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誘拐された星水晶

 星水晶は、複数の男たちに無理やり倉庫のような建物に連れていかれてしまった。


「大人しくしていろ。」


 男たちは布で顔を隠している。星水晶は後ろ手に縛られて、口に布を詰められ、椅子に座らされた。

 現代日本の感覚で女性が馴れない町で独り歩きをしてはいけなかった。


ロマリアでもテーベでも町に出たことがなかったが、さすがに昼間なら何もないだろうと思っていた。

自分の迂闊さのせいでこんなことになり、星水晶は後悔した。


「あれを持って来い。」


「わかった。」


 リーダーらしき男に口の布を外され、唾液が端から垂れたが、手が自由にならないので拭うこともできない。


「もし泣き叫んだら殴る。質問に答えろ。お前は魔法使いか?」


 口がカラカラに渇いて声が出しづらい。喉も恐怖で閉じそうになるが、星水晶は震える声で何とか答えた。


「…もと、シスターです」


「……訳ありで修道院に放り込まれたお嬢さんか」


 リーダーらしき男性は、何か小型の装置を受け取ると星水晶に近づけた。


「魔力値は…平均以上はあるようだな。」


「そう、なのですか?」


 以前試してみたが、文子様しか聖槍は使えなかったはすだ。当然すでに魔力はないものと思っていた星水晶が驚いて聞き返すと、男性は装置と星水晶を交互に見て言った。


「…ふん、魔力感知ができない魔法使いもいるんだな。」


 男は、星水晶が魔力持ちにもかかわらずシスターになった理由を察した。


「不良品だがまあいい。黙ってれば妊娠して産むまで魔力感知ができないなんてわかりゃしねえ。」


『ちょ、ちょっと!不穏なこといってるわよ、何とかして逃げないと…』


 美凪様が焦って替わると言うが、いくら美凪様が強いとはいえこの人数を相手にできるとは思えなかった。


(私に魔法が使えたら、縄を切ってあのドアから逃げられるかもしれませんが…)


 足は速い方だ。脱出する方法を考えていると、湯気の立つ鍋が運ばれてきた。

食事の時間、ではない。

魔法使いは指の感覚で魔法を使う。そのため、指を怪我すると一時的に魔法が使えなくなるのだ。

男たちは抵抗できないように星水晶の指を煮えた湯につけて火傷をさせるつもりだった。


 星水晶からは死角になっていて見えないが、指を開かせようと1人が触れた瞬間、動きが止まる。そして、まもなく尻もちをついて後ずさった。怯えている様子だ。


「何だ?」


 もう一人が乱暴に星水晶の指をつかむと、その男もまた動きを急に止めた。そして悲鳴をあげて倒れ、失禁した。


 最初に尻もちをついて怯えた男が発狂して他の者にすがりつく。


「悪魔だ!化け物が俺を、俺を殴って…っ!」


「幻だ!ここにはそんなものいない!」


 怒鳴られて張り倒された男はうめき声を上げて大人しくなった。

もう1人の失禁した男は気絶したまま別室へ運ばれていく。


(何が起こっているの?)


