第7話 「ユーリィの年齢」
ほとんどの生徒も知っていることだが、オルランド魔法学園は中世の古城を改装したものである。
生徒たちは寮生活を送っており、午前中の授業に間に合うように通学をする。その中には、早く起きて朝練を行うものもいた。……ちょうど、今のシローたちのように。
「おはようございます、シローさん!」
早朝。
まだ、太陽が昇りきらない時間。
小鳥たちが囀り、朝の爽やかな風が頬を撫でる。
そんな清々しい時の中で。
シローは女子寮の前で、盛大に顔をしかめていた。
「……やっぱり、俺のことを知っていたんじゃないか?」
「そんなことはありません。昨日、学園長さんから連絡がありましたから。きっと、朝から私を迎えにくるだろうって」
そう言って、ユーリィはにこりと笑う。
「俺がいつ来るかなんてわからないだろう。……まさか、ずっと起きていたのか?」
「いえいえ。お日様が昇ると一緒に目が覚めましたよ。私は規則正しい生活が染みついていますから」
えへへ、と彼女は笑いながら、シローの前に立つ。
近寄るだけで視線が合わず、彼女が見上げるような格好になってしまう
本当に小さな女の子だな、と改めて思った。
暴漢に襲われそうになっていたと聞いたが、いったい何歳なのだろう。……中等部? いや、12歳までが通う幼年学校の子くらいかもしれない。
幼さを強く残しているその身体は、間違っても同年代のものではない。シローも身長も高いほうではないが、それでも彼の肩くらいまでしかないのだ。
身長は145㎝くらいか。黒髪のつむじを見下ろしながら、彼女のような子供の面倒を見ることができるのか、と不安になってきた。
「それでは、今日はよろしくお願いします」
「ん? あぁ」
シローは長細いバックを背負いながら答える。
早朝からユーリィを訪ねたのは理由がある。昨日、グラン大佐から彼女をランク戦に参加させるように、と言われていたからだ。
つまり、彼女を戦力として鍛えなくてはいけない。
そのためにはどうしたらいいのか。一晩悩んでみたが、やはり自分の得意分野を教えることしか思いつかなかった。
「なぁ、ユーリィ。学園長からは何て言われているんだ?」
「えっと、よくわからないですけど、シローさんの言うことをちゃんと聞くようにと言われました」
……丸投げか。
……まったく。あの人の本心がどこにあるのか、本当にわからなくなる。
「まぁ、これからよろしくな。俺の名前はシローだ。シロー・スナイベル」
「はい! よろしくお願いします、シローさん!」
ぺこり、と深く頭を下げる。
「それで、シローさん。これからどうするんですか?」
「……そうだな。細かい話は射撃訓練所でしようと思う。それよりも、まず聞いておきたいことがあるんだが?」
「何ですか?」
ユーリィが小さく首を傾げる。
そんな彼女へ鋭い視線を放ちながら、シローは口を開いた。
「なんで、……体操服なんだ?」
シローの視線は、彼女の服装に注がれていた。
白の体操服に、紺のスパッツ。そこから伸びる健康的な手足に、どうしても目がいってしまう。
いや、学園指定の運動着なのだからおかしくはないが、それでも授業でもないのに着る必要があるだろうか。
「あ、えっと、学園長さんからいただいたジャージは、寝間着に使っているので」
「いや、そうじゃなくて。授業じゃないから、他の服装でも構わないんだぞ?」
シローは自分のトレーニングウェアを見せながら言うと、なぜかユーリィは困ったような笑みを浮かべた。
「私、他に服を持ってないから」
「……は?」
「あ、あのですね。この学園に来るまでは、服と呼べるようなものがなかったのです。今も服と呼べるものは、学園長さんからいただいた学生服と体操服。あとジャージだけなんです」
「……っ」
思わず、息がつまった。
不幸な生い立ちだとは思っていたが、まさかここまでとは。
「……悪いな。変なことを聞いて」
「いえいえ、慣れていますから」
にこり、とユーリィが笑う。
そんな彼女を見て、どうしようもなく居たたまれない気持ちになる。
とりあえず、シローは自分の着ていた上着を脱ぐと、ユーリィへと手渡した。
「えっと、これは?」
「……着ておけ。朝はまだ冷える」
シロ―は細長いバックを背負い直して、射撃訓練所へと歩き出した。
その後を、とことことユーリィがついていく。
「袖がぶかぶかです。それに、ちょっと汗の匂いがしますよ」
