↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/422

第10話 「初めての勝利」


 過去に、シローが授業で教官に聞かれたことがある。

 狙撃に必要なものは何か、と。


 その問いに、シローの頭にはいくつもの回答が浮かび上がった。


 精度の良い銃。

 錆びていない銃弾。

 風や地形を読む知識。

 弾道を予測できる冷静な思考。


 そして、経験。

 それらが思い浮かぶ中、彼は淡々とこう答えた。


 ……観測手の存在だと思います、と。



――◇――◇――◇――◇――◇――



「観測手?」


「あぁ。それが俺の仕事だ」


 ユーリィと肩を並べてうつ伏せになっていた。

 彼女の体温を感じながら、シローは簡潔に説明をする。


「観測手っていうのは、狙撃をサポートする人のことだ。狙撃を行った人では、銃の反動を受けて、どこに着弾したかまでは確認できない。そこで、双眼鏡を持った別の人が着弾地点を観測するんだ」


「は、はぁ」


 ユーリィはよく理解できていないようで、気のない声が返ってくる。


「言っておくが、これは大事な仕事なんだぞ。狙いが遠ければ遠いほど、実際の撃った時の誤差が大きくなる。風の向き、高低差の有無、その日の天気によっても大きく左右されてしまう。そこを修正するのが、観測手の仕事なんだ」


 そう言って、シローは双眼鏡を覗き込む。

 先ほどのゼノの報告では、もうじき敵チームと接触するらしい。


「そろそろだぞ。準備はいいか?」


「はい」


 望遠スコープを覗いたまま、ユーリィが答える。

 地面にうつ伏せになって、スナイパーライフルを小さな手で握っていた。『イーグル・M24』の全長が110㎝。それに対して、ユーリィの身長は145㎝。銃と本人の大きさから、まるで銃に抱きついているようにも見える。


 しかし、不思議なことに。

 違和感を感じさせない姿だった。

 それだけ彼女の銃を構えている様子が、とても自然体だったのだ。


「――敵さんを見つけた。これからちょっかいを出すから、後は任せたぜ」


 無線通信から、ゼノの声が聞こえた。

 予定のポイントは少し開けた平地地帯。遮蔽物も隠れるような場所もない。狙撃するには最適に場所だ。


「――おらおらおら! この俺様と勝負しろ!」


 ゼノが大声で叫びながら、旧式のライフルを撃つ。

 パンッ、と甲高い音がしたと思ったら、お返しと言わんばかりに夥しい数の銃声が響いた。バラララララッ、と最新式の銃をフルオートで撃ちまくりながら、ゼノがいる方へ迫っていく。


「――ひゃっほ! そんな腕じゃ、俺様に当てられないぜ!」


 上機嫌なチームメイトの声を無線越しに聞きながら、シローとユーリィは視界に集中させる。


 やがて、茂みの向こうからゼノが飛び出してきた。

 何もない平原を、獣のようにしなやかに駆け抜ける。


「もうじき来るぞ。俺の合図があるまで撃つなよ」


「はい」


 冷静なユーリィの声が何とも頼もしい。

 シローは双眼鏡を覗きながら、じっと相手が来るのを待つ。

 やがて、茂みの向こうから人影が見えてきた。


 相手は四人。

 中等部の生徒だと思っていたが、シローより体格がいい人間ばかりだ。彼らは全員で、ゼノのことを追いかけまわしていたらしい。相手が一人だと思って、早期決着を決めにきたところだろう。


