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第25話 「偽りの笑顔」


――◇――◇――◇――◇――◇―



 ユーリィは物心がつく頃から、その場所にいた。


 ガリオン帝国の領域内にある、窓のないコンクリートの建物。いつも淀んだ空気に満たされて、狭い室内に多くの子供たちがいるものだから、息をするのも苦しかった。

 彼らは皆、自分と同じように共和国から攫われてきた子供たちだと、後になってから知ることになる。


 戦争の長期化。

 それは、帝国側にとっても大きな誤算だった。

 短期決戦が見込まれた共和国との戦いが、激化の一途を辿っていくなかで、帝国もまた国力を疲弊させていた。


 兵士たちの戦意の低下。

 国民感情の反発。

 人々の生活にさえ支障が出始め、帝国軍の上層部も焦り始めていた。このまま戦争が長引けば、帝国も共和国と一緒に共倒れをしてしまう。戦争にかかる莫大な費用を、同盟国に借金をしている時点で、これ以上の長期化は許されなかった。


 短期解決が必要だった。

 例え、どんな卑劣な手を使おうとも。

 人権を無視した非道な作戦がいくつも考えられた。毒薬や毒ガスの使用、人為的な感染症の発生、捕虜の腹に爆薬を詰め込んで共和国内で爆発させる、なんてものもあった。


 それらの中でも、特に力を注がれたのがスパイの育成だ。

 共和国から子供を連れ去って、スパイとして育てる。この作戦は、戦争初期の頃から行われていた。とある下級将校から提示された案だが、当時は人道に反するとして却下されたはずだった。


 だが、情報部で秘密裏に続けられていたスパイの育成は、難局を迎えていた帝国軍にかつてない光明をもたらすことになった。


 敵国の魔術兵士を殺すために育てられた子供たち。

 戦闘訓練、銃の取り扱い、そして魔法の素質もある。


 何より、死んでも帝国の痛手にならない。

 共和国の人間が、共和国内で死んだところで、帝国はまったく関係ないのだから。その計画を進めていた、当時のザルモゥ大尉・・は作戦の第一人者として帝国の司令部へと招かれる。


 そして、それまで家畜のように扱ってきた子供たちを、一斉に共和国へと解き放ったのだ。


 彼らの目標は、ブラックリストに載っている『登録魔術兵士』たち。一騎当千の強さを持つ彼らの数が減れば、戦線は一気に楽になるはずだ。


 彼らと同時期に育てられたユーリィは、まだコンクリートの建物にいた。

 体が小さく、戦闘や銃の扱いもまともにできなかったからだ。発育が悪いから、他の少女の様に帝国の軍人に食べられる・・・・・ことはなかったが。


 また『不幸体質』という彼女の性質が、さらに悪いほうへと運ばせていた。連れてこられた子供たちにも虐められ、何度も自殺することを考えた。


 生きていても仕方ない。

 早く死んで楽になりたい。

 その場所で味方のいない彼女は、年を追うごとに心が空っぽになっていった。感情は死んでしまい、誰もいなくても微笑みを浮かべている。そんな日々が続いた。


 ユーリィがその場所から出た時には、戦争は末期を迎えていた。


 その頃には、彼女より優秀な人間がいなくなっていた。共和国に放たれた彼らが、どこでどういう活動を行っていたか。たぶん、全員死んだのだろう。そんなことを当時の彼女は漠然と考えていた。


 それから軍用トラックに乗せられて、帝国と共和国の国境線へと放り投げられる。言われた命令は、ただ一つ。『……ホワイトフェザーを殺せ』。それだけだった。


「……共和国との国境を越えて、人のいる街についた頃には戦争が終わっていたんだよね。あれから、二年が経ったけど。本当に何にもない、空っぽの人生だったなぁ」


 生まれ変わったら木になりたい。

 校庭に佇む広葉樹を見ながら、ユーリィは心から願う。

 大きくなくていい。立派でなくてもいい。太陽の当たる場所で、穏やかな時間を過ごしたい。季節に変わり目には、葉っぱを色づかせて、たまに人が見上げてくれるのなら。それ以上は何もいらない。

 私はもう、何も望まない。


「おいっ、さっさと歩けよ!」


「あの帝国野郎には、夜までに連れていけといわれているんだ!」


 物思いに更けているユーリィを見て、彼らが苛立ち始める。

 そして、彼女の黒い髪を掴むと、乱暴に引っ張ったのだ。


「痛っ!」


「おらっ! 早くしろっ!」


 ユーリィは涙が出そうになるのを耐えながら、それでも笑みを浮かべる。

 昔から染みついていた、偽りの笑顔だった。


「……はい、わかりました」


 髪と腕を掴まれたまま、彼女は学園の外へと連れていかれる。


 学園の校門には、演習などで使用する軍用トラックがあった。彼らはその車内にユーリィ押し込めると、郊外に向けてへと走りだす。


「へへっ、上手くいったな」


「なぁ、夜まで時間があるし。ちょっと遊んでやろうぜ」


「いいな。久しぶりの女だぜ」


 そんな男達の会話さえ、ユーリィは興味を持てなかった。黙ったまま、静かに窓の景色を見つめている。

 偽りの笑みを浮かべながら。


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