「……ほっとけ」
ユーリィはシローのことを見上げながら、長すぎる袖を鼻に当てた。
「でも、……嫌いじゃないです」
くんくんと匂いを嗅いでは、その袖口に顔を埋める。
その時の彼女の表情は、なぜかとても嬉しそうに見えた。
――◇――◇――◇――◇――◇―
学園の施設は、事前に申し込みをすればいつでも使用できる。
それは備品の関係も同じである。シローは女子寮へ行くより先に、学園で手続きを行っていた。シローもよく世話になっているスナイパーライフルを一丁と、ランク戦用の模擬弾を一箱。そして、小さな射撃訓練所を借りてきた。標的が遠くにある《狙撃兵科》の射撃場だった。
「確認なんだが、ユーリィは銃を撃ったことがあるのか?」
「はい。学園の授業程度ですが」
「そうか。授業でやっているなら話が早い」
彼は歩きながら、肩にかけた長細いバックを背負いなおす。
その中には、学園の備品であるスナイパーライフルが入っていた。
「俺は《狙撃兵科》だから、狙撃技術しか教えられないけど、大丈夫か?」
「はい、大丈夫です」
にこり、とユーリィが笑う。
本当かなと心配になったが、《普通歩兵科》のように銃を持って突撃するよりはマシかと思った。普通歩兵科の男達と一緒に突撃合戦をしたら、それだけで吹き飛ばされてしまうだろう。
「そういえば、気になっていたのですが」
ユーリィが長すぎる袖口から、ちょこんと小さな手を覗かせながら聞いてくる。
「シローさんって、何年生なんですか?」
「俺か? 高等部の二年生だよ」
答えてから、シローは急に心配になった。
年齢が離れすぎていることで遠慮されたりしないだろうか。今後のことを考えると、コミュニケーションは大切にしたいが、年上の男と関わるだけで委縮してしまう女子も少なくない。
そんな心配をしていると、ユーリィはこちらを見上げながら言った。
「それでは、私とシローさんは同じ歳なんですね」
「……へ?」
思考が、一瞬止まった。
「高等部の二年だぞ?」
「はい」
「中等部の二年生ではないんだぞ?」
「はい」
「17歳なんだぞ?」
「はい」
シローの質問を、ユーリィは笑顔で返す。
そんな彼女をまじまじと見なおした。150cmにも満たない身長。女性らしい膨らみのない幼児体形。くりっ、と大きな瞳に幼さを残す可愛らしい顔立ち。共和国伝統のロリータ服でも着せたら抜群に似合いそうなこの少女が、……自分と同じ歳だと!?
「あ、あの、どうしたんですか? 急に固まって」
「……いや、認識の不一致に思わず眩暈が―」
眉間に手をあてながら、彼女のことを見下ろす。
妙だとは思っていた。
彼女から放たれた辛辣な言葉の数々。年上の人間に使う言葉ではないと思っていたが、彼女にしてみたら別におかしなことではなかったのだ。丁寧な口調で勘違いしてしまったが、ユーリィは最初から同年代の人間と喋っている感覚だったのか。
そう考えると、あの時に感じた苛立ちも、急速に失われていく。
だが代わりに。
とある欲求が沸き上がってきた。
「大丈夫ですか? なんだか様子が変で、……きゃあ!」
ユーリィがシローを気遣っている、その瞬間。
彼女が悲鳴を上げた。
シローが少女の脇に手を伸ばして、そのまま軽々と持ち上げたのだ。
彼女は逃げるように身をよじらせるが、そんなことを気にする様子もなく、自分の目線に持ち上げては、じっとその黒い瞳を見つめる。
「え、あ、あの、急にどうしたのですか!?」
足が地面につかず、ぶらぶらと下がっている。そんな状況で、ユーリィはおずおずと問いかける。
だが、彼は何も答えない。
真剣で男らしい眼差しで、彼女のことを見つめ続ける。
「あ、あ、あの! わ、私は発育が悪いので、……た、食べてもおいしくないですよ?」
ユーリィの頬が朱に染まっていく。
それまで浮かべていた笑顔も崩れていて、恥ずかしそうに視線を反らす。それが精一杯の反応であった。
「……」
やがて、シローは彼女を地面に下ろすと、静かに口を開いた。
「さぁ、射撃訓練所はこっちだ。ついてこい」
「ちょっ! さっきの行動に何の意味があったんですか!?」
「朝は短いぞ。午前の授業に遅れないようにしないとな」
「は、話を聞いてください! もう、シローさんっ!」
何事もなかったように精悍な顔をしているシローに、ユーリィは文句を言いながらついていった。