「ふん、素人が」


「シローさん。私も素人みたいなものですよ」


「ユーリィは別さ。俺はお前を信頼している」


 互いに、声だけのやり取りが続く。

 わずかに当たっている二人の肩が、少しだけ寄り添うように近づく。心の動揺を抑えようとしているのか、彼女の息遣いが荒くなっているのがわかった。


「はぁ、はぁ」


「ユーリィ、落ち着け」


「は、はい。……すぅ~、はぁ~」


 ユーリィが隣で大きく息を吸っている。


 双眼鏡の向こうでは、まだ敵チームは茂みから出てきていない。警戒しているのかと思ったが、どうやら弾倉を新しいものに交換しているようだった。


 しばらくすると、四人は扇状に広がりながら出てきた。

 ゼノがいる前方ばかり注意していて、狙撃されるなど、まったく考えていないらしい。

 そんな彼らを見ながら、シローは双眼鏡を持ったまま問いかける。


「なぁ、ユーリィ。俺が最後に教えたことを覚えているか?」


「はい、もちろん」


 ユーリィは嬉しそうに答えた。



――◇――◇――◇――◇――◇――



 昨日のことだ。

 いつものように朝練をしていたとき、ユーリィへあることを教えた。

 それは狙撃にとって最も大切なことであり、この世の全ての狙撃手が胸に刻んでいる言葉だった。


「ワンショット、……ワン、キル?」


「そうだ」


 スナイパーライフルを構えながら、シローが説明する。


「いいか? 狙撃ってのは、基本的に不意打ちだ。相手が隙を見せている時や、油断している時を狙って引き金を引く。向こうは撃たれるなんて思っていないから、完全な不意打ちをすることができる」


「はぁ。なんというか、……ズルいですね」


 ユーリィが素直な感想を口にする。


「あぁ。だからランク戦でも戦場でも、狙撃手は嫌われ者だ。相手がどこに潜んでいるのかわからないのに、隙を見せたら撃たれてしまう。対応としては、隠れていそうなところを丸焼きにするしかない」


「わぁっ、それはなんとも豪快な!」


 ユーリィが驚いた表情を浮かべる。


 丸焼き、と言ったが比喩ではない。数年前の戦争では、多くの共和国軍の狙撃手が活躍したと言われている。帝国軍側は、その度に足止めを食らうことになり、狙撃手が隠れていそうなところを徹底的に砲撃をしながら進んだのだ。


「話がそれたな。つまり狙撃ってのは、完全にこちらが有利な状況なんだ。相手が予想もしてないタイミングで、確実な一発を放つ。狙うのは、頭か心臓。相手は撃たれたことにも気づかずに、その場に崩れ落ちるだろう。それが、……『一撃必殺(ワンショット・ワンキル)』だ」


 シローは銃弾を装填させて、遠くの的を狙う。


「最初の一発は、なんとしても当てなくてはいけない。そうでないと敵が警戒して、狙うのが難しくなるからな」


「……大変なお仕事ですね」


「あぁ。だからこそ、狙撃手の引き金はとても重い」


 そう言って、シローは引き金を引いた。

 銃弾は見事に、的の真ん中に風穴を開けた。



――◇――◇――◇――◇――◇――



「よし。ユーリィ、構えろ」


「はい」


「狙うのは、一番右の奴だ」


「はい」


 ユーリィの落ち着いた声を聞きながら、シローは射撃の計算を始める。

 距離300メートル。高低差10メートル。風は、ほとんどなし。天候は快晴。湿度、温度の影響はなし。


「スコープの中心を、敵の頭に合わせろ」


「はい」


 四人はゆっくりと行動している。

 立ち止まってはくれないが、これくらいの距離ならそれも同じことだった。

 ゼノも特に何も言ってこない。

 ……条件はそろった。


「よし、撃て」


「……はい」


 ユーリィが静かに答える。


 そのわずか数秒後。

 シローの真横で、大きな銃声がした。


 炸裂音と共に放たれた銃弾。

 それは狙いを違わず、真っ直ぐに飛んでいき、そして。右端の男の頭部へと着弾した。


 ……がふっ!?


 短い悲鳴が上がる。

 男はそのまま後ろに吹き飛び、銃を足元に落として気絶した。突然のことに、相手チームは何が起きたのか分からず、その場に立ち尽くす。


「命中。ヘッドショットを確認。次弾装填を急げ」


「はい!」


 ユーリィの元気な声が返ってきた。

 彼女はボルトハンドルを素早く引いて、空の薬莢を排出。

 そして、再び押し込んで弾を装填させる。


「次弾装填、完了です!」


「よし、次は左端の男だ」


「はい!」


「狙いは大丈夫か?」


「はい!」


「……よし、撃て」


 今度は返事はなかった。

 ユーリィから放たれた弾丸は、左端の男に見事命中する。

 悲鳴も上げず、男は崩れ落ちた。

 その頃になって、ようやく相手チームも狙撃されていることに気がついた。


 ……そ、狙撃だぁ!