 星水晶は背後で引き起こされる騒動にわけが分からず、ただ怯えて身を縮こめている。


「仕方ない、こいつに触らないようにして手を潰せ」


 その後、魔法で幻覚を見せられたと考えた男たちに湯を両手にかけられて星水晶は声にならない悲鳴を上げた。


 その後、馬車に乗せられて別の場所へ移された。こうなるともう帰り道もわからない。


「味見しようと思ったが、やっぱり気味悪いなぁ」


 男の1人が星水晶に手を伸ばすも、すぐに引っ込めた。

反抗心もなく、怯えて震えているだけのか弱い女に見える。だが、先程もそうだったのに2人やられた。

1人は正気に戻れたが、もう1人はまだ気絶している。幻の中にいるようでずっとうなされていた。


「やめろ、馬車ん中で小便漏らされたらたまったもんじゃねえ!」


 馬車の中で星水晶は品のない会話で辱められ、いたたまれない思いをしていた。最悪の事態を想像するとぞっとした。

火傷をした手はろくな手当もされず、時間が経つごとにじくじくと痛みが増してくる。


 最初に星水晶の指に触れた男が、おずおずと星水晶に話しかけた。


「俺は死んだらあそこへ送られるのか?」


「んん…」


 首を縦にも横にも振らず、星水晶が何か言いたそうにしたので、口の布を取ってくれた。


「あそこ…?」


「わからないのか?悪魔と化け物がいて…草も木も生えないような暗くて恐ろしいところだよ…」


『ダン!お前が悲鳴と血を流し続けるのを口を開けて待っている。地獄(ここ)で、いつまでも。』


化け物どもは男の名前を知っていた。


 これまで犯した罪を数えながら焼けた棒で何度も頭を叩き、体を打たれ蹂躙された。

あの熱さ、じゅっと灼ける音と焦げる臭い、体を裂かれるような痛み。

とても幻とは思えない。また、眼の前に悲しげな顔で座っている女性があのような恐ろしい幻覚を見せるとは結びつかなかった。

星水晶はダンの訴えを聞いて静かに説いた。


「私たち人は、生まれながらに死という罰が待ち受けています。ですが、罪を悔い改めて神様に祈れば魂は救われます。心から懺悔して許しを求めるのです。」


「ハハ、悔い改めよか。そう言えば逃がしてもらえると思ったんだろうな、馬鹿な女だ。」


 横で聞いていた男たちはげらげらと笑うが、ダンだけは真剣に聞いた。


「死んだおふくろはロマリア教の熱心な信者だった。

今まで思い返したこともなかったけど、俺が悪さをしたとき、あんたと似たような言葉を口にしてたよ。

何をしたか神様に言いなさい、許しを請いなさいって。俺は口うるさく言われて、お祈りする()()をするだけだった。

なんとなく…死んだらおふくろに会えると思ってたんだけど、俺は天国には行けないのか?」


「お母様があなたを想う言葉が、今こうして自らの行いを顧みる機会をくださったのです。

そして、その御言葉(みことば)の始まりは神様です。

お母様と天国でもう一度会うためには、あなたが神様のお怒りから救われなくてはなりません。」 


「どうすれば…?」


「すべての罪が赦されること、それが神様からあなたへ与えられた贈り物であると信じることです。」


「たったそれだけで全部許されるって?イカれてるな。下手な勧誘に騙されるなよ、ダン!」


横から他の男達が嘲り、口を挟む。


「そんなわけないと笑われる方がほとんどです。でも、皆さんも死を迎えた後にご自分がどうなるか恐れたことはおありでしょう?

生きることは死という罰に向かうこと、だから不安で苦しいのです。

そこから救われて天国…永遠の国に行く方法、その答えのヒントがこちらに書いてあるのです。」


 それから星水晶は懐に入れていた教典を出してもらい、ダンと一緒にお祈りをすると、同じ本が家に置いてあると懐かしそうに話した。

 母親の死という試練を経たことで、ダンには昔教会で教わった聖句が実感を持って伝わった。

ダンはこれからはちゃんと教会に行くと星水晶に告げた。

二人のやり取りを周りの男たちは呆れたように聞いており、やがてうんざりしたように星水晶の口に再度布が詰められた。布を乱暴に詰められたので苦しかった。


真狒姫が星水晶に語りかける。


『おそらくどこかへ売られるのでしょう。引き渡しの時にわたくしに替わってちょうだい。』


(先ほどより追手が増えますよ。よろしいのですか?)


