第12話 「無音魔法」
「どうした? 何か良いものでもあったか?」
店の奥から戻ってきた職人が、シローの見ているほうへ向く。
「ほぅ、さすがに目の付けどころがいいな。そいつぁ、数日前に入ったばかりの新入りでよぉ」
「数日前? でも、こんな銃は見たことがないぞ」
シローは興味深そうに見つめる。
それは近代的な外見をしたスナイパーライフルであった。
シンプルな構造に、使い勝手を考慮した機能性。ボルトアクションのハンドルの下には、銃弾を装填するためのマガジンが備え付けられている。
オルランド共和国で、唯一の銃器メーカーであるイーグル社。その看板商品『イーグルM24』を、さらに進化させたような銃であった。
「そいつは市場には出回っていねぇ、軍の特注品さ。イーグル社の最新鋭のスナイパーライフル、『イーグルL96』。まだ国の認可が下りていない代物だ」
なんでそんなものがあるのか、と聞きたくなったが止めた。どうせ、ロクでもない理由に決まっているからだ。
「……じゃあ、まだ購入はできないのか?」
「なんだ、欲しかったのか? はっはっは、残念だったな!」
銃職人が愉快そうに笑う姿を見て、シローは思わず本音を零す。
「いや、俺じゃなくて、彼女に持たせようと―」
「彼女? それは、さっき言ってた女のことか?」
……しまった、とシローは自分の失言を後悔する。
「あぁ、でも大丈夫だ。他を当たるから―」
「まてまて。その女ってのは、てめぇの大事な人だったりするのか?」
ぐっ、と言葉が詰まる。
そんなシローを見て、職人は表情を変える。どこか真面目な表情で、シローと壁に掛けられた銃を見比べた。
「……なぁ、その子の体格はどんくらいだ?」
「そんなこと聞いて、どうするんだよ」
「いいから、さっさと言え」
職人の雰囲気に押されて、シローは素直に答えた。
「……小さいな。子供とか幼女といえるくらいだ。体重もかなり軽い」
「狙撃の腕は?」
シローのことを茶化すこともなく、職人は続ける。
「腕はかなり良い。指の合っていない『イーグルM24』でも、正確に目標を撃ち抜けるほどだ」
「ほう、そいつぁ凄いな」
職人は感心したように頷くと、カウンターの奥から出てくる。
そして、壁に掛けられていた『イーグルL96』を手に取った。
「小僧。悪いが先約ができた。あの銃の整備は後回した」
「おいおい、何をする気だよ!?」
シローの焦った声を出すが、職人は動揺もしない。
「コイツの調整を行う。てめぇの女が使えるようにな」
「はぁ!? 待て待て。そいつはまだ使えないって……」
「世界に一つしかない、銃職人オリジナルの銃だっていうなら話は別だ」
職人は静かに言い放つ。
「それに学園で撃つくらいだろう。だったら俺が文句を言わせねぇ。絶対に、てめぇの女にぴったりの銃に仕上げてみせらぁ」
何かが職人の心に火をつけたのか、それまでとは別人に見えるほど、彼はやる気に満ちていた。
――◇――◇――◇――◇――◇―
「くそっ! 撃て撃て撃てぇ!」
バララララララッ、と銃声が響き渡る。
帝国製のライフルをフルオートで連射させながら、男は銃声に負けないくらいの声で叫んでいた。
場所は、森林地帯。
学園ランク戦ではお馴染みのフィールドで、高低差のある丘陵と、身を隠すための木々があることから、比較的に戦いやすい場所でもある。
……既に、二人やられた。
男は地面に倒れている仲間たちの分まで戦おうと、銃を撃ち続ける。彼らは《普通歩兵科》だけで構成されたチームで、過去にシローたちと戦って、敗北した過去があった。
チームリーダーの名前は、カレィ・カリンカ。
使用している銃は、学園でも異例の機関銃、『エレファントDP28』。凄まじい連射速度を誇る軽機関銃で、地面に三脚を設置しなくては撃てない重量級の銃である。
その瞬間火力は学園トップクラスであり、持ち運べる固定砲台と呼ばれるほどだ。今は、男の背後で斉射をしているが、その姿が何とも頼もしい。
