勇者の子
沈み込んだソファから、立ち上がれない。
新しい情報の大量流入で、脳ミソはパンク寸前だ。
記憶を失ってしまっていたけど、私は前からマンバとは知り合いで……。
マンバの娘は……ブリトニは……勇者の子。
夢中で読んでいた革の手帳を閉じて、すっかり冷めたお茶を飲んだ。
外の世界は、落ちる影も短く、日が昇りきっている。
約束の時間だろう。
悪魔たちは、アンナと会っただろうか。
私がここにいる方が、おとなしいかと思ったけれど、バアルを連れ去られてしまうかもしれないと、ハッと気づいた。
いや、それはない。
バアルはとても強いし、いざとなればバアルはここに戻ってくるだろう。
みんながバアルを傷つけるはずがない。
ムズムズし始めると、もう止める方法はなくて、気づけばアンナの家を出て、私は待ち合わせの場所に向かって走り出す。
村の入り口までくると、妙に人が多くて、先に進めない。まるでお祭りのような騒ぎだ。
「義勇軍、バンザ〜イ!」
「勇者様〜!」
「世界に平和を!」
口々にみんなが黄色い声援を送っていて、熱狂というものは、これなんだと肌で知る。
「あぁ、勇者様ってかっこいいわね!」
「はぁ〜、素敵!」
女の子たちは、誰もが勇者に夢中だった。その視線の先に、勇者と思しき人物を発見する。格好いいのか、なんとなく……軽薄そうな……。
「……これがマンバの……」
勇者とやらを遠目で観察してみる。身長は、170センチ程度。それほど大きくはない。無造作な短い茶髪に、短い眉にタレ目。中肉中背……。笑った顔はちょっと可愛いようにも思えないでもない程度。
あれ、コイツ、雰囲気イケメンなんじゃないの?
ルシファーや美形の悪魔たちに囲まれていたせいか、私ったらどうやら点数が辛くなっているようだ。
まぁ、転生前なら、それなりに格好良く見えたかもしれない。
圧倒的に勇者然とした若者を想像していたせいで、なんだか勝手にがっかりしてしまう。
義勇軍の様子は見れたし、今はまず一刻も早く、悪魔たちのところにいかなくちゃ。大丈夫だとは思うけれど、バアルやアンナが気にかかる。
あの勇者とも、いずれは話をしないといけなくなるんだろうと、ちらりと勇者を視界に入れた。
「……あれ、そこの君」
ばちり、視線が合ってしまう。
「この辺りには珍しい、真っ白な肌だね」
勇者は、にっこりと微笑む。その口元から八重歯が見えた。
「……でしょうか」
「それに、とっても綺麗だ」
ズンズン近づいてくる勇者に、後ずさりする。
貴様ぁぁ〜〜! マンバというものがあるというのに!
勇者は近づいて、私の顎をぐっと持ち上げて、じっくりと値踏みするように顔を見る。
「とっても美人だね。この村には何度も来ているけど、君に会うのは初めてだ」
「……そうでしょうか」
「そうだよ、絶対。こんな美人を見たら忘れないから」
あ〜、マンバ、これはあかんヤツや。
チャラいが服着て歩いてるだけのやつ。
「そうですか。すみません、私、先を急いでいるもので」
顎にかけられた手を払って、先に進もうとする。周囲の視線を痛いほど感じる。
払ったはずの手に、私の手首が掴まれた。
「ーー君、勇者の子供を産んでみないか」




