悪魔の来襲
走り出て見渡す村は、火に包まれていた。
「うそでしょ……」
火を放っているのは、紛れもなく悪魔だった。
……悪魔が押し寄せている。
目視できるだけでも、数十の悪魔。
「火を、火を消さなきゃ……」
「クソッ! こっちにつくんじゃなかったのかよ!」
逃げ惑う村人が、私の両脇を走り抜けていく。
悲鳴が響く中、人の波に押し流され転倒して呻く人、燃える家を前に呆然と立ち尽くす人、母の名前を叫ぶ子ども……。
間違いなく、そこは地獄だった。
「許さねぇ!」
剣を構え、勇者が飛び出す。
例の力を使い、悪魔の魔力を封じたらしい。
けれど、火の手はもうとどまるところを知らず、炎は広がっていく。
「ほう、貴様が勇者か」
火を操っていた大きな獣の頭を持つ悪魔を押しのけて出てきたのは、大きく真っ黒い軍馬乗ったアガリアレプトだった。兜はつけず、銀色の鎧だけという姿に、圧倒的な自信を感じる。
「アガリアレプト!」
とっさに叫ぶと、アガリアレプトは、片眉をあげる。
「我が名は、魔軍総帥・サタナキア。アガリアレプトは、私の双子の弟だ」
よく見ると、確かにそっくりだけれど、違う。思い出すと、オッドアイの目が、逆だった。
「……ああ、あなたがマリア様か。これはこれは、バアル様。初めてお目にかかります」
サタナキアは恭しく一礼する。
赤い短髪に、黄色い右目と赤い左目。戦歴を感じさせる鎧は鈍い光を放っている。
「彼女たちはこちらにいただこう」
「ーーーーふざけるな、ここで死ね」
勇者らしく剣を構える姿に、それでも圧倒的な力の差を感じてしまう。アガリアレプトに傷を負わせたのは、彼だったのか、それとも、彼の仲間だったのか……。
「やめて、戦わせないわ。ここから退きなさい」
「ご冗談を」
「本気よ。ルシファーもきっとそういうはず。ルシファーはどこなの」
「……魔王の居場所をここで? 妃、あなたは戦をお分かりでない。しかも、どうやらタチの悪いのと付き合いがあるようだ」
可笑しそうに笑うと、ひらりと軍馬から降りる。
「サタナキア様!」
「ーーーーお前たち、下がっていろ。手出しは無用だ。なぜか妃は、我々に反旗を翻すおつもりらしい。だが、彼女は重要な生贄。無事につれ帰らねばならない」
「いいでしょう、私がいくわ。だから、ここは退いて!!」
私が叫ぶと、目の前に影が差す。
「おお、エリゴールではないか。どこにいた。この裏切り者め」
「サタナキア様、ご無沙汰しております」
「私はお前を買っていたのだぞ」
「……申し訳ございません。私には私の、命がございまして……」
「ーーーーハッ、ルシファー様か。あの方はあまりに日和られた。我々のご忠告も聞き入れられない」
ため息を吐いて、サタナキアは腕を組む。
「しかしながら、あの方あっての、魔界。魔王なくして、魔界は存在できぬ」
その言い方に、嫌な予感がする。
「ーーーールシファーは、どこなの」
「……少し眠っていただいているのだ」
「な、んですって……」
ビリビリと、何かが背筋を走る。これが悪寒なら、間違いない。
「あの方は、我々を陥れようとされたのでね」
「なんで……すって……」
ルシファーは、一体一人で何をしようとしたっていうのだろう。
「あの方は、我々を魔界に閉じ込めようとしたんだ」
「ーーーー魔界に閉じ込める……?」
「だから、眠っていただいた。彼が生きているうちは、魔王の力は彼のもの。彼が死ねば、その力はバアル様のものに……」
「……眠った……だと? 貴様、ルシファー様に、何を!」
ゆっくりと近づいてくるサタナキアの目は、光がない。
「後継者が、この世界にいては困る。我々がこの世界の覇者になるには、バアル様は我々と共にあらねば……」
伸ばされた手が、やたら大きく見える。
「そして、今度こそあなたを生贄にする……悪の祝福を受けねば、魔界は衰退してしまうからな」
ルシファーの身に、何が起こったのか、それしか考えられない。
どうして、魔王がそんな目に遭ってしまったのか。
「マリア様!」
エリゴールの声に我に返る。鋭い爪先が、鼻先をかすめた。
「大人しく、こちらに来てもらおう」
にたりと笑うサタナキアに、狂気しか感じない。
私はただ震える足で、立っているのがやっとだった。




