第29話 「二人の男は戦場へ向かう」
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シローは学園長室から自室に戻ると、すぐにベッドの下へ手を伸ばした。
そこに隠してある長細い鞄。それを開いて、中にあるものを取り出す。
白い狙撃銃だった。
オルランド共和国の重要文化財にして、国宝に指定されている銃。『ニヴルヘイム』。その銃身をしっかりと握りながら、丁寧な手つきでボルトハンドルを手前に引く。
薬室が開放されて、銃弾を入れる隙間が口を開く。
そこへ、一発ずつ銃弾を込めていく。
いつも使用している模擬弾ではない。
7.62ミリの実弾。
それは人を殺すために生み出されたもの。国のためだの、家族を守るためだの、いくら言い方を変えようとも、それは変わらない。
銃は人を殺すために作られた。
銃弾も、また然りだ。
「……」
シローは無言で弾を込めていく。
やがて、銃の最大装填数である五発を入れると、静かにボルトハンドルを押し上げて、横に倒す。そして、ゆっくりとした動作で銃を構えた。
望遠スコープを覗き込んで、引き金に触れる。
その時のシローの表情は、酷く険しいものだった。
ザルモゥ中佐の排除と、ユーリィの殺害。
その任務を言い渡されたのは、つい先ほどのことだ。シローは何度も彼女の身の潔白を訴えた。だが、学園長のグラン大佐は頑として譲る気はない。ユーリィが死ぬことは、彼の中では確定事項だったのだ。戦争を起こさないためにはどんなことでもする『穏健派』らしい、厳格な態度であった。
その任務内容に、シローが苦渋の表情を浮かべる。するとグラン大佐は「嫌なら他の『登録魔術兵士』に依頼することになる」と淡々と口にした。
この学園にいる五人の登録魔術兵士。確かに彼らならば、この程度の任務など簡単にこなしてしまうだろう。彼女を始末する、という内容にも文句は言うまい。
「……わかりました。任務を引き受けます」
シローは両手を握りしめる。
「しかし、あくまで救出作戦とさせてください! 誘拐された女生徒を救うための任務だと。彼女の処遇は、生きて帰ってから決めると。約束してください!」
それは、軍務に忠実なシローにとって、異例のことだった。
戦争が終わって、学園生活を無気力に過ごしていた頃と違い、今は強い意志が現れていた。
「スナイベル少尉。貴様にあの女の面倒を見させたことの意味を、まだわからないわけではないな」
「……っ」
シローは無言で頷く。
グラン大佐がユーリィの面倒を見ろといった理由も、ランク戦に参加させたわけも、もう嫌というほど理解している。
彼女が影で不穏な行動を起こした場合、すぐに始末するつもりだったのだ。
シロー・スナイベルという狙撃手を使って。
「……いいだろう。貴様が対象を排除するまで、その件は保留にしてやる」
グラン大佐が冷たい視線で睨んだ。
「だが、覚えておけよ。あの女が死ぬことは、すでに決定していることなのだ。例え、貴様が歯向かおうとも、この私が直々に頭蓋骨を握りつぶしてやるからな」
そう言って、テーブルの上にある鋼鉄製のコーヒーカップに手を伸ばす。指の形にへこんだ歪なカップだった。
グラン・クラッシュハンズ大佐。
帝国との戦争にて、最前線で指揮をとった彼も、『破壊の拳』という魔法を使う、古強者の魔術兵士であった。
「……」
先ほどまでのやり取りの振り返りながら、シローは淡々と準備を続ける。
望遠スコープは国内最高水準の16倍。腰のバックには、予備の銃弾と夜仕様の単眼鏡。『ニヴルヘイム』を防水用のシーツでくるんで、再び長細い鞄にしまう。
「待っていろよ、ユーリィ」
シローは小さな声で呟くと、銃の入った鞄を片手に部屋を出た。
雨と風は更に強くなっているらしく、がたがたと窓が激しく揺れた。言わずもがな、狙撃手にとって風は大敵だ。
ましてや、陽の沈んだ嵐の夜。
孤独と絶望が入り混じる戦場に、シローは一人で向かっていく。
……そのはずだった。
「行くのか?」
その人物の声に、シローはわずかに片眉をひそめる。
昔ながらの旧友。ゼノがそこ立っていた。廊下の壁にもたれて腕を組んでいる姿は、ついさっきの光景を彷彿とさせるが、あの時とは違う点がひとつだけある。
彼の肩にも、銃が下げられていた。
古い共和国のライフル。ゼノがいつもランク戦で使っているものだった。
「あの子が、お前を待っているとは限らないだろう? もしかしたら帝国の連中と仲良くやっているかもしれない。それでも行くのか?」
「……あぁ」
シローはゼノの前を通り過ぎながら答える。
すると、彼は。
それ以上は何も言わず、黙って後ろをついてきたのだ。そうすることが当然というように、ゼノの顔にも迷いはない。
「……戦闘は避けられないぞ?」
「いいねぇ。最近、暴れたりなかったんだ」
「下手したら、死ぬかもしれない」
「ははっ。それこそ望むところだぜ」
にやり、と凶暴な笑みを咲かす。
ついてくるな、とは口が裂けても言えなかった。戦場に向かう親友に、何も言わず共に赴く。言葉は必要なく、礼もいらない。
戦友を一人にはさせない。たったそれだけの理由で、ゼノはここにいるのだ。感謝の言葉など侮辱に等しかった。
「さて、ひと暴れしてやろうぜ!」
「……そうだな」
シローとゼノ。
二人の男が、街外れの廃工場へと足を踏み出すのだった。




