第6話 「オルランド魔法学園の学園長」
オルランド魔法学園は共和国軍の管轄である。
そのため、この学園のトップである学園長も、現役の軍人だ。かつての敗戦寸前だった共和国で、帝国から恐れられた『登録魔術兵士』を率いて戦った猛者でもある。その大きな功績に、この学園の学園長の席を用意されて、日々、生徒たちの教育に当たっている。
シローはユーリィという少女と別れた後、学園の一番奥にある学園長室へと来ていた。
扉の前で立ち止まり、ゆっくりと呼吸をする。
その表情には、わずかだが緊張の色が浮かんでいた。
「……」
数回、扉をノックする。
すると、部屋の中から野太い声で返事があった。
「入りたまえ」
「失礼します」
シローは扉を開けて、学園長室へと入っていく。
そこは、豪華とは程遠い内装だった。
打ち付けられてたコンクリートに、質素な内装。テーブルもイスも、どれも戦時中に使われていた年代物だ。埃っぽい匂いが鼻につくが、換気できるような窓がない。『狙撃』を警戒した、軍司令部の前線基地と同じ内装だった。
「うむ、よく来たな」
そんな戦争体験ができそうな部屋の真ん中で、一人の男がこちらを見ていた。
白髪まじりの初老の男だった。
眼光は異様に鋭く、隙のない緊迫感を漂わせている。実年齢を感じさせないほど鍛えられた肉体は、かつての戦争の生き残りであることを彷彿とさせた。その学園長服の下には、どれほどの傷が刻まれているのか。
男の名前は、グラン・クラッシュハンズ。
このオルランド魔法学園の学園長であった。
「お久しぶりです、グラン学園長」
「うむ。貴様も変わりないな」
グラン学園長が、その鋭い目つきを更に細くさせた。
そして、さも当然のように。
シローの来訪について問いかけるのだった。
「それで、こんな時間に何のようかな? ……シロー・スナイベル少尉」
階級章がないシローの学生服の襟を見ながら、学園長が言った。
そのことに、彼はわずかの動揺も見せない。
オルランド魔法学園、高等部二年生。
《狙撃兵科》所属の生徒。シロー・スナイベル。
彼には、学生ではない別の顔があった。
それがオルランド共和国軍、魔術兵士隊所属の少尉という立場だ。戦争が始まり、共和国が劣勢になってから、シローは少年兵として戦線に参加していた。そこで、スナイパーライフルを片手に地獄のような戦場を駆け巡っていた。
そのときの直属の上司が、今目の前に座っている男。グラン大佐であった。
シローと大佐の関係は、その頃からのものである。
「まぁ、立ち話もなんだ。座れ」
「はい」
シローは戦時中に使われていた固いパイプ椅子に懐かしさを感じながら、グラン大佐へと向き合う。
「……大佐。あなたに尋ねたいことがあるのですが」
「ふむ。その様子だと、あの少女に会ったのかな」
シローが緊張しながら質問する様子を、グラン大佐はどこか楽しみながら答えた。
「どうだ? 貴様好みのいい娘だっただろう」
「冗談はやめてください。自分にそんな趣味はないですよ」
相手が砕けた態度になったのを見て、シローも少し肩の力を抜く。長く同じ部隊にいたため、お互いのことはよくわかっていた。
「それで? なんですか、あの少女は?」
「ふむ。……まぁ、少しややこしい話なのだが」
そう言って、グラン大佐は深刻そうな表情を浮かべて両手を組む。
その口から、どれもほど重い話が出てくるのか。
想像もできなかった。
「先月のことだ。私は妻に家を追い出されてな、夜の街を宛てもなく彷徨っていたのだ。まだ夜風が冷たくて、一刻も早く我が家に帰りたい気分だった」
「……」
「だが、私も迂闊だったのだ。愛人からの手紙を暖炉に置いていたせいで、それを妻に見つかってな。いつもはお淑やかな性格なのだが、一度怒りに火がつくと手に負えん。まぁ、そこも可愛いのだが」
「……あの大佐? その話、最後まで聞かなくちゃダメですか?」
「当たり前だ。上司の愚痴を聞くのは、部下の義務だぞ」
ギロッ、と真剣な眼差しを向けてくる。
本心から言っているから手に負えない。
「それでな。寒くて凍えそうになっていたから、手近な酒場へと入ることにしたのだ。煌々と輝くネオンには、お触りパブと書いてあるではないか―」
「大佐。もう帰っていいですか?」
「待て待て、ここからが面白いのだ!」
両手で制すようにして、必死に食い下がる。
この人は、どこまで本気なんだろうか?
