ルシファーの光と影
私はとっさに革の手帳を胸に抱いた。(正式に言うとバアルに押し付けた)
これは、まずいことを書いてあるんじゃないのかと。
そろりと周りを盗み見ると、誰もが黙々と村への道を進んでいて、私の手帳の中身になんて、気にもかけていないようだった。
魔王は、元々、この世界を滅ぼすつもりだった……?
でも、この日記の魔王は、私の見た魔王とは違った。
私にあんな嫌味を言った魔王が、素直に謝ったりするとは思えない。
……優しい魔王が、記憶をなくして意地悪になる?
そんなこと、ある?
「う〜〜ん」
「何ですか、便秘ですか」
思わず唸る私に、ナアマが小馬鹿にしたように話しかけてくる。
「乙女に何を聞くの!」
「乙女って……マリア様、人間だったら割に年食ってますよね」
「あんただってどうせ100超えてんでしょ!?」
「悪魔の100歳なんか、ピチピチですよ」
あざとく舌を出すナアマを呆れて見る……うん、可愛いけどね。
「その手帳、何が書いてあるんです? 私のことも書いてあるんですか?」
「うーん、魔王が訪ねてきていたのを毎回追い払ってくれてたのが、多分ナアマだと思うんだけどね。まだ仲良くなってないっぽい」
「ふ〜ん。まぁ、どうせマリア様なんで、そのうちみんなと仲良くなっちゃうんでしょ」
「……え、やだ、ナアマ可愛いね! 素直でね!」
「ちっ、違っ!」
「照れちゃってぇ〜〜」
二人でじゃれあっていると、エリゴールがくるりと振り返って睨みつけてくる。うるさいと言うことらしい。
「ねー、なんかさ、記憶をなくす前の魔王、すごい優しいっぽいんだけど、どうなの? こないだ会った魔王は、ツンツンしてて、嫌味言ってきて、すんごい嫌な奴だったけどさ」
そうじゃないところもあったけど、それは何だか言わないほうがいい気がして伏せた。
「魔王様は……恐ろしい方です」
ナアマは前もそう言っていた。でも、エリゴールの印象は違うような感じだし。誰も本当の魔王を知らない気がして、そこもまた気に掛かる。
何度も見たあの寂しい表情が、どうしても忘れられない。
自分を捨てて逃げたと思っていた母親が、生きていたと知ったら……、あの悲しい顔が少しでも和らぐだろうか。
それとも、怒るのだろうか。
判断するだけの時間を、私は一緒に過ごしていない。
魔王のお母さんに、会いたいと思った。
だまし討ちのように、人間界に逃がされた彼女は……、今何をしているのだろう。
生きているのだろうか、それとも……もう……。
魔王が生まれて、どれほどの時間が経ったのだろう。
「ーー村だ!」
モートルの声に、視線を上げた。
確かに、森を抜けたところに、遠く集落があった。
「……あれが……」
まだ日は落ちたままだけれど、空の裾が少し白んできていた。
「みんなはここにいて。私とバアルで行くから」
「何を言ってるんです! そんな危険なことはさせられません」
「マリア様、バカにも程がありますよ」
「ーー悪魔がぞろぞろ押しかけて、村の人を驚かせるなんて、絶対にダメ」
エリゴールが眉根を寄せて、口をへの字にして怒っている。ずっと黙っていたマルバスも、私たちを地面に降ろして、人化する。
「マリア様! いい加減にしてください! こんな時期に、とんでもないですよ」
「珍しくお前と意見が合うな」
「心配しないで、みんな。私にはバアルがいるし、半日経ってここに戻らなければ、迎えにきてちょうだい」
言い切って、モートルの手を取る。先に進もうとばかりに何度か手を引いた。
「は〜、こうなったら言うこと聞かないから〜、この人〜」
ナアマは両手を上げて、降伏のポーズをとった。
「わかりました。太陽が真上に来たら、お迎えに上がります」
エリゴールは険しく固まった顔で、私を睨みながら譲歩した。
「うん、お願い。じゃあ、ちょっと行ってくるわ」
私は大きく手を振った。




