↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

54/76

一抹の不安

「うん、順調ですな」


 村の医者の往診を終えて、私は衣服を整える。


「まぁ……人間と同じなら、ですが」

「そうですね……」


 私も首を傾げて、思わず顔を見合わせる。


「つわりも治ったようですし、食欲も回復しているのは、何より。二人分ですからなぁ」


 最近はなんでも美味しくて、絶対に太ってしまった自覚はある。


「しかし、なんでも過ぎたるは及ばざるが如し、お産の時に苦しむ羽目になりますからな。太りすぎにはご注意を」


 しっかりと釘を刺されて、舌を出す。


「お散歩など、天気のいい日にはされるといい」

「ありがとうございます」

「ではでは、お大事に」


 お医者さんを見送って、バルコニーに向かう。

 断崖絶壁のこの壮絶な風景を見て、散歩って、どこを……とため息をつく。

 そもそも、この世界はいつもなんだかどんよりとしていて、気持ちのいい場所とは決していえない。特に、海の近いこの辺りの天気は変わりやすい。


「散歩、ねぇ……」


 妊娠も三ヶ月をすぎ、気分もすっかり落ち着いてきた。この場所にもなんとか慣れてきて、自分の適応能力もそう悪くはない気がしている。

 徐々にお腹が出てきて、胸が張り始めた。体型の変化を感じて、これがいわゆる妊婦の体なのだな、と他人事のように感心している。


 あれこれ考えていると、ノックとともにバティムがやってきた。


「マリア様〜、前に言ってた果物が手に入ったぞ〜」

「わーー! やった〜〜!」


 バティムは本当にいい悪魔(?)で、私を太らせている張本人だ。


「俺も食べてみたんだが、まぁ、うまい。甘いし」


 ガサツな性質が見てわかる。今も早速リンゴのように見えるその果物を、服で拭いて齧りついている。けれど、そこが気楽でいい。アザゼルだとかの気難しい肩肘を張った悪魔ばかりだと、気が滅入る。

 近所のお兄ちゃんみたいなバティムは、ちょっとした癒しキャラだ。


「ちょっと太っちゃったから、散歩でもしたほうがいいって、先生が」

「なんだ! 色艶が良くなって、マリア様は今がいっちばん別嬪だぞ」

「んもぉぉ〜〜、バティムったら、いいやつだなぁぁ!!」


 バッシバッシとその肩を叩いていると、扉のそばにルシファーが立っていた。立ち会うはずだった検診に遅れてしまったから、きっと経過が知りたいだろうと歩み寄る。


「あ、ルシファー。お疲れ様。お仕事一段落したの?」

「……戻る」


 俯いたまま、こちらを見ようともしないで、ルシファーは背を向けた。


「どうかした?」

「何も」


 冷たい声音で吐き捨てて、あの長い階段を降りていってしまう。

 身重の私は、それを追うことができずに、ただただ、小さくなっていくルシファーの背中をじっと見つめていた。


「あれ? 魔王様は?」

「わかんない。何かあったのかな?」


 状況がわからない私たちは、こんな日もあるのだと、軽く受け流してしまっていた。

 あのルシファーが、まさか、とんでもない誤解をしているなんて、気づきもしないで。



 その日の夜、いつもなら晩餐には必ず現れるルシファーが、姿を表さなかった。


 マンバや村人に調理を習ってくれているという、マルバス(黒獅子コックとか、ほんと超かわいい)が、腕によりをかけて作ってくれたヘルシーな食事が、目の前で食べ時を逃していく。ひとりぼっちの食事は味気なくて、ちっとも進まない。

 具沢山の野菜のスープは口にしたものの、メインのお肉はパスして、食後のフルーツも摘んだ程度。


「……お召し上がりにならないんですか?」


 ナアマが不思議そうな顔で私を見た。


「ルシファーは? 忙しいの?」

「いえ、今日の議会も上の空で、アザゼル様が追い返しておいででした」

「……じゃあ、どこにいるの? ここが彼の部屋なのに」

「まぁ、この城全てが、魔王様のものですので」


 そういえば、あの後マンバもきたけれど、今日はあれ以来、ルシファーは顔を出していない。どこにいってしまったのだろう。不安になってくる。


「マルバスには申し訳ないけど、下げてもらってもいい? あと、いつものハーブティーをお願い」

「了解致しました。すぐにご用意いたします」


 ナプキンで口元を拭って、テーブルの上に置いた。

 ナアマが絶妙なタイミングで椅子を引いてくれて、私はバルコニーのそばに置かれたソファに移動した。


 あんなにしつこいほど顔を出していたルシファーが、少しも顔を見せない。忙しいわけじゃなくて、どこかに雲隠れしているらしい。

 今までなら、そんな時は真っ先にここにきて、私をかまっていたはずなのに。

 たった半日程度のことなのに、不安になる。


 胸がざわざわして、出されたハーブティーも味がしない。


「今日はもう遅いので、お休みなられてはいかがでしょう?」


 ナアマに声をかけられて、ハッとする。

 もう1時間ほど経っていて、夜風で指先もハーブティーもすっかり冷たくなっていた。

 いつもなら、ルシファーが私の指先を温めて、たしなめるはず。

 妊婦が夜風にあたってはいけないと。

 自分で指先に息を吹きかけ、室内に戻る。


 明日、きっと、ルシファーの口づけで目覚めるはずだ。

 今日のこれは、きっと、ちょっとした手違いなんだ。


 そう自分に言い聞かせているのに、胸のざわめきは一向に晴れない。



 ーーーーそして、その不安は的中した。


 その日から、ルシファーは、私のところに顔を見せなくなってしまったのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。