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中将・フラウロス

「気をつけて、今魔力を使えば、跳ね返ってくるから」

「その通りです、アガリアレプト様」


 バティムが困り眉で話しかけると、アガリアレプトからギリギリと歯ぎしりの音が聞こえてくる。


(はか)ったな……許さん」

「話を聞いてほしかっただけです」

「ふ、エリゴール、ずいぶんと日和(ひよ)ったな。こんな女につくのか」

「今は……我々がもめている場合ではありません。ルシファー様はあまりに無謀です。母なる海を手に入れたとして、我々は……本当に生み出す何かになれるのか……この世界の終わりを食い止めることができるのか……」


 悲壮なエリゴールの声に、アガリアレプトも一瞬、躊躇(ちゅうちょ)する。


「ルシファー様がお決めになったのだ」

「ーーだとしても、です!」


 食い下がるエリゴールを払いのけ、アガリアレプトは全身を震わせる。まだ半身は回復していない。


「貴様、何を考えている、……反逆罪だぞ!」

「……この国を思えばこそ、です」


 アガリアレプトは完治した右腕でエリゴールの首を締め上げた。


「やめて!!!」


 私が叫んだその時、扉が開いた。

 そこに立っていたのは、壮年の男だった。剣術か何かで鍛えたようながっしりとした体躯(たいく)で、しっかりした顎に立派な髭を蓄え、濃く太い眉は意志の強さを物語っていた。その目は赤く、角ももちろん生えていたけれど。


「フラウロス様!」


 室内の空気が張り詰める。争いをやめ、二人は膝をついた。


「やめてください、アガリアレプト殿。今やあなたは私よりも階級が上なのだから」

「いいえ、あの降格、俺は納得していません。あなたは今でも魔族軍総帥です」

「エリゴール、どうやらお前は、アガリアレプト殿にずいぶん失礼を働いたようだ」

「申し訳ございません、フラウロス様」


 結界に踏み込む前に、異変に気付いたフラウロスは、小さく指先を振るうと雹が飛んだ。結界に当たり、弾き返される。


「おお、これは……懐かしい。どこで見つけられましたかな? あの石を。ん? しかし、あれは聖職者でないと動かせないはずだ……」


 視線を泳がせ、マンバを見る。


「あぁ、貴女ですか。ーーそれとも、貴女か、……マリア様。初めまして、ご挨拶が遅れました。中将・フラウロスと申します。私の部下とずっとお過ごしだったようですね」


 知性と慈愛に満ちたその顔つきに、この生き物が本当に悪魔だとはどうしても思えない。


「おや、アザゼル殿、珍しく傍観ですか」

「えぇ、あなたの気配を感じておりましたので、ここは収めていただけるだろうと」

「相変わらず、合理的ですな……ふっふっふ」


 完全に置いてけぼりをくらった私は、結界の内と外で分かれているアザゼルとフラウロスを正面から見据えた。


「……初めてお会いしますね、フラウロス」

「光栄です。マリア様。……私は……長らく魔王・ルシファー様の教育係を勤めてまいりました。あの方は、歴代の魔王様の中でも抜きん出た才覚をお持ちです。聡明で、思慮深い。あの方が、あなたを生かすと言うのなら、私は従いましょう」


 その言葉に、アガリアレプトは目を見開いた。


「ただ、私は過ち犯した。ここでそれを告げなくては、何も始まらないでしょう」


 神妙な面持ちに、誰もが固唾を飲んだ。そして、次の言葉を待つ。


「生まれて間もなく、前魔王はルシファー様と御母堂を引き離し、生贄として捧げる準備を始めました……」

「……それは、掟。仕方のないことです。それに、あの女は、生贄になるのを恐れ、ルシファー様を捨て、逃げたではありませんか!」


 言い募るエリゴールを右手で制して、フラウロスは続けた。


「祭壇に彼の方を捧げるあの日……私は警護を取り仕切っておりました。つつがなくこの生贄の儀が執り行えるようにと……。しかし、私は……」


 フラウロスは両手で顔をゆっくりと覆った。そして、言葉を慎重に選び、口をゆっくりと開いた。


「私は……彼女を逃した……私は彼女を愛した」


 空気が、ビリビリと痛いくらいに張り詰めた。エリゴールの目は大きく見開き、驚愕していた。アザゼルですら、顔色が変わる。バティムは意味がわからないとでも言うように、何度も頭を振った。


「その償いに、私は降格に甘んじ、必死で彼女の忘れ形見を……育ててきたのです」


 アガリアレプトが、奇声を発し、フラウロスに向かって走り込んだ。結界にぶつかり、跳ね飛ばされる。


「許さん、許さんぞ、フラウロス! 貴様、何をしでかしたかわかっているのか!」

「……わかっている。その、けじめをつける日が来たようだ」


 俯いたままのフラウロスは、絞り出すように呻いた。


「彼女はまだ、人間界で生きている」


 その場にいた誰もが凍りつく。予想だにしなかったことだった。


「ーーーー私が、彼女を殺す」

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