 それでも、真狒姫は星水晶を守ると言ってくれた。

馬車が止まると外は黄昏時だった。

 煌々と明かりが灯る王城との位置関係から、まだ王都の中であることがわかる。


 しばらく待機した後、馬車から降ろされる動きがあった。星水晶が真狒姫に体を明け渡すと、なぜか普段と違うことが起こった。

 星水晶は馬車に座ったまま、真狒姫の背中が馬車から降りていくのを呆然と見ていた。

一智佳様や文子様がいなくなった時のように、星水晶の中から出ていく気配がした。

 驚いて真狒姫に呼びかけると、振り返って指を口に当てる。

どうやら真狒姫のことは周りからは縛られた星水晶に見えているようで、彼女だけが外へ連れ出された。


 お金と商品のやり取りを済ませ、さらった側の男性が真狒姫の腕を離した瞬間、月が雲に隠れた。

それと同時に太陽が沈みきり、暗闇の後、再度月明かりが戻った時には真狒姫の周囲の人たちはすべて地面に倒れ伏していた。


 恐る恐る這い寄ると、真狒姫の白い髪が月明かりに照らされ夜風になびいている。


『死んじゃったの?』


『殺してないわ。セーラが望んでないから。でも向こうの半分はそこの者が…』


 真狒姫が指差す方を見ると、馬車の影に誰かが潜んでいた。

そのまま身を隠そうとした人物だが、ぴたりと動きを止める。


『こんばんは。ここはとってもいい国ね。人の欲望と悪意が満ちていて…あなたからは死の臭いがする。』


 真狒姫が近づくと、そこには1人の男性が身構えていた。


『暗がりから出て、セーラを安全なところへ案内なさい。』


 真狒姫が言うと男は馬車の陰からゆらりと進み出た。

 テーベ人には珍しく細身で、さほど背は高くない。髪や髭を不精に伸ばした中年の男性だ。腰には長剣を携えている。


 その時、倒れていた男の1人が立ち上がり、縛られていた星水晶に襲いかかった。

手にはナイフを持っており、引き倒されて刺されそうになる。

しかしナイフが振り下ろされる前に打撃音がして、襲ってきた男はどさりと音を立てて倒れた。


「に、逃げろ…早く!」


 星水晶の近くに倒れていたダンが、掠れた声で囁く。

 いつの間にか真狒姫は星水晶の中へ戻っていて、無我夢中で駆け出した。

星水晶は大きな通りに出て最初に目についた明かりの漏れる大きな建物に逃げ込み、ドアを閉めた。


「まあ、どうしたの?こんな遅くに…」


 修道服を着た女性が赤ちゃんを抱いて目を丸くしている。

そこは孤児院だった。

口の布を取って縛られていた縄を切ってもらった星水晶は事情を話して中へ入れてもらった。


「火傷が…待ってて、すぐお医者が来てくれるから。」


「お医者さま…」


「この辺じゃ治癒士にかかるお金がない人が多いもの」


 シスターは星水晶が繰り返した意味を勘違いしたのか早口で言った。


 医者は城下町ではアンティカと見下され、治癒士が重宝され始めた。すると国王によって医者は保護され、治癒士にかかれない人のために城から派遣してくれるようになったのだという。


 医者を待つ間、疲労から目を閉じて横になっていると、懐かしい煙草の臭いがした。


(…お母さまの香りだ。)


 目を開けると、背の高い女性が煙草をふかしていた。


「ごめん、眠気覚ましに一服してたわ。夜中に呼び出されたもんだから。」


彼女は医者だというので驚いた。

それからテキパキと患部を見て冷湿布を渡される。

痛みが少し楽になった星水晶は、毛布を渡されて気を失うように眠った。


夜が明け、目を覚ますといくつもの子供たちの顔が覗き込んでいた。


「あ、起きた!」


「シスターに知らせなきゃ!」


きゃーっと高い声で騒いで散っていく子供たち。

程なく孤児院の職員のシスターが様子を見にやってきた。


「おはよう。眠れた?」


「はい。ありがとうございました。」


「あなた、家は遠いの?」


「いえ、商家のオルトレー様のところでお世話になっていて」


「ああよかった。たまにね、王都の外から買われてくる子もいるらしいから…

でも、あなたみたいな年になって売られる人も珍しいわ。」


「そ、そうなのですか…」


 星水晶は改めて自分の迂闊さに落ち込んだ。

赤ちゃんが起きて泣き出したので、シスターは様子を見に急いで歩いていった。

彼女以外にも何人か職員はいるが、子供たちの世話で手いっぱいのようだった。何かしようとしたら構って遊んで話を聞いてほしい子供たちにまとわりつかれるのだ。

そのせいか事情や名前など聞かれる暇もなさそうだった。


 星水晶は申し出て子供たちの朝食の配膳を手伝った。まだ手は痛むが冷湿布のおかげで大分良くなった。それに、初対面の星水晶にはあまり子供が近寄らず、邪魔されずに動けたのだ。

