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人間の村

 降り立ったその場所は、森に程近く街からは遠く離れていた。


 よく見れば、砂漠は近くにまで迫っていた。けれど、その手前の

集落の周囲には田畑が広がっている。

 牧場のような、何かの動物を飼っている匂いもして、酪農(らくのう)か何かもしているのかもしれない。人間の暮らしがそこにはあった。


「ここなんだ……」


 魔王にしがみついて空を飛んできた私たちは、着陸と同時に魔王から離れた。

 上空から見たときに、集落の奥には広場のような場所があって、人だかりができて賑わっていた。バアルと一緒にその広場へと向かう。


「待て、危険だ」

「ここまできて、帰るなんて、バカバカしい」


 私がそう言うと、羽をしまいながら、しぶしぶ魔王が追いかけてきた。


 広場への通りに建っているのは、簡素な作りの木の家で、台風が来れば飛んでしまいそうだった。

 賑わっていた広場に来ると、ピタリと笑い声が止まった。張り詰めた空気は魔王を見たからだろう。


「こんにちは!」


 精一杯、明るい声で声をかけたけれど、後退りながらみんなひざまずく。


「や、やめて! 立ってください!」


 私が一生懸命騒いだところで、無愛想な魔王が腕組みして立っていては誰も立ち上がりはしない。


「私は、転生してきた人間です! 皆さんのところから、城の悪魔たちが、作物を盗んできたと聞きました! 本当にごめんなさい!」


 私が深々と頭を下げると、みんな顔を見合わせて驚いた様子だった。


「そうよ! あんたのせいで、村のみんなの食べるものが減ったんだから!」


 涙を浮かべた六歳くらいの女の子が、群衆から飛び出してくる。


「本当に、ごめんなさい。ーーーー私に何ができる?」

「アタシたちを、人間の世界に戻して!!!」


 こんな小さな女の子が、目に涙をためて訴えている。苦しくなって、引き寄せて抱きしめた。


「この人たちを解放して!」


 私が魔王に向かって叫ぶと、騒めいていたあたりがシンっと水を打ったように静かになった。


「無理な話だな。あちらにも同胞が捕らえられている」

「……じゃあ、せめて……ちゃんとした生活を保障して!!」

「馬鹿なことを言うな、捕虜だぞ」

「ーーーーだったら、私は今日からここに住むから」

「何を馬鹿げたことを」


 私たちのやりとりを、みんなが固唾を飲んで見守っている。


「魔王、私は人間です。あんな城にいるより、ここにいる方が安心だわ」

「いい加減にしろ! お前を城に監禁することだってできるんだぞ」

「……やれば!」


 バアルが大きな目で、魔王を射抜くようにじっと見つめている。


「この子は私から絶対に離れない。生まれた時から、ずっとそう。私たちを引き離して、私をどこに閉じ込めたって、この子は必ず私を見つける」


 バアルの体が、私の体にぴったりと密着している。この会話がわかっているのだと、私はバアルを見た。

 まだ話せない子供でも、子供たちはよく見ている。

 大人なんかよりずっと、感じやすいことを、私は知っている。


「大丈夫、大丈夫よ、バアル」


 抱きしめる手に、力が入りすぎていたことに気づいて、少し力を抜いた。ゆっくりと背中を撫でる。

 魔王相手に啖呵を切った自分に驚いていた。指先は震えている。

 こんな小さな赤ん坊を、心の拠り所にしている自分が情けないけれど、今はただ、二人で生きていく方法があるなら、藁でもなんでも縋りつきたかった。


「バアル、大好きよ。心配しないで、ずっと一緒だからね」


 もう、自分に向けて言っているような気がして、眉根を寄せた。こんな情けない母親になるなんて、自分でも想定外だ。

 子育てについて、あんなに勉強したのに、自分がいざ産んでみると思ったようにはいかないものだな、とこんなタイミングにも関わらず、頭の端で思った。


「……わかった。何が望みだ」


 魔王のセリフに、一番驚いたのは私かもしれなかった。体ごと向き直ると、魔王は正面から私をじっと見つめていた。


 その視線は、とても強くて、見透かされてしまいそうだった。


「ブリトニ!!」


 母親らしき女性が、群衆を掻き分けて飛び出してくる。私から引き剥がすように女の子を取り返して、震える手で抱きしめている。


「ごめんなさい、危害を加えるつもりはないんです」

「オマエ、なんなの? さっきから、マジうざいんですけど」


 髪はドレッドのような、なんというか、不思議な髪型をしていて、かなりボリューミーで、眉がとても細い。肌は浅黒くて光沢があって艶やかだった。


 ……既視感。

 ここは渋谷か? 昔の渋谷のセンター街なのか? 

 これは……えっと、55歳のお母さんの……えっと6つ年下の妹・なおみちゃんのキレた時の喋り方だよ? 

 なおみちゃんの高校の写真を思い浮かべる。


「ギャルなの……?」

「……ちっげーよ、マンバだよ。こっちメイク道具ないし、ツケマないし、マジ最悪」


 ま、マンバ……。

 絶句した。聞いたことはある。テレビで見たこともある。

 だけど…異世界で会うとは、思ってもみなかった。


「アンタも転生してきたんだ」

「……うん。あなたも……なの?」

「みたいだね。ウチの場合、単車でニケツしてコケたらここにいたんだけど。まー、ファンデ塗らなくて良くなったけど、ケータイないし、ツケマないし、マジ最悪」


 そこなのかと心で突っ込みつつ、強い生命力をひしひしと感じる。


「……転生してくる人って、たくさんいるの?」

「さぁ、時々いるんじゃね? 今の勇者も転生してきたって話だし」


 勇者! もっと聴きたくて、前のめりになった時、魔王が声をかけてきた。


「望みをいう気がないなら、帰るぞ。そうそう長居はしていられない」


 魔王は空を見上げている。妙な曇天だ。

 何かが起こりそうな、いや、何か起こっているのか。


「明日には、戦場に戻らねばならない。私の命でなければ、あいつらは動かんぞ」


 腕組みをしている魔王は、私たちのやりとりをじっと見ていたようだった。


「ここを私にちょうだい。私の思うようにさせてくれたら……」

「逃げない……か?」


 その言葉に目をみはる。思惑が全部バレていたことに気づく。


「いいだろう。そなたにも気晴らしが必要だ。ここは今日からそなたのものだ」


 あっさりと降りた許可に、頭がついていかない。魔王を凝視する。


「そうだな……植物に詳しいバティムをつけよう。まぁ、バティムが来れば、エリゴールもくるだろうが……構わんだろう」


 話はどんどん進んでいって、言い出したはずの私が置いてけぼりを食らう。


「金はそうだな、ーーアザゼルに言っておく」

「あっ、ありがとう」

「約束をしたからな」


 悪魔は、約束なんて守るのかと驚く。やっぱり悪いやつではなかったと、バアルを抱きしめる手に力が入る。


「……馬鹿な女だ、これは悪魔の契約。破ればそなたの魂は私のものだ」


 私の足元に魔法陣が現れて、一瞬、その絵柄に合わせて光が立ち上った。


「どこにいても、そなたの魂は私のものだ」

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