「ちっ! 『眠り姫』が対戦相手とはついてなかったぜ! あの戦争の猛将。ヴォルマ・ビスマルク大佐の娘だとは聞いていたが、これほどまでとは……」
男は舌打ちをしながら、銃弾の入ったマガジンを新しいものに変える。
彼らが相手にしているのは、学園ランク5位。
『眠り姫』の異名を持つ、クリスティーナ・ビスマルク。学園で最も優秀といわれている狙撃手が率いるチームであった。
ランキング一桁は化け物しかいない。
そう囁かれるなかで、彼女たちと戦うことを何よりも嫌がるチームもいるほどた。メンバー全員が戦場を経験してきた強者たちで、何よりクリスティーナの魔法を恐れた。対抗策はないに等しく、隙を見せればただ蹂躙されるだけである。
「このっ、出て来い! 正々堂々と勝負しろ!」
男は乱射しながら叫ぶ。
足元に転がっている仲間たち。さっきまで楽しそうに笑っていたはずなのに、急に倒れたのだ。
前触れもなく、銃声もなかった。
異変に気がついた時には、二人目が倒れた時であった。二人とも眉間を撃たれていて、まるで眠るように穏やかな顔だった。きっと、撃たれたことにさえ気がつかなっただろう。
「……こ、これが、クリスティーナ・ビスマルクの魔法、……『無音魔法』か!」
男は忌々しそうに吠える。
クリスティーナ・ビスマルク。彼女の狙撃は、……音がない。
本来、銃とは弾を発射ときに銃声がするものだ。それにより、相手の位置や場所を把握することができる。敵が狙撃手の場合は、銃声がしたほうを警戒すればよい。
だが、彼女は狙撃はそれを許さない。
『無音魔法』。クリスティーナの周囲数メートルの音を消す魔法。彼女が銃声を響かせることはなく、また移動や潜伏時にも物音を出さない。相手が誰であろうと、どこにいようとも。確実に仕留められる場所から狙撃を行う。
……故に、対抗策はない。
「くっ! カレィ隊長! まだ生きているよな!」
男は引き金を引きながら、背中を守っているリーダーのことを見る。すると、彼は背中を向けたまま親指を立てた。
相手の銃声がしない、ということは恐怖である。
敵が近くにいるのか、それとも遠くにいるのか。仲間がいつ撃たれるのか、そして自分はいつ撃たれるのか。そんな疑心暗鬼が心に恐怖を生むのだ。
彼らがこの場で撃ち続けているのも、それが理由だ。敵がどこにいるのかわからない。だが、撃たないと撃たれてしまう。
せめて、敵が隠れていそうなところを重点的にと、男たちは銃弾をばら撒き続ける。
「隊長、生きているよな?」
男は再び声をかける。
その度に、彼は親指を立てる。……大丈夫だ。問題ない。私が倒してしまっても構わんのだろうな。『エレファントDP28』軽機関銃を連射しながら、カレィ隊長は背中で語る。
「……隊長、あんたって男は!」
男に熱いものがこみ上げてくる。
こんな劣勢の中でも、この男は戦うことを止めない。勝つことを諦めない。それなのに、自分は疑心暗鬼になって、恐怖に屈しようとしているなんて。……くそ、俺はなんて小さい男なんだ! カレィ隊長、どこまでもついていくぜ!
「おらおらおらっ! 隠れてないで出て来いよ!」
男は勇気を振り絞り、再び引き金を引く。
どんな地獄だって、戦友が一緒なら怖くない!
「なぁ、カレィ隊長! 俺と一緒に勝利を掴もう―」
男は意気揚々と振り返る。そこに戦友がいると疑うこともなく。
だが、戦場とは残酷なものだ。
その場所には、機関銃を構えている男などいなかった。眉間に銃弾を浴びて、それでも親指を立てている男の成れの果て。
……撃たれていた。
……銃声のしない、無音魔法による狙撃で。
「た、隊長ーーーーーッ!」
男は哀しみのあまり、その場に崩れ落ちる。
その時だ。
遠く離れた茂みの奥で、かすかに何かが動いた。
それが何かわかる頃には、彼もまた、隊長と同じように地面に崩れ落ちていた。
ランク戦開始から、たった15分。
今日もまた当然のように、クリスティーナ・ビスマルクは勝利を収めた。




