第19話 「だから、俺は」
「ユーリィ。その場所から敵に狙撃できるか?」
「—―はい、できます!」
彼女の声は自信に溢れていた。
「よし、わかった。俺が敵の注意を引くから、合図をしたら敵を撃て」
「—―はい!」
シローは無線を切って、廊下の一番奥にいる彼女へと手を上げる。
すると、ユーリィは嬉しそうに手を大きく振った。
その様子は、子犬が楽しそうに尻尾を振っている姿と被ってしまう。素直だし、頭を撫でると喜ぶし、隙を見せるとくっつきたがるし。その想像はあながち間違っていないと思う。
……じゃあ、俺はその子犬の飼い主か?
そういえば、最近は同じベッドで寝ていても驚かなくなったな。むしろ、一緒にいてくれたほうが安心する。目が覚めると、彼女が同じ布団にいて、甘えるようにすり寄ってくるのだ。その時のことを思い出すだけで、頬が緩んでしまいそうになる。
「……っ。おいおい、今はランク戦の最中だぞ」
シローは頭を振って、余計な考えを追い出す。
集中しなければ、と銃を抱えて壁に寄りかかる。
深く息を吸って、ゆっくりと吐く。
ゼノが敵を引きつけている、このタイミングを逃してはいけない。敵は居場所がばれないように偽装をしている上に、体のほとんどを瓦礫で隠している。うまく誘い出さないと狙撃は難しい。
「よし、やるか」
集中力を高めて、神経を研ぎ澄ませる。
シローは素早く窓枠に近づいて、その割れた窓ガラスから銃の先だけを出す。
覗き込んだ望遠スコープの中心には、敵の姿が映っている。先ほどと同じ姿勢で、ゼノが出てくるのを待ち構えているようだった。
このままヘッドショットを狙うことはできる。
だが、外れてしまった時のことを考えると無理はできない。狙撃手を一度見失ってしまうと、どこから狙われるかわからないからだ。ここで確実に倒しておかないといけない。
そのためにシローが行ったことは、わざと自分の位置を敵に知らせることだった。
「よっと」
パリンッ、と窓ガラスを割る。
それほど大きな音ではなかったが、問題なく敵の注意を引くことができた。それまでゼノに意識を集中させていた敵が、慌ててこちらを向いたのだ。
「いいぞ。俺はここにいるんだ」
それからタイミングを見計らって、引き金を引く。
ただし、当たらないように注意を払う。敵を誘い出すために必要なことは、こちらを脅威と感じさせないことだ。
シローが放った銃弾は、狙った通りの場所へと着弾する。
そして、予想した通り。
敵の狙撃手も、こちらへ銃を向けた。
「さぁ、もっと身を乗り出せよ。お前の獲物は、弾の装填に手間取っているみたいだぜ」
わざと姿を見せたまま、慌てている素振りを見せる。
この瞬間に撃たれたら作戦失敗だが、そこはユーリィを信頼するしかない。
望遠スコープを覗いている狙撃手は、視界や意識を狭めてしまう傾向にある。標的が隙を見せている時なんかは、他の誰かに撃たれるかもしれないという考えができないほどに。
彼女がその死角を突く。
「……撃て、ユーリィ」
「—―っ!」
通信越しに彼女の息遣いが聞こえた。
その次の瞬間。
銃声が一回だけ響いた。
シローは自分が撃たれていないことから、ユーリィの狙撃が成功したことを確信する。
「—―やりました」
「了解」
シローは素早く身を屈めると、他の敵にバレないようにその場所を観察する。
瓦礫の上に崩れている男が一人いた。
その手には、まだスナイパーライフルが握られているが、動き出す様子はない。ランク戦では、死んだふりは禁止されているので、間違いなく敵の排除に成功していた。
本当に、たいした腕の持ち主だ。
「よくやったな。あとの敵は二人だ」
「—―はい」
そう言うと、ユーリィは廊下の端から駆け寄ってきた。
そして、満面の笑みを浮かべたまま、こちらを見上げてくる。褒めてほしい、と顔に書いてあるのがわかった。
「あー、わかったよ。偉い偉い」
「えへへ」
シローが優しい手つきで頭を撫でてやると、彼女は幸せそうに表情を崩す。
この前のような上辺だけの笑顔ではなく、心から喜んでいるような微笑み。それを見ているだけで、シローもほっと安心できる。
……ユーリィを取り巻く、不穏な空気。
……彼女が本当は何者なのか、わからなくなる時もあるが。それでも、この笑顔は守りたいと、そう思っていた。
……この先に、何が待っているのかも知らずにー




