第13話 「次の対戦相手」
――◇――◇――◇――◇――◇―
「くっ、なんて屈辱なの!」
クリスティーナは不機嫌な表情を浮かべながら、一人で廊下を歩いていた。
ランク戦に勝利した直後だというのに、彼女に喜びの色はない。むしろ、日に日に険悪となっていく様子に、チームメイトさえ気を使うほどだった。
「なんで、あの女なんかに、この私が!」
思い出されるのは、ほんの一週間前の出来事。
大切な兄のために、ユーリィという泥棒猫と対峙した時のことだ。近接戦闘や武芸に精通していた彼女に、完全に敗北してしまったのだ。このままでは兄さんを守れない。そう思ったクリスティーナは何度も何度も彼女に挑んだ。
だが、ことごとく惨敗。
それでも負けを認めようとしないクリスティーナに、ユーリィは教育という面目でどこかに連れ出したのだ。
その時のことは、あまり覚えていない。
薄暗い教室で、ユーリィと二人だけの密室。
彼女の言葉が、妙に頭に響いて、心に沁み込んで。
そして、気がついたときには―
「なんで、あの女のメイドになっていたのよ!」
他の生徒がいることも気にも留めず、クリスティーナは叫んでいた。
生来、メイドの名家として育ってきたクリスティーナは、誰かに仕えるという幸せが、血筋として刻み込まれている。彼女としては、それは兄であるシローに捧げるはずであった。……それなのに、どうして。
「……あの女を、『姉さま』と呼んでいたなんて」
思い出しただけでも、腹が立ってくる。
ビスマルク家伝統のメイド服に身を包み、何が楽しいのかわからないがニコニコと笑いながら、彼女の従者のように後を歩いていたなんて。学園中にその痴態を見せてしまったせいで、今でも興味の目でこちらを見てくるのだ。
――おい、見ろよ。『眠り姫』だ。
――本当だ。今日はメイド服じゃないんだな。
――残念。可愛かったのになぁ。
ひそひそと噂される、あの時の自分の姿。
それまでは、学園ランキング上位者ということもあり、どこか尊敬されるような眼差しだったのに。それが今では、妙に親しそうに声を掛けられるのだ。
――こんにちは、クリスティーナさん。今日はメイド服じゃないのね?
――ごきげんよう、クリスティーナ。ねぇ、あの黒髪の女の子が、あなたのご主人様なの?
――あ、あの、クリスティーナちゃん。一緒にお昼ご飯を食べませんか?
結論から言おう。
……友達が増えた。
それまで彼女を怖がっていた人たちが、仲良くなりたいと近づいてくるようになっていた。それまでは昼食を一人で食べていたのが、同じ学年の女生徒と一緒に食卓を囲むようになった。元々、人付き合いの悪くないクリスティーナも、自然と彼女たちとの食事を楽しむようになり、これまでにない充実した学園生活を送っている。
「許さないんだから。この屈辱は、絶対に返してあげる」
言葉ほど、表情は険しくない。
クリスティーナは不機嫌な表情を浮かべたまま、学生食堂へと入っていく。学食の入り口には、ランク戦の結果と学園ランキングが張り出されている。他の生徒たちが真剣な目で見ているそれを、クリスティーナはさほど興味なさそう眺める。
彼女の学園ランキングは、勝利を続けているにもかかわらず、5位のままであった。
自分より下位のランクに勝ったところで、彼女のチームの順位に変わりはない。敗戦を重ねれば一桁から陥落することもありえるが、4位以上になるためには彼らのチームと戦って、勝たなくてはいけない。
だが、それはとても厳しい戦いになるだろう。
クリスティーナが知る限り、学園ランキングの1位から4位は変動したことはないのだ。特に、ランキング1位の男。あれに勝つためには、正攻法では無理だ。緻密な戦略と、綿密な準備。なにより彼の魔法に対抗する術を持たないと、勝負にすらならない。
この学園で唯一、チームを組むことなく、たった一人で頂点に君臨し続ける、学園最強の化け物。彼を倒すことが、クリスティーナの目標でもあった。
「とはいえ、ランク戦に出てくるかも怪しいけど」
学園のトップクラスである、ランキング一桁のチーム。
彼らは往々にして、下位ランクのチームとの戦いを望まない傾向にある。理由は様々だが、戦っても意味がない、というのが共通の認識である。クリスティーナのように、律儀にランク戦に参加している一桁のチームは、彼女たち以外には一つしかいない。
学園ランキング9位。兄弟でチームを組んでいる、天才と秀才のコンビ。過去に戦ったことがあるが、彼らの強さは他を圧倒するものがあった。二人のチームだから勝てたものの、同数相手だったら、どうなっていたことか。
「はぁ。兄さんのチームとは戦いたくないなぁ」
クリスティーナが呟く。
それは最愛の兄が相手では迷いができる、とい理由ではなく、自分たちが間違いなく勝ってしまうだろう、という確信からだった。
そう思っていたところ、ふとランク戦の予定が目に入った。普段なら自分のチーム以外は興味のないクリスティーナだったが、シローの名前が目に入り、どのチームと戦うのかと覗き込む。
そして、愛する兄の対戦相手を見て、悲鳴のような声を上げたのだ。
「……なんてこと! よりにもよって彼らが相手だなんて。どうあっても、兄さんたちに勝ち目がないじゃない!」
次のシローたちの対戦相手。
そこに記されている順位を見て、思わず眩暈がする。
オルランド魔法学園のランキング9位。天才と秀才と呼ばれる『ニーヒル兄弟』。化け物たちの巣窟と呼ばれるランキング一桁の集団へと、シローたちは片足を突っ込んでいくこととなる。




