになるのかもしれません」
「それはこれからの君たち次第さ。いくらでも、いかようにもなれる」
「見えて来たよ」
しばらく歩くと、レゼウスが一際大きな建物を指さした。白い外壁に薄青色の巨大なドーム天井。入口のアーチの前には、やはりホログラム看板がある。ホログラムはベレー帽とバルーンパンツを着た男が旗と剣を持ち、その下には「傭兵ギルド バルガディア拠点」と書かれて浮かんでいる。
ロビーにいくつもの受付カウンターが並んでおり、魔動銃を持った者達が至る所でやり取りしている。傭兵はもちろん、ギルドのスタッフも皆武装している。
「ここも人が多いですね」
少し落ち着かない様子でアリーは辺りを見渡す。
「この世界ではどんな街でも常にモンスターの脅威にあるからね。とりわけ大きな街ほど防衛体制は強固、つまり人も多い。それに、依頼はモンスター退治ばかりもでない」
レゼウスが見上げた先、そこにはロビーの中央に設置された大きなホログラムモニターには「現在の依頼」と書かれ、受付中の欄には様々な見出しがあった。街道整備の工事現場や採掘現場の護衛。郊外にあるインフラ施設などの駐在警備。とある富裕者の身辺警護。行方不明者の捜索なんていうのもある。
「傭兵が仕事を受けるパターンは二つ。一つは依頼主から直接の依頼だ。ただこれはあまりない。営業するのは大変だし、非常に効率が悪い。もう一つは傭兵ギルドを介して依頼を受けることだ。傭兵ギルドは常に仕事を募っており、その情報網は世界規模だ。傭兵ギルドはその対価として仲介料を取るが、それでも依頼主との手続きや交渉などを全て任せられるとなれば、皆傭兵ギルドを利用する。そして大きな街の傭兵ギルドともなれば、毎日数千人規模の傭兵が訪れる」
だが、今日レゼウス達がギルドに来た理由は依頼を受けにきたのではない。パンデモニウムのメンバーに会うためだ。
「そんで、どうすんだ?」
ネビュラは腕を組んで周囲を見渡しながら言った。
「受付に行こう。受付には登録されている傭兵のデータベースがあるはずだ」
レゼウスたちは空いているカウンターに行く。受付の女はちらっとレゼウス達を見ると、手元の端末や書類に視線を行ったり来たりしながら、ぶっきらぼうに言った。
「依頼かい?」
「いや、私はパンデモニウムの交渉役でね」
「交渉役? まさか、報酬金額の値上げろとか言うんじゃないだろうね?」
レゼウスは軽く笑いながらかぶりを振った。
「今日はそういう交渉に来たんじゃあないよ。このギルドに、パンデモニウムの傭兵がどのくらい利用しているか調べてほしい」
「え? あぁ、ちょっと待ってくれ。データベースを参照する。えーと、さすが万魔の傭兵団。ざっと五百人くらいかな」
受付嬢は端末を触りながら答えた。
「筆頭の者はいるかい? 高難易度の依頼を確実にこなす者だ。尚且つ人望もあるといいんだが」
「それならデータベースを参照するまでもない。ブルーノだな。パンデモニウムだけでなく、他の傭兵団と比べても抜けて優れた奴だよ」
「その彼と連絡を取りたいのだが——」
「ここにいるぞ」
すると後ろから厳つい声がする。三人が振り向くと、そこには大男が立っていた。短く刈り上げた髪と整えられた髭は、その強面によく似合っている。灰色のコートの中に金属の胸当てを装備し、大斧を背負うその姿は「重戦士」という言葉がピタリと当てはまる。その後ろには数十人の傭兵たちがいた。
「これはこれは。私はレゼウス。パンデモニウムの交渉役だ」
「ほぉ? 交渉役が俺に何の用だ?」
「単刀直入に言おう。近いうちに大きな戦いがある。それに参加してもらいたい」
ブルーノは他の傭兵たちに向かって手を掲げた。
「悪い。ちとこいつと話したい」
