隠された真実
村に戻って、すぐに私たちは荷造りを始めた。
もうここには長くいられない。
少しの間だったけど、ここで過ごした時間はとても穏やかで、好きだった。どこか懐かしく感じたのも、きっと人間らしさがここにはあったからだろう。
本当なら、アガリアレプトを治療して、ここでの居場所を確保すること、人間との話し合いを提案するはずだったけれど、予定外の出来事ばかりで、すべてがダメになってしまった。
新事実はどれも、悲しいことばかりで、胸が潰れそうに痛い。
母を失ったルシファーも、自分の思いに気づけず、彼女を殺そうとしているフラウロスも、騙されて逃げた魔王の母も、そして、国が衰えていくことに怯えている他の悪魔たちもーーーー一体、誰が悪いというんだろう。
だけど、ルシファーは、母親に捨てられたと思っている。それが切なくてたまらない。きっとあの悪魔は、覚えていなくても、愛を知っているんだ。
だとしたら、教えてあげたいと思う。
最後の囁きを、また心の中で繰り返す。
その余韻を感じながら、小屋の中の荷物をまとめていると、見覚えのある紫の小袋を見つけた。
「これ……」
その中にはキラキラとした粉末が入った小さな小瓶が入っていて、走り書きの手紙の束が添えられていた。
「これ、あの時の眠り薬みたいなのだよね。で、これは……読めない」
手紙を持って、慌ててエリゴールを探す。ここになんて書かれているのか、今知らないといけない気がする。きっと、大事なことが書かれているに違いないのに、ここの文字を私は知らない。
「エリゴール! エリゴール!」
「ーーお呼びで、マリア様」
エリゴールは疲れ果てている。
それはそうだ、バティムがいない今、私たちを守るという使命をたった一人で背負っているんだ。胸が一杯になる。
まだ、子どもに見える彼が背負うにあまりに大きな出来事だから。わたしは、エリゴールの体を抱き寄せて、ぎゅっと強く抱きしめる。
「な、マリア様!?」
「……エリゴール、まだあなたは小さいのに……ごめんなさい」
「ーーマリア様、僕はもう300歳はゆうに超えています」
「ん、ごめん」
さっと体を引き離して、手紙を差し出した。
「これを、読んで」
「これは、バティムの……。これがあなたの手元にあるということは、俺は記憶を失ったということだ」
エリゴールの声が震えだす。
「この記憶を消す薬草は、今まで何度となく使われたようだ。一番初めにこの薬を欲しがったのは、フラウロス様だ。一度、盗まれたこともある。フラウロス様の求めに応じた日から、俺はこっそりと記録をつけることにした。俺たち魔族の時間は長い。合間の数年が欠けても、おそらくは気づかないだろう。何かに記録しない限り、俺の記憶も、この世界の誰の記憶も、いつ失っていても、誰も気づけないからだ……」
そこまで読んで、エリゴールは私の顔を見た。驚愕にその美しい目が揺れている。
「……そんな、まさか」
「いいから、続きを!」
さっきから小刻みに震えるエリゴールを急かす。私の指先も震えている。
「あの日から俺の記録と一致しない時期は、一年間……誰が使ったのかはわからない。盗まれたものなのか、フラウロス様に渡したものなのか……」
エリゴールが吐き気を催した。真っ青になって、何度も何度も嗚咽する。それでも、エリゴールは続ける。目に涙を浮かべて、続けた。
「記憶にはないが、記録に残っているのは、一年前、マリア様が次期魔王を妊娠して転生してきたということ。そして、臨月を迎えるまでに魔王様と恋をしたということ……」
私は、妊娠していた。
バアルの命を、この体で育んだんだと、そしてその喜びをかみしめたんだと、胸がじんと震えた。
間違いなく、喜びだった。そして、私はーーーー魔王と恋に落ちていた。
初めて会ったあの日、あの時、感じたあの感情は、動けなくなるほど息もつけないほどのあの気持ちは、無意識に再会の喜びを感じていたということなのか……。
「記憶は? ねぇ、記憶は取り戻せないの!?」
エリゴールに詰め寄っても、意味がないことはわかっていた。それで言わずにはおられない。
そのかけがえない時間を、取り返したかった。
「……私は、魔王は、一体……」
「マリア様、お気持ちはわかりますが、ここを一刻も早く出なくてはならないのです」
知らない間に涙がこぼれ落ちている。
とめどないそれは、どうしても止めることができない。
「……マリア! 準備は!?」
小屋に飛び込んできたマンバは、背中にこれでもかと荷物を背負っている。
「何であんた、泣いてんの!?」




