過去の記録
ーーーー共犯者になれ……。
魔王の言葉を何度も反芻する。
魔王がこの世界を壊すメリットって、なんだろう。
この世界がある限り、彼は王様でいられるのに。
魔王に連れられて、私は人間の村に行った。
食事をとらない私を心配して、人間の村になら、食べ物があるだろうと彼は言った……。
「ここが、人間の村?」
「……俺の母はここに転生したらしい」
ルシファーは、淡々と話す。
麦だろうか、畑は黄金色に光って、風にうねる。
「母のことを知る人間がいないか、幼い頃、何度も通った。でも、不思議なことに誰も知らない。人と悪魔の時間は流れ方が違うのかもしれないな」
「……寂しいの?」
「寂しい……? それは良く分からないが、母は生贄になる日に消えた。殺されると知っていれば、それも当然だろう……ただ、私も……行きたかったのかもしれないな」
「ここは、嫌い?」
「好きも嫌いもない……ただ、私はこの世界のために戦うだけだ」
そう言って、私のお腹に手を当てる。
ひときわ強く風が吹いた。
ルシファーの髪が、たなびく。
「ただ戦うだけの人生は、これにはさせたくない」
「この世界は、あなたのものなんでしょう?」
「欲しいか?」
ルシファーはおかしそうに笑った。
そんな笑顔は、まるで人間のようで、ドキッとする。
「人間はいいな。生きるも死ぬも自由だ」
「そんなことない。人間だって、あれこれ縛られてるわよ。そんなこと言ったら、動物だって、生きるために戦ってるんだから。私だって、あっちの世界じゃ毎日仕事して、いびられて……」
「わかったわかった、悪かった」
降参のポーズでルシファーが手を上げた。
「……子ども、産めないと思ってたわ。毎日毎日仕事でいっぱいいっぱいで、恋愛する時間もなかったし」
そこまで言って、首を振る、
ちがう、それは、言い訳かもしれない。
「好きな人って、作ろうと思っても作れないんだよね。まぁ、私が不器用なだけかもしれないけど」
まわりはいつだって、誰かに恋をしてたのに。お洒落をして、好きな人のことであれこれ気を揉んでいた。
「そんな状態なのにさ、結婚相手を探せなんて、無理。そこから妊娠出産育児って続くなんて……とてもじゃないけど」
「人間の慣例はわからんが……今回の手順はめちゃくちゃなようだな」
「まぁ、覚悟のない私には、ちょうど良かったのかもね。ずっと子どもはほしかっ……」
影が差して、真っ暗で何も見えない。驚いた瞬間、至近距離で真っ赤な目が覗き込んでいた。
「これも、初めてなのか」
ドッドッと、心臓が口から出てきそうになる。
「……逆の手順でもいいだろう。子を成して、それからでも」
唇の感触が生々しくて、両手で覆う。
「この状況で、子どもの誕生を喜べるお前はすごい。運命を恨まない、お前のその気質がこの子に宿るといい」
ルシファーは立ち上がり、私に手を差し伸べた。顔から蒸気が出そうなほど、紅潮しているのがわかる。
その手を取ると、引き上げられる。
グゥ〜キュルルルルルル〜。
地鳴りのような腹の虫が鳴った。クックックと肩を揺らして、ルシファーが言う。
「この植物、お前が食べられるといいのだが」
気まずくて、このまま逝ってしまいたい。何で赤くなっているのか、もうわからない。
「魔王様」
色黒の女の子が、畑からひょっこり顔を出した。
「おぉ、マンバ。この者に何か食べさせてやってくれ」
マンバと呼ばれた女の子は、なんだか渋谷にいそうな出で立ちだ。
「アンタ、誰?」
「……私、マリア」
「あー、アンタが、魔王様のオンナなんだ」
「お、オンナ!?」
口の悪いその子に、私は警戒心を強める。
「マンバも異世界から転生してきた。これは、聖女なのだ」
「せ、聖女? この、この子が??」
「は? なんか文句ある? アンタ、まじムカつくんですけど」
「まぁ、正しく言えば、聖女だった、か。子を産んだのでな。主な力は娘に移行したようだが」
「……え、そうなの?」
「まだ多少なら、力は使えるようだがな」
二人の話に付いて行けなくて、ずっと目を白黒させているので精一杯だ。
「ていうか、この村って……」
「ここにいる者はみな人質だ」
そういうことなのかと、やっと納得する。理由もないのに魔界に人間の村があるなんて、奇妙すぎる。
「だが、この女は特別だ」
マンバが得意げな顔を私に見せる。もしかして、ルシファーは、この子のことが……。
「ーーーーなにせ、勇者の子を宿した女だからな」