傭兵達はバラバラと離れていく。四人は場所を改め、ロビーの適当の端にある適当なテーブルを囲んだ。
レゼウスはことの経緯を説明した。オークの軍勢によるアフルヘイムへの侵攻。エルフ族にいる裏切りの策謀者の存在。全て話し終わった後、アリーがブルーノだけに見えるようにフードをずらしてその顔を見せた。
「これは驚いた! その耳の形、本当にエルフなのか。まさか、生きている間にエルフを見られるとはな」
「どうか、我が国のために力を貸していただけないでしょうか」
「むぅ」
アリーのブルーノは唸りながら考え込むが、しばらくして口を開いた。
「オーク族は自分達より弱いと思ったら、見境なく略奪を行う戦闘民族だ。だが小国とは言え、一つの国にまで手を出すなんてことはない。今回は、そのガーウィンとかいう野郎が手引きしたからだろうな。そしてそ奴は自分の保身のために同族を差し出した。確かにそれは、パンデモニウムの信条と相対する出来事だ。そしてそれを実行したオークもかなりの軍勢なんだろう。さすがのパンデモニウムでもそれなりの準備が必要だ」
「近々、魔王から正式に通達があるはずだ。だが、魔王の通達だけで人が集まるかは分からない」
レゼウスの言葉にブルーノは頷いた。
「俺たちは弱者への搾取も許さないが、同時に自由を尊ぶ。気に入った仕事でなければやらないと言う奴は多い」
そう。魔王から出されるのは、あくまで命令ではなく通達。パンデモニウムの団員は何にも縛られない。それは魔王の言葉ですら等しく同じなのだ。
「その話に乗るか乗らないかは、これで決めよう」
ブルーノはトランプほどの薄型の端末を取り出した。それはクエストカードだった。クエストカードはギルドから発行された依頼情報が保存されている。カードの画面には「ワイバーン討伐依頼」と書かれている。
「これを手伝えって?」
ネビュラがカードを覗きながら、面倒臭そうに目を細めた。ワイバーンは飛竜とも呼ばれる生き物で人類に対する脅威生物――いわゆるモンスターの一種だ。山岳地帯に住むことが多く、稀に人里に降りてくることもあるので討伐対象となるのだ。
「手伝いではない。競争だ。どちらがワイバーンを早く、多く仕留められるか、な。それであんたの実力を確かめる」
「ふむ。私は戦いは専門ではないから、ここはネビュラに——」
「いや、レゼウス。あんただ」
ブルーノは間髪入れずにピシャリと言い切ると、レゼウスの首元を指差した。
「そのブローチはただの飾りじゃないだろ?」
レゼウスの”星辰ノ外套”。フラクタムと呼ばれる魔法の兵装。石の中に見える二重のハート模様。その周囲を覆う複雑な文字群。知る者が見れば、それはフラクタムだというのは一目瞭然だろう。
「ふふふ。同じフラクタム使い同士の勝負、ということか」
今度はレゼウスがブルーノ背負った大斧を見た。魔動銃が主流兵器のこの時代に、剣や斧などを装備しているのはフラクタム使いくらいか、魔動銃を持たずに戦う者か。もちろん、後者の者が傭兵ギルドにいるはずもない。
「ではアリーを連れて行きたい。いいかな?」
アリーは少し驚いた顔をした。
「彼女は依頼主だ。この勝敗の行方を見る権利がある。それに、王女として今後アルフヘイムを導かなければならないだろう。その知見のためにも、色々なこと体験した方が良いだろう」
レゼウスがアリーを見ながら頷くと、アリーもそれに応えた。
「相分かった。ちなみに、報酬は倒した数で割るでいいか?」
ブルーノの提案にレゼウスは「異論ない」と頷いた。
「そうと決まれば、ネビュラ。君は留守番だ」
「おぉ! これで漫画読み放題だぜ。せいぜい頑張れよー」
全くの他人ごとなネビュラに、レゼウスは呆れてため息を吐いた。




