第11話 「銃職人(ガン・スミス)」
「元気そうだな、じいさん。また世話になる」
シローは手に持った鞄を、店のカウンターに置いた。
小さな店だった。
壁中に掛けられた、ありとあらゆる銃。帝国製の最新型から、共和国で生産が中止されている旧式のライフルまで。
それだけではない。高性能の望遠スコープや、本来より多くの銃弾を装填できる拡張マガジン。照準を安定させるためのグリップ類など、銃に関係するあらゆるものが揃っていた。
年老いた銃職人は、無造作に置かれた木箱を跨ぐと、カウンターに置かれた鞄をしげしげと見つめる。
「そいつを持ってきたってこたぁ、またメンテナンスか?」
「あぁ。ちょっと前に派手に使ったからな。また調節を頼む」
シローが答えると、老人は皺だらけの手で長細い鞄に手を伸ばした。
老人の名前は、……不明である。
本人に聞いても教えてくれないのだ。数年前の戦争からの知り合いでもあるシローでさえ、彼の本名はわからなかった。他の人も『職人』、『ガン・スミス』、『マエストロ・コルト=ガバメント』と呼び方も様々であった。
「……ふむ。いつ見ても、コイツは傑作だなぁ」
銃職人は、鞄の中にあったものを取り出して、我が子を見るような目で見つめる。
それは、白い狙撃銃だった。
オルランド共和国、国宝『ニヴルヘイム』。
かつての戦争で英雄が使っていた、白い羽の描かれたスナイパーライフル。その性能は規格外で、持ち主であるシローも、これ以上のものを見たことがなかった。
「また、随分と無茶をさせたな。銃身は削れてやがるし、中もガタガタじゃねーか。……おい、いったい何をしやがった?」
人を殺さんばかりの目つきで睨みつける。
そんな職人を前に、シローは淡々と答えた。
「前と同じさ。倉庫の壁を開けて、戦車を数十台くらい破壊して、地形が変わるくらいの一発を撃った。それだけさ」
「……てめぇ、またやったのか?」
ギロッ、と更に眼光を鋭くさせる。
もし、職人の手にナイフがあったのなら、すでに刺されていたかもしれない。
「何べんも言わせんなっ! てめぇの魔法は、銃を壊しかねないんだよ! コイツじゃなかったら、銃そのものが吹き飛んでいて、てめぇも自分の魔法に食われていたところだぞ!」
「……大きな声を出すなよ。わかっているよ、それくらい」
「いんや、わかってねぇ! 今度やったら、てめぇの脳天をカチ割ってやるからなぁ!」
職人が巨大なレンチに手を伸ばすのを見て、ささっと距離を取る。
「……あの時は、仕方なかったんだよ」
「あ゛ぁ? どうせ下らない理由だったんだろう! てめぇら軍人はいつもそうだ。国とか、名誉とか。そんなことのために銃を撃ちやがる。使われるコイツらが可哀想ってもんだ!」
職人は巨大なレンチから手を離すと、壁に掛けてやる拳銃を手に取った。そして、あろうことか。目の前で実弾を装填し始めたのだ。
「てめぇ、言ってみろ! 今度は何のためにコイツを使った!? 俺が気に入らねぇ理由だったら、その頭を吹き飛ばしてやらぁ!」
カチャリ、と銃を突きつけられる。
……あぁ、殺されるかもしれない。そう思ったシローは、素直に答えることにした。
「……女だよ。たった一人の女の子を救うために、その銃を使った」
「女だぁ? もしかして、そいつはてめぇが惚れた女か?」
「か、関係ないだろう」
「いんや、大事なことだ! いいか!? 惚れた女を助けるのと、惚れられた女を助けるじゃあ、意味が全然ちげぇんだよ! それは男の矜持といってもいい!」
手に持った銃を突きつけながら、職人が声を上げる。
「さぁ、言え! 惚れた女を助けたんなら許してやる! だが、惚れられただけの女を助けたなんて言ったら、てめぇの眉間に風穴をあけてやるからな!」
「い、言っていることが無茶苦茶だろう!」
シローも思わず叫ぶ。
だが、職人の怒りが収まりそうにないのを見て、渋々と答える。
「……特別な感情がなければ、ここまではしないさ」
「そいつが、てめぇの答えか?」
「あぁ」
シローが真剣な目で職人を睨む。
それを見て、ようやく彼の銃を下ろした。
「ふぅん、なるほど。敵を倒すことにしか興味のなかった奴が、惚れた女を守るためにねぇ」
「わかったなら、すぐに作業を始めろ! じゃないと、この店に不法入手した銃器があることをバラすぞ!」
シローが吼えると、職人もゆっくりと動き出す。
しかし、その顔はどこか嬉しそうであった。
――◇――◇――◇――◇――◇―
「……『跳弾魔法』は良い奴だった」
職人がニヴルヘイムを鞄に戻しながら口を開く。
「負傷した仲間のことを誰よりも心配してな。前線の野戦病院で、その姿をよく見かけたもんだ。……それに比べ『迷彩魔法』はロクな男じゃなかった。『貫通魔法』にいたっては、貸した金を返さずにくたばりやがって」
そう言う職人の口調は、どこか寂しそうだった。
戦争の英雄と呼ばれた『ホワイトフェザー』。戦意高揚のために作られた架空の英雄は、複数の人間によって支えられていた。
第九魔術狙撃部隊。その初代隊長であったエドヴァルド大尉は、『貫通魔法』を用いた狙撃を得意としていた。
それ以外にも、自分の姿を消して潜伏する『迷彩魔法』のヴィトルト曹長。空中で銃弾を反射させる『跳弾魔法』のマークスマン中尉。ホワイトフェザーと呼ばれた人間全員と顔見知りだった職人は、次々といなくなる名手のことをどう思っていたのだろうか。
「結局、ホワイトフェザーと呼ばれる人間は一人になっちまった。……ったく、長生きはするもんじゃねぇよ」
今は亡き、素晴らしき狙撃手たち。
彼らの手を渡り続けた銃を鞄に収めると、職人は口を開く。
「……さて、『消滅魔法』の小僧。軽く見せてもらったが、やっぱり損傷が酷すぎる。しばらく、こっちで預かることになるが?」
「あぁ。元々、そのつもりで持ってきた」
学園都市に来る前に、学園長のグラン大佐に許可を取ってきている。
国宝であり、国の重要文化財である銃を持ち出すのは、それなりの手続きが必要だった。紛失してしまったら、銃殺刑か白骨化するまで牢屋の中。そういわれているものを任せられるなんて、この職人は何者なのだろうか。
そんなことを思いながら、シローは店の壁に飾られている銃を見ていった。
この店に来た理由は、もう一つあったからだ。
「……小柄な女の子が扱えそうな、スナイパーライフルはないものか」
シローは彼女の体格を思い出しながら、店内をぐるりと見渡す。
だが、なかなか理想のものはない。
細長く、華奢な外見をしているスナイパーライフルだが、やはり長距離ようの銃ということもあって大型のものが多い。軽量化されているとはいえ、重量もそれなりにあるだろう。
「ん? なんだ、この銃は?」
ふと、シローの視線が一点に集まる。
他の銃と同じように壁に掛けられている狙撃銃。つい最近、この場所に置かれたのか、まだ埃は被っていなかった。




