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ひとりきりの朝

 今日もまた、一人きりで目が覚めた。

 気だるいまま、シーツの波間に漂う。


 足は朝なのに浮腫んでいて、だるい。お腹が気になって、眠りが浅いからか、疲れが取れない。


 そして、なにより、あの優しい眼差しがないだけで、1日の始まりがこんなにも憂鬱だったなんて、ここ数日で知る。

 うざったいやら、恥ずかしいやら、あれほど文句を言っていたのに、失って気づくことはたくさんある。


「……どうして」


 ここ数日ずっと考え続けている、答えのない問いかけ。

 あまりに邪険に扱いすぎて、ルシファーは、私が嫌になったのかも。

 それとも、ルシファーは、美しい誰かに出会ってしまったのかもしれない。


 これ以上考えたくなくて、首を振って、起き上がる。

 今日は、バティムと庭園を歩く約束をしている。

 マルバスも食欲のない私を気遣って、今朝はフルーツサンドを作ってくれると約束したんだった。

 収穫で忙しかったマンバも、やっと来てくれる日だから、このことを話そう。

 あれこれ、今日することを考えて、嫌な気持ちを押しやっていく。


 魔王の母親になるからか、どの悪魔も全力サポートしてくれるけれど、産んだら私は用なしで、生贄の祭壇に捧げられてしまうんだと、我にかえる。


 みんなの優しさは、次期魔王を無事に産むことを条件にした引き換えの優しさなのだとすら思えてくる。


「おはようございます、マリア様。お食事が出来ましたよ」


 ナアマの声に、両手で頬を軽く打った。

 こんな気持ちでいたら、お腹の子にも悪いに違いない。


「はーい! おはよう!」


 空元気で返事して、私を引き留めるベッドから抜け出した。




 サンドイッチは美味しかったのに、結局ぜんぶは食べられなかった。

 悲しい顔でマルバスが私を見ている。申し訳ない気持ちでいっぱいだけど、どうやってもこれ以上は入らない。


「お口に合いませんでしたか?」

「ううん、すごく美味しかった! ベタベタ甘くない生クリームも美味しかったし、生クリームに合う果物を選んでくれてるのもわかったよ。あと、このパン。しっとりとしててとっても美味しい。これじゃなきゃ、一口も食べられなかったかもしれないんだから」

「でも……」


 口元をぬぐって、いつもの紅茶を飲む。視線を感じてみた先のマルバスの困った顔が、悲しい。


「この間まであんなに食べてらっしゃったのに、どうして急に……」


 お皿を下げるナアマの顔が曇る。


「あの時食べ過ぎたくらいよ。ちょうどいいのかも」

「あの医者を呼びましょう」

「やめてよ、大袈裟なんだから」


 笑い飛ばそうとして、失敗して、妙な空気が流れてしまう。


「ね、今日はバティムと庭園に行くのよ、一緒にどう?」

「……バティムとですか? だったら、俺も行きます」


 不機嫌な様子のマルバスに、だったら来なくてもいいのに、と思わなくもないけれど。


「うん、一緒に行こう」


 理由はわからないけど、バティムとマルバスは犬猿の仲らしい。


「……今日の散歩は取りやめにしてください」

「いやよ。楽しみにしてたんだから」


 ナアマの言葉を遮ると、ナアマは少し怒った口調で続けた。


「顔色が良くありません。大事な体だということを、忘れていただいては困ります。ーーマルバス、バティムに散歩は断っておいて。あと、昼食はお粥をお願い」


 ナアマはもう私の話なんて、聞いてくれそうもない。矢継ぎ早に、今日の予定を変更していく。


「あぁ、マンバを連れてくるときに、医者も一緒に連れてくるように手配しないと」

「ちょ……」

「問題なければ、それが一番です。それがわかるまで、安静にしていただきますから」


 あっという間に片付けを済ませて、ナアマは出ていってしまう。もちろん、マルバスも引き連れて。

 一人になると、嫌なことばかり考えてしまうから、一人になりたくないのに……。


 もし、体調が悪いときけば、ルシファーは見舞いに来てくれるだろうか。

 そんなことを考えて、バカバカしいと自分を笑う。


 外出を禁止されて、そうなれば座っているのも億劫で、結局ベッドに舞い戻ることになった。うつらうつら、何をしたわけでもないのに、いつも眠い。

 妊婦の体というものは、どうしてこんなに眠いのだろう。


「マリア〜、どうした? 体調悪いって?」


 ノックもせずに、マンバが入ってくる。医者は午後から来るらしい。ナアマが私を退屈させないために手筈を整えたのか予定よりも早くマンバがやってきた。


「マンバ、ひさしぶり……」

「わ、どーしたどーした!」


 気づけば涙がポロポロこぼれていた。

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