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第30話 「お腹、すいたなぁ」

――◇――◇――◇――◇――◇―


 あれから、一時間ほど経過した。


 ギムガたちは廃倉庫の一階へと移動していた。二階にはザルモゥとユーリィ。そして、すれ違いに白衣の男たちが部屋に入っていった。薬品の染みついた白衣から、鼻につく甘い匂いがした。それを嗅いだだけで意識が朦朧となったので、彼らは慌てて下へ降りることにした。


「なぁ、ギムガ。あの帝国野郎のこと、本当に信じられるのか?」


 階段を下りた踊り場で、取り巻きの一人が口を開く。


「あいつ、戦争のことばっかりで、俺たちのことなんか眼中にないって感じだぜ?」


「本当に帝国に連れていってくれるのか。なんか、ヤバいことになったらどうするんだ?」


「ヤバいことって?」


 その問いに、男は顔を青ざめさせながら答える。


「その、……口封じに殺させる、とか」


「っ!」


「や、やめろよ! 縁起でもない!」


 取り巻きたちが慌てながら、リーダーであるギムガのほうを見る。

 すると、ギムガは動揺を隠すように大声で叫んだ。


「だ、黙りやがれ! こうするしか俺たちに道はなかったんだよ! それともなにか? 学園に残って、処分が下るのを待っていた方が良かったのか!?」


「そうは言わねぇけど」


「じゃあ、黙っていうとおりにしろ! ヤバそうだったら、すぐに逃げればいいんだ! 戦争なんて、俺たちには関係ないんだからな!」


 取り巻きたちに高圧的な態度を取るが、その瞳は不安に揺れていた。

 自分たちが置かれた状況は、それほど単純ではないと、さすがの彼も理解していた。


「うるせぇな! 共和国のガキどもがっ!」


 突然、野太い男の声が彼らを貫いた。

 階段に近い部屋の扉が開くと、そこから大柄な男が出てきた。


 一人ではない。

 数名の男がギムガたち見下ろすと、苛立ったように声を荒らげる。

 その手には、使い古された帝国製ライフルが握られていた。


「クソが! 共和国の豚どもは黙っていることもできねぇのか! 野良犬の餌になりたくなかったら、今すぐその口を閉じるんだな!」


 その男は取り巻きの足元に銃口を向けると、何の躊躇もなく引き金を引いた。

 バララッ、と銃声と共に放たられた弾が、廊下に風穴を開ける。


「いいか! お前らは、俺たちの情けで生かしてやっているんだぜ! 生かすも殺すも、俺たちの気分次第なんだ! それがわかったら、大人しくしてろ!」


「ははっ、見ろよ! こいつら怯えているぜ!」


「実弾を見るのが初めてなんだろう? お前らのランク戦みたいなお遊びじゃねぇ。俺たちが持っているのは、戦争中に使われていた本物だ。死にたくなかったら、静かにしているんだな」


 男たちは、元・帝国の軍人であった。

 戦争が終わり、軍備の縮小によって多くの軍人が職を失った。

 そのため、彼らは戦争を欲する。

 仕事と誇りを失ったことを、共和国に復讐するために。


「……ひ、ひっ」


「……わ、わかった。静かにするから撃たないでくれ」


 ギムガたちは恐怖に震えながら、わずかに首肯する。

 その脅えきった態度に気を良くしたのか、元兵士たちは上機嫌にそこから去っていった。


 この倉庫には、多くの人間が集まっていた。

 彼らの多くが元兵士や傭兵で、ザルモゥの呼びかけに応じた荒くれ者たちだ。銃の扱いに長け、戦闘経験も豊富である。これから起ころうとする再戦の兆しに、うってつけの人材であった。


「お、大人しくしてようぜ」


「そうだな」


 ギムガたちは踊り場で肩を寄せ合うように座り込む。

 それからしばらく経ったころだ。

 沈黙に耐えかねた一人が、唐突に口を開いた。


「なぁ。二階にいる帝国野郎なんだけど、スナイベルがどうのって言ってたよな?」


「あ、あぁ」


「スナイベルって、あの『臆病者』のことだよな。なんで、あいつのことを気にしているんだ?」


 その『臆病者』という単語を口にしながら、取り巻きたちは無残に負けたランク戦のことを思いだしていた。


 学園でも有名な『臆病者』。人に向けて銃を撃てないといわれていた人物を相手に、なす術もなく惨敗をした。

 山岳地帯からの超長距離狙撃。

 距離や高低差を感じさせない正確な射撃に、人数差をものともしない実力差。おそらく学園でもトップクラスの腕前なのに、なぜ今まで隠してきたのか。


 そして、何より。

 あの魔法。

 頑強な岩を削り取り、鉄と合金でできたライフルを破壊した。その切断面は、ヤスリで磨いたかのように鋭利なものだった。


「……あいつの魔法。何だったんだろうな?」


「……知るかよ。思い出したくもねぇ」


 ギムガが吐き捨てるように言った。

 彼らは気づいていなかった。

 その魔法こそが、シロー・スナイベルの正体に直結するものだというのに。



――◇――◇――◇――◇――◇―



 ……お腹、すいたなぁ。


 ユーリィは無表情を浮かべたまま、心の中で溜息をついた。

 本日はランク戦があったので、昼食はほとんど食べていなかった。朝食も、シローからもらったプリンだけ。あまり食が進まないとはいえ、この時間まで何も食べていないと、空腹になるのは自然のことだった。

 だが、彼女が溜息をつくのは、別の理由であった。


 ……国境近くの街にいたときは、三日くらい何も食べなくても平気だったのになぁ。


 自分が贅沢になっていると実感していた。

 一日三食が食べられる生活に慣れてしまって、体は正直に食べ物を欲している。私は我が儘な人間だ。そんな幸せ、もう二度と訪れないというのに。


「準備できました、ザルモゥ中佐」


「ご苦労」


 目の前では、ザルモゥが楽しそうに笑っている。

 そのすぐ傍には、白衣を着た男たち。彼らが持ち込んだものは、テーブルの上に整然と並べられていた。


 指を折るための装置。

 爪を剥ぐための鋏。

 耳を削ぐためのノコギリ。その隣には、生きたまま眼球を抉る道具まであった。

 ……拷問器具。

 白衣を着た男たちは、帝国情報部の尋問官たちだった。


「はははっ。また、この道具を触れるときが来るなんて。共和国との和平条約には、尋問の際には拷問を禁じる、なんてことまで書かれていてね。それっきり、出番はなくなってしまったのだが」


 うっとりとした表情で、骨を砕くための巨大なレンチを手に取る。


「私は弱いもの苛めが大好きでね。戦争中は多くの人間を尋問したものだよ。あのときの悲鳴は、今でも耳に残っているんだ」


「……」


 ユーリィは興味なさそうな顔で見ていた。

 これから自分がされることを想像すれば、大人だって泣き叫ぶというのに。


「さぁて、楽しい時間の始まりだ。何を聞いても答えないお前には、こういった手法が一番だろう?」


 にやにやと笑いながら、ザルモゥが拷問用の道具を持ち上げる。


「さぁ! お前が魔法学園で知ったことを言うんだ! 同じチームだった奴のこと! 他の魔術兵士のこと! 登録魔術兵士に関わること! シロー・スナイベルとベッドでの相性でも構わんぞ! はーっはっはは!」


 ザルモゥは狂ったように大声を上げる。

 そして、彼女の顔にめがけて、その巨大なレンチを振り下ろした。


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