モートルの家族
……はずだったのですが、絶賛、縄でふん縛られております。
おっかしいなぁ〜〜。
口にガッチリ、猿ぐつわまではめられて、今の私に出来るのは、もうただただ、目の前の光景を見守るだけ。
ーー手紙を見せれば万事解決……だと思ってたのに……。
「モートル! おまえ、なんだいそんな怪しい女を連れてきて!」
「だって、母ちゃん! 兄ちゃんの名前がここに……!」
「そんなもん、分かるもんかい!」
恰幅のいいお母さんに、くってかかるモートル。
がんばれ、がんばってくれ、モートル!
壮大な親子喧嘩が繰り広げられているすぐそばで、ガタガタと揺れる椅子にくくりつけられている私は、じっと室内を観察していた。土壁からは藁が飛び出して、所々崩れてしまっている。
手作りの棚にも欠けた食器が数えるほどおさめられているだけで、何もない。
部屋中が藁かなにかで散らかっていて、ここで何か作業しているようだった。
こんな粗末な小屋に、モートルの大家族は住んでいて、生活もかなり厳しいように見えた。
これなら、魔界のあの人間の村の方が、まだ幾分ましかもしれなかった。
それでもここに戻りたいのは、家族がいるから、シンプルだけど、そういうことなのだろう。
「おお、モートル、戻ったか」
のんびりした髭面の大男が、のっしのっしと家に入ってくる。
「はぁ〜、こんな別嬪に、なしてこんなひどいことを」
「わ〜〜〜〜!」
二人が慌てふためく間に、縄はさっと解かれた。
「父ちゃん〜〜!!」
あ、これがお父さんなんだ〜と、感心したのも束の間。
「アンタ! 美人とくりゃなんだっていつだって甘いんだから!! その女は、悪魔の手先なんだよ!」
「えぇ!? なんだって!?」
慌てて私にまた縄をかけようとしている。
コントかな?
「あのぉ……すみません」
「いま急いでるんだよ!」
「いえ、抵抗なんかしないので、話を聞いていただきたいんです」
「ほら、縄をね、せんと。君は悪魔の手先だから」
「分かりました、縄ですね。どうぞ、縛ってください。お待ちしてますから」
「あ、ホントに? ありがとう。できれば、ちょっと腕をもう少し後ろに引いてもらえると……」
「あぁ、これでいいです?」
「そうそう、助かる……」
縄を結んでいるお父さんの手がピタリととまる。
「えぇ〜〜!? この人ホントに悪魔の手先なの〜〜母ちゃん!」
「だって、見てご覧よ! この子!」
お母さんは抱いていたバアルをお父さんに向かって突き出した。
「わ〜〜、可愛いなぁ!」
「そうそう、そうなんだよ、この子、めちゃくちゃ可愛いだろ!?」
実は、お母さん、さっきからずっとこの調子だから、正直私は抵抗する気を思いっきり削がれています。だって、絶対いい人なんだもん、このお母さん。
バアルをあやしながら、ニッコニコの夫婦を私はじーっと観察している。
「でもさぁ、見とくれよ」
ぺっと額に掛けていたフードを外す。
「ぎゃっ! 角!」
「次期魔王なんだってさぁ。逃げてきたらしいんだけど、手下の悪魔が森にいるらしくってね」
「えぇ〜〜、困るよ、そういう大層な客はうちに来られちゃ〜」
「でしょ!? も〜、この馬鹿が連れてきちゃって!」
まったく危機感のないやりとりにほっこりしていると、モートルが縄を外してくれる。いったいこの家族は、私をどうしたいんだろう。
奥から小さな弟妹たちがわちゃわちゃとやってきて、私を取り囲んだ。
「ねぇ、アンタ、悪魔なの?」
「綺麗なドレスだね! あたいも着たい!」
「なんか美味しいものもってない?」
わ〜〜、保育園みたい、懐かしい〜〜。
にっこり笑って、しゃがみ込むと、私は子ども達と話し始める。子ども達は我先にと話し始めて、聞いて聞いて攻撃が始まった。
「はいはい、お話は順番に聞くよ。みんな、ここに座ってごらん。お話ししたい人は、手を挙げて」
「はーい!」
「はいはい」
「は〜〜い」
言われた通り、その場に座る子ども達が手を挙げて、お話できるチャンスを待っている。
どの世界でも、子どもの眼は純真で、その中にいるとすべてを忘れてしまいそうになる。
「お話、ゆっくり聞くよ。みんな、どのお話がしたいのか、思い出していてね」
そう言って、私はモートルの両親に向き直る。
「バアルの……いえ、この世界のこどもたちの未来を……守りにやってきたんです」
そう言うと、二人は私の顔を穴があくほどじっくりと見た。
「戦争をしたって、何も生み出しません。人間と悪魔が共存できるように、私は力を尽くしたい」
そう言うと、私以外はみんな笑った。
だって、その笑い声に、バアルさえ釣られて笑ったんだから。
「ーー笑わないで。本気です」
そう言うと、涙があふれてきた。
そうやって笑い飛ばすほど、あり得ないことをしようとしているのは、分かっていた。
誰も賛同してくれない。
きっと、あの魔王ですら。
私には、味方なんかいないんだろうけど、私の本気を、こんな風に笑われたくない。
「この村の、一番偉い人のところに、連れて行ってください」
涙を拭いながら、続ける。
絶対に、負けないんだから。
馬鹿にされたって、引かない。
本当の私なら、こんなに笑われたら、愛想笑いで誤摩化してたかもしれない。
でも、今の私はそうはいかない。
「バアル、おいで」
静かに言うと、抱かれていたバアルは、ふわっと宙を飛んで、私のところにやってきた。
「マンマ!」
このこのために、私はやるんだ。
唖然として、私たちを見ているモートルの両親を尻目に、子ども達は無邪気に騒ぎ始めた。
「すっごぉ〜〜い! この子、飛べるの?」
「わ〜、超能力だ〜」
「一番偉い人って、巫女様のこと?」
「うん、きっと巫女様だ」
「おいでよ、連れてってあげる」
一番小さな子どもに手を引かれて、私はモートルの家を飛び出した。




