失われた記憶
もちろん、私の推測だから、これは盛大な勘違いかもしれない。
そこまで言ったよ。
言ったんだけど。
「えー、ヤダ、じゃあこの子、私の孫!? 孫なのー!?」
興奮状態のアンナには、まったく届かない。
「いや、だから、分からないんですけど」
「え、じゃあ、嫁? やだ、お嫁さん!? キャー♡ じゃあ、娘ね? もーー、天涯孤独だと思ってたのに〜! 家族? 家族なの?」
バアルと私は、思い切り抱きしめられて白目を向いている。なんだよ、キャラ変かよ。
「いや、確証はないんですよ」
「ううん、いいの! 違っても、かもしれないだけで、嬉しい!!」
アンナは目尻に涙を浮かべている。そんな顔を見たら、これ以上は何も言えない。
ずっと孤独だったんだ。
記憶にない、妊娠の形跡。
子供好きな彼女には、どれほど辛いことだっただろう。
「あの……ね、その……マリア」
「なんですか?」
「その……あの……お母さんって……呼んでもらえない?」
おずおずと言い出した口振りが、余りに可愛くて吹き出してしまった。
「いいですよ、お母さん」
そう言った途端、また胸の中に閉じ込められてしまう。ふわふわで温かい。いい匂いがした。
お母さんだ。
そう思うと、なんだか胸がいっぱいになって、私もアンナの背中に手を回す。
「じゃあ、ルシファーを助けないと」
「それもそうなんですけど、アン……じゃない、お母さんは、さっきも言ったけど、フラウロスに狙われてるんですよ」
「フラウロス……」
「覚えているんですか?」
アンナは首を振る。
困ったように指先で何度も顔に触れている。不安の表れだろう。
「記憶を……取り戻せたらいいのに」
「……そうね、私もそう思って色々と試したわ」
「あなたにもなくした過去があるのね」
忘れたい記憶なんて山ほどあるのに、それでもなくしてしまえばこんなにも心許なくさみしい。この寂しさを分かち合える人がここにいることを、心強く思う。
「ルシファーとのこと、思い出したい」
「でも、あなたにはソレがあるじゃない」
手帳を指して、アンナは悪戯っぽく笑う。
「ねぇ、ここにはお茶もちょっとしたクッキーなんかもあってね。……ラブストーリーを読むには、とてもいい場所なのよ」
そう言って、奥のソファに手のひらで案内してくれる。
「……いいの?」
「もちろん。そのあとで、私の息子がどんな子なのか、教えてくれたら嬉しいわ」
胸に手帳を抱きしめて、私は一礼する。
「さて、バアル。あなたは私と悪魔の手下と話し合いに行かないといけないわ」
「マンマ?」
お得意の上目遣いを炸裂させているバアルに、すでにメロメロのアンナが抱きしめながら叫ぶ。
「なーんて可愛いんでしょう! マンマじゃないの、ばあばなの。言ってごらん? ばあば」
「ばっば」
「あらー♡ 上手よー! バアル!! うちの孫は天才だわぁ♡」
「エリゴール達の前で、ルシファーの母親だとは言わないで下さいね。あなたが生贄にならなかったこと、恨んでるんですから」
「まぁ、怖い」
「迂闊なことを言うと、あなたも私もまとめて生贄にされちゃいますよ」
「気をつけなくちゃね〜バアル♡」
ダメだ、全然危機感がない。
「ア……じゃない、お母さん!」
クルッと満面の笑みで振り返ったアンナが、狂気を感じる笑顔で言い切る。
「我が子を奪われた母の恨みは、天より高く海溝より深いのよ」
その整った顔が逆に恐ろしくて、震え上がる。
「あ、あの……私の仲間の悪魔達は、悪い子ではないので、どうぞお手柔らかに……」
「いってきまーす♡」
その後ろ姿を、私は眉を顰めて見送った。




