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第9話 「ランク戦、開始」

「いや、確かによ。仲間を探せって言ったけどさぁ」


 放課後の食堂で、ゼノが不満そうな声を漏らす。


「こんな、ちっこい女を連れてくるとは思わなかったぜ。どう見ても、幼年学校のガキじゃねーか。……本当に大丈夫か、このちんちくりん?」


「えへへ」


 彼の乱暴な言葉にも、ユーリィはにこにこ笑っている。


 初めての朝練から、数日が経っていた。

 あの日から、早朝と放課後に二人で練習する日が続いた。ユーリィには狙撃に向いている性格だったのか、それとも最初から素質があったのか。これといって大きな問題に直面することはなかった。飲み込みも早く、銃に対する理解も良い。きっと、真面目に授業を受けているのだろう。


 そして、ランク戦を控えた前日。

 ゼノとの顔合わせを兼ねた、ミーティングを行うことにした。

 ……のだが―


「この見た目で、俺と同じ年齢だっていうんだろう。まったく、シロの女の趣味もわからねぇな」


「趣味ではない!」


 シローが即答する。


「……その、私は発育が良くないので、た、食べるのでしたら、もっと可愛い子を―」


「お前も、適当なことを言うな」


 恥ずかしそうに頬を染めるユーリィに、たまらずひと声をかける。このままだと、幼女趣味の烙印を押されてしまいそうだった。


 幸いなことに、ユーリィは人見知りというものとは無縁のようだった。初対面のゼノとも普通に話せているし、今もにこにこ楽しそうに笑っている。


 ……もう一人のチームメイトとはえらい違いだ、とシローは思った。


「で、こいつは使い物になるのか?」


 つんつん、とユーリィの小さな額を突きながら問いかける。

 シローは端的に答えた。


「あぁ、それは問題ない。俺が保障しよう」


「そっか。ならいい」


 ゼノは突いていた手を引くと、自分の手を乱暴に拭く。

 そして、その古傷だらけの手を、ユーリィへと差し出した。


「えっと、ユーリィって言ったか? 俺はゼノ・スレッジハンマーだ。専攻は《普通歩兵科アサルト》。突撃しかできねぇ優等生だが、よろしく頼むぜ」


 ゼノが本名を名乗りながら、握手を求める。

 荒々しいが誰とも隔たりを持たない、彼らしい挨拶だった。口は悪いけど、根はいい奴が多いのも《普通歩兵科》の特徴だ。


 だが、その瞬間。

 ユーリィの表情が変わった。


 それまで、にこにこ笑っていたのが、急に無表情となって凍りつく。しかし、ゼノが怪訝そうな顔を浮かべたのを見て、慌てて小さな手を差し出した。


「はい! よろしくお願いします!」


 にこり、と彼女は笑って握手を交わす。

 その様子を見ながら、シローは心の中で何かを感じていた。


 ……やはり、この少女には何かあるな、と。



――◇――◇――◇――◇――◇――



 ランク戦の開催頻度は、チームによって異なってくる。

 シローたちのように一週間も空くチームもあれば、連日のように行うチームもある。その中でも、最高の結果を求めなくてはいけない。実力主義の魔法学園にとって、勝利こそ全てであり、チームランキングが自分たちの序列になるからだ。


 当日は、快晴だった。

 開催場所は、前回シローたちが戦った森林地帯。鬱蒼と茂る木々に、高低差のある丘がいくつもある。狙撃手にはもってこいのフィールドだ。


「では、作戦を確認するぞ」


 あらかじめ決められた開始地点で、シローは他の二人に言った。まだ、ランク戦開始までは時間がある。


「待て、シロ。その前に確認しておきたいことがある」


「なんだ?」

 緊迫した空気の中、ゼノが問う。


「今朝からずっと気になっていたんだが、どうしてもわからねぇ。なんで、ユーリィは、……お前の上着を着ているんだ?」


 きりっ、とした目でユーリィのことを見る。

 そんな彼女は小さく首を傾げている。


 白い体操服に紺のスパッツ。その上には、明らかにサイズの大きいトレーニングウェア。上着の丈が長すぎるためて、お尻まで隠れてしまっている。もちろん、シローの上着だった。


