第30話 「お腹、すいたなぁ」
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あれから、一時間ほど経過した。
ギムガたちは廃倉庫の一階へと移動していた。二階にはザルモゥとユーリィ。そして、すれ違いに白衣の男たちが部屋に入っていった。薬品の染みついた白衣から、鼻につく甘い匂いがした。それを嗅いだだけで意識が朦朧となったので、彼らは慌てて下へ降りることにした。
「なぁ、ギムガ。あの帝国野郎のこと、本当に信じられるのか?」
階段を下りた踊り場で、取り巻きの一人が口を開く。
「あいつ、戦争のことばっかりで、俺たちのことなんか眼中にないって感じだぜ?」
「本当に帝国に連れていってくれるのか。なんか、ヤバいことになったらどうするんだ?」
「ヤバいことって?」
その問いに、男は顔を青ざめさせながら答える。
「その、……口封じに殺させる、とか」
「っ!」
「や、やめろよ! 縁起でもない!」
取り巻きたちが慌てながら、リーダーであるギムガのほうを見る。
すると、ギムガは動揺を隠すように大声で叫んだ。
「だ、黙りやがれ! こうするしか俺たちに道はなかったんだよ! それともなにか? 学園に残って、処分が下るのを待っていた方が良かったのか!?」
「そうは言わねぇけど」
「じゃあ、黙っていうとおりにしろ! ヤバそうだったら、すぐに逃げればいいんだ! 戦争なんて、俺たちには関係ないんだからな!」
取り巻きたちに高圧的な態度を取るが、その瞳は不安に揺れていた。
自分たちが置かれた状況は、それほど単純ではないと、さすがの彼も理解していた。
「うるせぇな! 共和国のガキどもがっ!」
突然、野太い男の声が彼らを貫いた。
階段に近い部屋の扉が開くと、そこから大柄な男が出てきた。
一人ではない。
数名の男がギムガたち見下ろすと、苛立ったように声を荒らげる。
その手には、使い古された帝国製ライフルが握られていた。
「クソが! 共和国の豚どもは黙っていることもできねぇのか! 野良犬の餌になりたくなかったら、今すぐその口を閉じるんだな!」
その男は取り巻きの足元に銃口を向けると、何の躊躇もなく引き金を引いた。
バララッ、と銃声と共に放たられた弾が、廊下に風穴を開ける。
「いいか! お前らは、俺たちの情けで生かしてやっているんだぜ! 生かすも殺すも、俺たちの気分次第なんだ! それがわかったら、大人しくしてろ!」
「ははっ、見ろよ! こいつら怯えているぜ!」
「実弾を見るのが初めてなんだろう? お前らのランク戦みたいなお遊びじゃねぇ。俺たちが持っているのは、戦争中に使われていた本物だ。死にたくなかったら、静かにしているんだな」
男たちは、元・帝国の軍人であった。
戦争が終わり、軍備の縮小によって多くの軍人が職を失った。
そのため、彼らは戦争を欲する。
仕事と誇りを失ったことを、共和国に復讐するために。
「……ひ、ひっ」
「……わ、わかった。静かにするから撃たないでくれ」
ギムガたちは恐怖に震えながら、わずかに首肯する。
その脅えきった態度に気を良くしたのか、元兵士たちは上機嫌にそこから去っていった。
この倉庫には、多くの人間が集まっていた。
彼らの多くが元兵士や傭兵で、ザルモゥの呼びかけに応じた荒くれ者たちだ。銃の扱いに長け、戦闘経験も豊富である。これから起ころうとする再戦の兆しに、うってつけの人材であった。
「お、大人しくしてようぜ」
「そうだな」
ギムガたちは踊り場で肩を寄せ合うように座り込む。
それからしばらく経ったころだ。
沈黙に耐えかねた一人が、唐突に口を開いた。
「なぁ。二階にいる帝国野郎なんだけど、スナイベルがどうのって言ってたよな?」
「あ、あぁ」
「スナイベルって、あの『臆病者』のことだよな。なんで、あいつのことを気にしているんだ?」
その『臆病者』という単語を口にしながら、取り巻きたちは無残に負けたランク戦のことを思いだしていた。
学園でも有名な『臆病者』。人に向けて銃を撃てないといわれていた人物を相手に、なす術もなく惨敗をした。
山岳地帯からの超長距離狙撃。
距離や高低差を感じさせない正確な射撃に、人数差をものともしない実力差。おそらく学園でもトップクラスの腕前なのに、なぜ今まで隠してきたのか。
そして、何より。
あの魔法。
頑強な岩を削り取り、鉄と合金でできたライフルを破壊した。その切断面は、ヤスリで磨いたかのように鋭利なものだった。
「……あいつの魔法。何だったんだろうな?」
「……知るかよ。思い出したくもねぇ」
ギムガが吐き捨てるように言った。
彼らは気づいていなかった。
その魔法こそが、シロー・スナイベルの正体に直結するものだというのに。
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……お腹、すいたなぁ。
ユーリィは無表情を浮かべたまま、心の中で溜息をついた。
本日はランク戦があったので、昼食はほとんど食べていなかった。朝食も、シローからもらったプリンだけ。あまり食が進まないとはいえ、この時間まで何も食べていないと、空腹になるのは自然のことだった。
だが、彼女が溜息をつくのは、別の理由であった。
……国境近くの街にいたときは、三日くらい何も食べなくても平気だったのになぁ。
自分が贅沢になっていると実感していた。
一日三食が食べられる生活に慣れてしまって、体は正直に食べ物を欲している。私は我が儘な人間だ。そんな幸せ、もう二度と訪れないというのに。
「準備できました、ザルモゥ中佐」
「ご苦労」
目の前では、ザルモゥが楽しそうに笑っている。
そのすぐ傍には、白衣を着た男たち。彼らが持ち込んだものは、テーブルの上に整然と並べられていた。
指を折るための装置。
爪を剥ぐための鋏。
耳を削ぐためのノコギリ。その隣には、生きたまま眼球を抉る道具まであった。
……拷問器具。
白衣を着た男たちは、帝国情報部の尋問官たちだった。
「はははっ。また、この道具を触れるときが来るなんて。共和国との和平条約には、尋問の際には拷問を禁じる、なんてことまで書かれていてね。それっきり、出番はなくなってしまったのだが」
うっとりとした表情で、骨を砕くための巨大なレンチを手に取る。
「私は弱いもの苛めが大好きでね。戦争中は多くの人間を尋問したものだよ。あのときの悲鳴は、今でも耳に残っているんだ」
「……」
ユーリィは興味なさそうな顔で見ていた。
これから自分がされることを想像すれば、大人だって泣き叫ぶというのに。
「さぁて、楽しい時間の始まりだ。何を聞いても答えないお前には、こういった手法が一番だろう?」
にやにやと笑いながら、ザルモゥが拷問用の道具を持ち上げる。
「さぁ! お前が魔法学園で知ったことを言うんだ! 同じチームだった奴のこと! 他の魔術兵士のこと! 登録魔術兵士に関わること! シロー・スナイベルとベッドでの相性でも構わんぞ! はーっはっはは!」
ザルモゥは狂ったように大声を上げる。
そして、彼女の顔にめがけて、その巨大なレンチを振り下ろした。




