第20話 「空間転移魔法(ディメンション・ムーブメント)」
その音に気がついたのは、必然だったのかもしれない。
屋内での戦闘では、目に見えない場所からの攻撃を警戒する。
特に上からの奇襲だ。壁越しや、下からの攻撃は対応しやすいが、緊張状態では上からの警戒を疎かになってしまう。シローも過去に、屋根からの奇襲で痛い目を見ている。
その経験もあって、常に上への注意を怠らない。
例え、二階までしかない美術館の廊下であってもだ。
「……っ!」
シローはユーリィの手を掴むと、強引にこちらへ引き寄せた。
何の音かはわからない。
だが、確実に。
屋上に誰かいる!
「し、シローさん!?」
「伏せろ!」
彼女を庇うように抱きしめる。
それと同時に、廊下の天井で爆発が起きた。美術館を爆風が駆け抜けて、小さな瓦礫の破片が雨のように降り注ぐ。
「ぐっ! ……くそっ!」
シローが激しい耳鳴りに悪態をつきながら、爆発が起きる瞬間のことを思い浮かべる。
廊下の天井に描かれた、円形の幾何学模様。
間違いない、あれは。
……魔法陣だ。
「ユーリィ! 敵が来るぞ!」
それまで弛緩していた時間とは一転して、すぐさま臨戦態勢を整える。
廊下の壁を背にしながら、その場に膝を着く。
その間に、狙撃銃のボルトハンドルを跳ね上げて、手前に思いっきり引く。薬室から空薬莢が飛び出して、瓦礫が散らばる廊下へと落ちていった。
その時だった。
天井にできた穴から、一人の男が飛び降りてきたのだ。
その手には、帝国製の小型のサブマシンガンが握られている。敵チームの《普通歩兵科》であった。
「こちらB。敵を発見。これより戦闘を開始する」
男はシローたちを確認すると、迷うことなく銃口を向ける。
シローも応戦しようと構えようとするが、まだ次弾を装填できていなかった。接近戦に持ち込まれた狙撃手は不利である、という自分の言葉を嫌でも思い出してしまう。
「ちっ!」
決断は早かった。
シローは迎撃が間に合わないと判断すると、敵が引き金を引くよりも早く、その場から離れることを決めた。ユーリィの手を握りしめて、美術品が展示してある部屋へと飛び込んだのだ。
「シローさ―」
バララララッ!
彼女が呼ぶ声は、敵の斉射音にかき消されてしまう。
引き金を引き続けるだけで、毎分600発の銃弾をまき散らすサブマシンガンは、屋内などで瞬間的な火力を出すために作られている。
接近戦で、しかもスナイパーライフルでは相手が悪い。
「ユーリィ、大丈夫か」
「は、はい。私は大丈夫で―」
銃を離さないように、しっかりと抱いていた彼女が、シローのことを見上げる。
その時、彼女は気づいた。
彼が苦痛に顔を歪めていることに。
「う、撃たれたのですか!?」
「……いや、大丈夫だ」
シローは彼女の手を離すと、左わき腹に手を当てた。
だが、すぐに両手でスナイパーライフルを握りしめる。ボルトハンドルを押し戻して、次弾を装填。床に膝をついた状態で、部屋の出入り口に狙いを定める。
ランク戦で使用される銃弾は、致命傷にならないように設計されている。気絶するようなことはあっても、死ぬわけではない。それはランク戦に参加していれば誰でも知っていることだ。
それなのに、なぜか。
ユーリィは激しく動揺していた。
「い、痛むんですか!? すぐに手当てをしないと!」
血の気がなくなったような青い顔。
声も震えていて、その瞳も揺れている。
「……大丈夫だ。問題ない」
そんな彼女を声で制すると、シローは意識を部屋の入り口に向ける。
いつ追撃があってもおかしくないからだ。
激しい痛みに耐えながら、射撃体勢を整えるシロー。だが、そんな彼にユーリィは焦っているような声をかける。
「に、逃げないと! 一緒に逃げましょう!」
ユーリィの声が響き渡る。
まるで、戦場で大切な人が死にかけているような声は、彼らを呼び込むのに十分だった。
ダダッ、と大きな足音を鳴らして、一人の男が部屋に飛び込んできた。その男は肩を負傷しているのか、大きな銃を片手で持っている。
「くっ!」
すぐさま、シローは銃を構える。
そして、引き金を引いた。
ダンッ、と乾いた銃声が響く。放たれた銃弾は、寸分の狂いもなく敵の心臓へと向かっていき、あと数センチのところまで迫っていた。
……だが、外れた。
……男は姿は、忽然と消えていたのだ
「っ!」
シローは、目の前で起きたことに、ただ愕然としていた。
男は撃たれる瞬間、足元に魔法陣を展開させていた。あれは『空間転移魔法』。敵チームのリーダーが使える、瞬間移動の魔法だ。
あの魔法で、緊急回避をしたというのか。
つまり、今の男は。
廊下の天井から降りてきた男とは、別人だ。
「しまった! 罠だ!」
シローが状況を把握した、その瞬間。本命と言わんばかりに、サブマシンガンを持った男が突入してきた。
その銃口は、ユーリィへと向けられている。