「……ユーリィが体操服しか持っていないからだ」


「いや、そうじゃねぇよ。なんで、お前の・・・上着を着ているのかをだな―」


「むっ、そろそろ時間になるぞ。無駄話はこの辺にしておこう」


 シローは無理やり会話を終わらせることにした。

 その額には、ランク戦とは関係ない冷や汗が滲んでいる。それに対して、ユーリィはどこか嬉しそうに上着をぱたぱたとさせている。


「ふぅん」


 ゼノは、そんなシローとユーリィのことを見比べながら、にやにやと笑い出す。


「……な、なんだよ?」


「なんでもねぇよ~」


 旧式の国産ライフルを肩に担ぎながら、ゼノが生暖かい目で見ている。そんなやり取りがされているなか、ぱんっ、とランク戦の合図である空砲が響いた。


 今回のランク戦の対戦相手は、中等部の四人組だった。

 学園ランキングは87位。

 オルランド魔法学園の中等部は、基本技術を習得していると教官から認められれば、学園ランク戦に参加できる。いわば、中等部でもエリートの集まりだ。ランキングが80台と考えると、普通にチームとして戦えるだろう。


「じゃ、行ってくるぜ!」


 ランク戦開始の合図と共に、ゼノが森の茂みに消えていく。

 その姿を、シローとユーリィが見送った。


「……いいんですか? ゼノさんを一人で行かせて」


「一人だからいいんだよ。あいつは囮役だ」


 彼女の質問に淡々と答える。


 作戦は単純だった。

 ゼノがいつも通りに大暴れして、敵の注意を引きつける。それを見て、ゼノを倒そうと出てきた敵を、一人ずつ順番に狙撃していく。


「でも、相手は四人もいるんですよね?」


「そこはゼノの腕次第だな。あいつもこっちの意図がわかっているから、囲まれないように注意しながら、狙撃ポイントへ誘導するはずさ」


 シローはスナイパーライフルを肩にかけながら、首に大きな双眼鏡を下げる。


「さぁ、俺たちも行こう。もう少し高いところに登って、射撃ポイントを確保したい」


「はい」



――◇――◇――◇――◇――◇――



 バララッ、バラララッ。

 穏やかな森林地帯に、銃声が鳴り響く。

 帝国の最新鋭のライフルには、一度引き金を引くと、二、三発の弾を撃つ機能がついている。敵と戦うときも、牽制にも使える便利な機能だ。当然ながら、国産のライフルには未搭載なので、これは敵チームの銃声に間違いない。


「北西の方向。距離500メートルってとこか」


「そんなことまでわかるんですか?」


「あぁ。だが、慣れれば誰でもできる」


 シローは何でもないことのように言うと、その場で腰を屈めた。


 小高い丘の、ちょうど真ん中辺り。

 戦闘区域である森林地帯が一望できて、敵から見えにくい場所。大きな岩のすぐ横に、シローとユーリィは陣取っていた。


「ここから撃つんですか?」


「そうだ。ここなら遮蔽物が少ないし、視野も悪くない。ゼノが開けた場所に誘い込むから、そこを狙うぞ。……聞こえたな、ゼノ?」


「――おうよ!」


 無線通信から、雑音まじりの声が返される。


「よし、それじゃ狙撃の準備に入るぞ」


「……はい。でも、ちょっと自信ないです」


 ユーリィが不安な心の内を漏らす。

 そんな彼女に、シローは淡々と言った。


「大丈夫だ。もし外れても、誰も怒らない。……そもそも最下位のチームが勝つなんて、誰も期待していないんだから、気楽にやればいいさ」


「……なんというか、後ろ向きな意見ですね」


 ユーリィが不愉快そうに、ちょっとだけ口を曲げた。


 子供のように頬を膨らませながら、拗ねるように視線をそらす。こんな表情もできるんだ、とシローはユーリィの変化に驚いていた。思わず手が止まってしまいそうになるが、彼女の視線を感じて、慌てて準備を再開する。


「そ、それに安心しろ」


「何をです?」


「俺が見ている限り、お前には狙撃の才能がある。俺はお前を信じている。だから、お前も自分のことを信じろ」


 彼女のことを元気づけながら、肩にかけていたスナイパーライフルを手に取った。『イーグルM24』のボルトハンドルを手前に引いて、弾を入れるための薬室を開放させる。


 そして、腰のバックからランク戦の模擬弾を取り出しては、ひとつひとつ銃の中へと入れていく。


 中に入るのは、五発。

 それだけは、ボルトの操作だけで弾を装填できるはずだ。


「それに、相手チームは狙撃されるなんて思ってもいないだろう。何せ戦っているのは『臆病者』のチームだからな」


 にやり、とシローが笑う。


「のこのこ出てきた奴を、片っ端から頭を撃ち抜けばいい。簡単な仕事さ」


 カシャン、とボルトを押し込んでから、そのままユーリィに手渡す。


 準備はできた。

 あとは、引き金を引くだけだ。


「さぁ、楽しい狩りの時間だ」


「……はい」


 ユーリィは素直に銃を受け取ると、射撃体勢に入るため、その場にうつ伏せとなった。

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