 ……そんな馬鹿な! 相手は『臆病者』じゃなかったのかよ!?

 

「ヘッドショット。次弾装填だ」


「はい」


「相手が逃げようとしている、急げ」


 ユーリィが急いで装填の準備に入る。

 ちょっと心配になって、双眼鏡から視線を外して、彼女のほうを見た。慌てて操作を間違えたりしていないだろうか。


 そう思ったが、ユーリィは言われた通りの方法でボルトハンドルを操作して、次弾を装填していた。その手際の良さと、彼女の素直さには感心するほどだった。


「次弾装填、完了です!」


「よし、やれ!」


 シローの合図と共に、三発目が放たれる。

 だが、今度の狙いは走っている人間だ。素直にスコープの十字で狙っても当たるわけではない。ユーリィが放った銃弾は、走る男の足元に着弾した。


「外れた。男の足元に着弾。次弾装填して、男が走っている先の、二歩前を狙え」


「はい!」


 カシャン、と隣でボルトアクションの軽快な音がする。


 失敗したというのに、まったく動揺していないようだった。

 この冷静さは、いったい彼女のどこからきているのか。


「走っている先の、二歩前。……はい、狙いは大丈夫です!」


「……撃て」


 ダンッ、と四発目が放たれる。

 わさとスコープの中心から外して、引き金を引く。

 男が走る先を狙った銃弾は、シローの予想通りの軌跡を描き、相手の肩へと命中させる。男はそのまま前へ倒れ込んでは、叫び声をあげる。


 ……ぎゃあ! 撃たれたぁ!


 ……くそ! どこから撃ってきやがる!?


「命中。目標は肩を負傷して転倒。対象を、別の男へと変更する」


「はい」


 肩を撃たれて転んでしまった方は置いておいて、最後の獲物へと取り掛かる。

 さすがに四発も撃っていると、狙撃ポイントに当たりをつけたのか、相手もこちらに向かって乱射してきた。


 ……このこのっ! 俺たちはエリートなんだ! お前らみたいな落ちこぼれに、負けるわけにはいかないんだよーっ!


「う、撃ってきましたよ!」


「大丈夫だ。奴が持っているのは、帝国製の『ウルフ・UZI』だ。あれは、近距離戦のサブマシンガンだから、この距離では脅威じゃない」


「く、詳しいんですね」


「……まぁ、昔の知識だけどな」


 シローは双眼鏡を握りしめたまま、銃を撃ち続けている男を見つめる。


「よし、一気に決めるぞ。次弾装填だ!」


「はい!」


 ユーリィの元気な声がして、スナイパーライフルの装填を完了させる。


「次弾装填、大丈夫です!」


「よし、放て!」


 ダンッ、と大きな銃声が響いた。

 そして、刹那の時を挟んで、弾丸が男の脳天へと直撃する。


 男はそのまま銃を撃ち続けながら気絶した。

 悲鳴はなかった。


「ヘッドショットを確認、目標は完全に沈黙」


「……はい」


 ふぅ、と小さな溜息が漏れた。

 双眼鏡から目を離して、そちらを見ると、ユーリィが地面にぺたんと座り込んでいるところだった。かすかに頬を上気させて、息を荒くさせている。その姿は、少女特有の色っぽさがあった。


 そんな彼女に見惚れていたが、シローは最後にやることを思い出す。


「……シローさん?」


「ユーリィ、お疲れ。完璧な狙撃手だったよ」


 中腰のまま、右手を高く上げる。

 それを見て、彼女も嬉しそうに手を上げた。


「はい! ありがとうございます!」


 パシッ、と軽快な音と共にハイタッチを交わす。


 そして、その数分後。

 肩を撃たれて負傷していた男に、ゼノがトドメを刺してランク戦は終了した。


 シローたちの初勝利だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。