新しい戦い
ーーーー未来の私へ
私は、あなたがこれを見つけてくれるのを信じている。
忘れてしまうのは、怖いけれど、ルシファーは私を、この子を愛している。
この子の名前は、バアル。
あのひとが決めた、名前。
私のことを覚えていて、私はあの人を忘れている。
あの人はきっと、辛い想いをするだろう。
でもきっと、私はまた、あの人と恋に落ちると信じている。
どうか、そうでありますように。
愛する人をあの人から引き離すことしかできないこんな世界を、壊す。
あの人のために、この子のために、そして、私自身のために。
読み終えた私は、革の手帳を抱きしめて呆然としていた。
もう焚き火は細く小さな狼煙のようになっていて、空は白んでいた。
村に帰らないと、勇者に話さないと。
戦う必要なんてない。
きっと分かり合えるはずだ。
立ち上がって、辺りを見回す。
こんなところで迷子になっている場合じゃないのに、自分に腹を立てて立ち上がる。
どうやって帰ればいいんだろう。
「……何やってるんだ?」
後ろから声を掛けられて飛び上がった。
「え!?」
「村に帰ったんじゃなかったのか? お前が来いって言うから、今から村に行くところだぞ」
「あ、うん」
「まさか、お前、迷ってたのか?」
「いや、その、別に」
「あんなに自信満々に出ていったくせに?」
「え、だって」
「ヤバい、マジかよ。村はここの裏だぞ」
「うるさい!!」
大爆笑する勇者の脇腹を、突いてやる。
それでも笑い続ける勇者を睨みつつ、手帳の中身を慌てて探す。
あのことを書いた、あのページを。
「あった。これだ」
差し出しすと、勇者はそれを受け取った。そのまま黙ってその場にしゃがみこんで、真剣な様子で読んでいる。
しばらくすると、その目に大きな涙の雫が浮かんだ。
「マンバとブリトニは、大丈夫だよ」
「……ありがとう」
「絶対に、あなたの元に返す。マサルさん」
目を大きく見開いて、次の瞬間、糸のように細くする。
「あぁ、その名前で呼ばれるのは久しぶりだ」
「……魔王は、ルシファーは敵じゃない。私が話せば、彼はきっとこちらにつく」
「……は?」
「ちゃんと説明させて。とにかく、村に戻らなきゃ……みんなにちゃんと話をしないと。この手帳のことを」
私たちは、村に戻って、アンナの家へと急いだ。
家には、アンナとバアルとナアマしかいなくて、二人は私を探しに森に向かったらしい。
「心配したのよ、一体何をしていたの」
責める口調は仕方ない。自分の間抜けさが原因だから、甘んじて受ける。
「本当にごめんなさい。……バアル、おいで」
バアルを抱き上げて、柔らかいほっぺたに顔を擦り付ける。バアルの甘い匂いにうっとりとする。
「まんま」
「バアル、大好き」
この子が、ルシファーと私があれほど待ちわびた子。
この子ために、記憶を手放した。
いつか、家族で暮らせるという一縷の希望を託して……。
「ここに全部のことが書いてあった……ルシファーは、全部覚えてたの……」
「覚えていた……?」
「私は、魔界に召喚されてから妊娠して、出産するときに自分で記憶を消したの」
苦しくてたまらなくって、吐き出した。
忘れたくなかった。生き残るためだとしても。
「記憶を取り戻したい」
「ーーーー私だって」
アンナが私の背中をゆっくりと撫でてくれた。
あの大事な時間を、私たちは失ったんだと。
「こんな世界、おかしい。絶対に、ぶっ壊す」
そのとき、村の広場の方から、爆発音がした。
「何!?」
驚いて外に出ると、村には火の手が上がっていた。