「まぁ、その健全で楽しい酒場で一夜を過ごしたのだが、運が悪いことにそれも妻にバレてしまってな。それはもう酷い有り様だったよ。私は命の危険を感じて、我が家から離れることを決意した。司令部に嘆願書まで出して、査察という形で、帝国との国境近くにある街へ逃げ出したのだ」
ギロッ、と隙のない目つきでシローを見る。
「そして、その街にある楽園、お触りパブへと足を運ぶことに―」
「……大佐。もういい加減にしてください」
はぁ、とシローは上官の前であるにも関わらず溜息をつく。
これくらいは許されてもいいだろう、と思った。
「ふむ。まだ未成年の少尉には刺激が強すぎたか」
片手を顎にあってて、何やら思案顔を浮かべる。
このおっさん、本気で思っているんじゃないだろうな。
「まぁ、その街にも慣れてきた頃だ。いつものように酔いどれになりながら帰っていると、一人の少女が暴漢に襲われているのを見つけてな」
「……え」
急に深刻な話になって、シローの理解が遅れる。
「少女は男から必死になって逃げていていた。それは酷い様子だったよ。服はビリビリに裂かれて、服ではなくなっていたし、口や顔から出血もしていた。可哀想に思った私は、その場で少女を保護することに決めたのだ。すると、病院の医者からは魔力反応があると言われてな。そのまま、この学園で引き取ることにしたのだ」
「それが、あの―」
「うむ。ユーリィと名乗る少女だ」
大佐は重々しく言った。
「こんなご時世だ。戦争孤児や乞食は珍しくない。だが、こんな形で出会ったのも何かの縁だろう。私は可能な限り、彼女の力になりたいと思っている」
「……それで、俺に押しつけると?」
「いい考えだろう? 戦争が終わって以来、貴様からは生気というものを感じない。聞いているぞ、貴様の『臆病者』の話を。……ははっ、傑作だな。オルランド共和国軍で最多狙撃数を記録している貴様が、この学園では臆病者とはな!」
くくくっ、とグラン大佐が忍び笑いを漏らす。
そんな昔のことを持ち出されても、と思いながら、シローは冷静に思考を切り替える。
「つまり、今後は彼女の生活を手伝ってやればいいのですね?」
「うむ。せっかくだからランク戦にも参加させてやれ。この学園の名物だからな」
「……ちなみに、彼女の銃の腕前は?」
「貴様が教えれば一人前だ」
答えになっていない。
だが、この大佐の様子だと、これはもう決定事項らしい。ならば、変に抵抗せずに仕事をこなした方が無難というもの。
「了解しました。彼女の件は、こちらで何とかします」
「うむ、頼んだぞ」
グラン大佐は満足そうな表情を浮かべる。
それを見て、シローは心の中で溜息をつく。女の子の子守りなどという任務は、シローの手に余る。だが、それ以上に気になることがあった。
大佐に直接聞いてもいいのか。
少しだけ逡巡するが、結局、シローは尋ねずにはいられなかった。
「……大佐、聞いてもいいですか?」
「なんだ?」
シローは一呼吸をおいて、問いかける。
「大佐はユーリィのことを可哀想だと思い、保護したと言いました。……その話は、どこまで本当なんですか?」
一瞬。
糸の張るような緊張感が部屋を包んだ。
「嘘は言っていない」
「自分が知りたいのは、大佐の本心です。可哀想? 何かの縁? ご冗談でしょう。大佐はそんなことで動く方ではない」
シローは静かに問いかける。
彼の知っているグラン大佐とは、どこまでも軍人である。
外見に似合わず飄々としているが、その本心は氷のように冷たい。目の前で子供が飢えていようと、暴漢に襲われていようと、まったく関心を示さないだろう。再び戦争が起きないなら、どんなことでもする『穏健派』の大佐が、なぜユーリィを助けたのか。
「……シロー・スナイベル少尉」
「はい」
「貴様は黙って任務を遂行せよ。私から言えるのはそれだけだ」
それは、氷のように冷たい上官命令だった。