見ると年上の子供たちはシスターを進んで手伝い、下の子の面倒もよく見ている。

ここは国がお金を出して運営している施設らしい。魔力がなく、捨てられた子供たちのための孤児院だった。


「ありがとう、ええと…助かったわ。あなたも朝食食べていく?」


「いえ、子供たちの分に回してください。」


 早く戻って無事を伝えなくてはならない。

それに、あの後倒れていた人々がどうなったかも気になる。


「お姉ちゃんどこ行くのー?」


「お姉さんは帰るんですよ。さあ通してあげてくださいね。」


「どうして?遊ぼうよ!」


「帰っちゃうの?」


「いいから、みんなで遊んでらっしゃい。静かにね。」


 帰り際になって何人かの子供に囲まれていた星水晶だが、シスターに剥がしてもらった。そしてお礼を言って孤児院を出た。


「子供の世話って大変なのね。」


 少し嬉しそうに星水晶は呟く。荒んだ気持ちは、子供たちのおかげで落ち着いていた。


『そうよ。大変で……。』


美凪様は懐かしそうに同意して言葉に詰まった。

美凪様には子供がいた。

美凪様は処刑前に自害したが、子供はどうなっただろう。いくつだったかにもよるが、おそらく…

子供のことは話してくれるまでそっとしておくことにした。


「セイラさん!」


 貧民街から町の境に来ると目の前に見覚えのある馬車が止まり、中からオルトレー氏が降りてきた。星水晶は手をとって馬車へ乗せてもらった。


「おじさま!」


 星水晶は震える手でオルトレー氏の腕を掴んだ。


「いや無事で良かったよ。

セイラさんが戻らないと聞いて…昨日から商会で探していたんだ。一度家に戻ろうとしていたところだ。」


「ご心配をおかけしました…」


 星水晶はオルトレー氏に事情を話し、連れ去られそうになったこと、その馬車の場所を伝えた。


「ふむ、そのあたりは全部こちらでやっておくから、セイラさんは何も考えなくていい。とにかく家に帰ろう。」


「ですが…」


 ダンさん以外は名前もわからないが、倉庫で気絶した人、もう一台の馬車で倒れていた人たちもどうなったか気になっていた。


「私の証言も必要でしょう。人身売買が行われているんです。魔法が使えない人も保護してくださるようですし、きっと国が動いてくださるはずです。」


「…国王は魔法が使えないんだ。だから保護するのは魔法が使えない弱者だけ。

人身売買については国も認識しているが…魔法使いなら売られた先で無碍にされることはないだろう。」


「こうして誘拐にまで発展しているのですよ…?」


「それについては対処する、だろう。

だが、証言するとなると、セイラさんが危険に晒される。こうして無事に戻ってこれたんだ、恐ろしい記憶は忘れたほうがいい。」


 それはまるで裏で処理すると言っているようだった。既に衛兵に報告して話がついているのかもしれない。

だがあの時真狒姫がいなかったら、ダンが助けてくれなかったら、星水晶は無事では済まなかった。

心に引っかかりを残したまま、星水晶はオルトレー邸に戻ってきた。

家ではエヴァ様やオルトレー夫人が待ち構えていて抱きしめられた。


「ごめんなさい!」


エヴァ様は星水晶を抱きしめながら泣き出してしまった。

あまりに色々なことが起こってそれどころではなくなっていたが、星水晶はエヴァ様と喧嘩をして出てきたのだった。

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