魔法の石
マンバが乱暴に荷物を降ろして駆け寄ってくる。
「エリゴール! あんた! マリア、泣かした!?」
「ち、違う……の、マンバ……私、ちゃんと妊娠してたんだよ」
「ん? そりゃ、そうでしょ」
「魔王を……魔王のこと、好きだったんだって」
「はぁ!? あんた騙されてんだよ!」
あの時の感覚をマンバに伝えることはできない。記憶を消されてもまだ心の奥で、引き寄せられるようなあの感覚を。
「ここにバティムの記録がある。きっと、バティムはここに戻る」
エリゴールの確信に満ちた言葉に、マンバはゆっくりと歩み寄ってくる。
「戻って……くるのか」
「あぁ、必ず。覚悟を決めて手紙まで置いていった男が、何の準備もしていないわけがない」
マンバの顔がわかりやすいほど明るくなる。
それを見て、私は胸が温かくなるのを感じた。
私の中にあったはずのこういう想いを忘れてしまったのだとしたら、それはとてもつらいことだ。
「マンバ、やる気満々のところ悪いけど、あなたにはここに残ってもらわなきゃ」
「何で!? 石がいるだろ!?」
「それはこの村だよ。私にはバアルもエリゴールだっているんだよ。村人を全員連れてはいけない。ここを守る人間が必要なのよ」
納得していないマンバを、一生懸命諭す。
「……嫌だよ! あんたは? バアルはどうなんの!?」
「そもそも、私が始めたことなんだよ。これ以上迷惑はかけられない。さ、石を戻そう」
不安そうなマンバの肩を抱いて、祠へと向かう。
村の景色を瞼に焼き付けるように、ゆっくりと見回した。
野菜の収穫もできなかった。世話をした羊たちとも別れなくちゃいけない。
気のいい村人たちや、村の子供たち。短い間だったけど、心から私を穏やかにしてくれた場所。
ここを守りたい。
「……短い間だったけどさ。私、マンバのこと、なんかずっと前からの友達みたいに思ってる」
「……ウチだって」
「もっといっぱい話して、もっと仲良くなりたかったなぁ」
「何でよ。帰ってくっでしょ」
マンバが私を覗き込んでいる。目元が赤くなっていて、私もつられて泣きそうになる。私に、こんな友達ができたことが、こんなにも嬉しい。
「ーーだね、帰ってくる」
「ったり前じゃん」
マンバに体当たりされて、ふらつく。
寂しくて、悲しくて、こんなにもつらい。
揺れているのは、体だけじゃない。本当はここに残りたい。ずっとここで、畑や動物の世話をして、笑って、騒いで暮らしたかった。
だけど、それは言わない。その気持ちは、ぐっと飲み込む。
「ーーマンバ、絶対ここを守って」
「ったり前じゃん!!」
そうだ、私にはまた守らなきゃいけないものが増えたんだ……その事実が私の覚悟に変わる。
行くさきに祠が見えて、マンバの足取りが速くなる。私は祠に駆け寄って、その扉を開いた。マンバが、台座に石を置こうとしたその時だった。
「マリア様! 追手です!」
エリゴールの声が響き渡る。私たちの体がピンと固まった。
思っていたよりも、ずっと早い。
鼓動が早鐘のように鳴り響く。
石を持ったマンバの足が緊張からかもつれて、体が大きくかしいだ。私は、とっさに支えようと、その石に触れた。
まばゆいばかりの光が、目を刺す。
あまりの眩しさに、目が眩んで、瞼を閉じる。
パンッ!
大きな破裂音がして、石は砕け散った。




