第16話 「近距離狙撃」
そんなシローの宣言に、ゼノが不敵な笑みを浮かべる。
「へっ、どういう風の吹きまわしだ? まさか、この戦いを見ている帝国軍人様に、良いところを見せようってわけじゃないよな」
「そんなわけないだろう。久しぶりに走りたくなっただけさ」
シローは銃をおもむろに持ち上げると、天気を気にするように割れた窓から空を見上げる。
どうやら、雨の心配はいらないらしい。
「市街地での戦いでは、お前の戦場での嗅覚だけが頼りだ。頼りにしてるぞ」
「おうよ、任せな!」
にやり、とゼノが獰猛に笑う。
「悪いが、お前のお守りまではできないぜ。自分の身くらいは自分で守れよ」
「当たり前だ」
視線を合わせることもなく、シローが簡潔に答えた。
それだけだった。
どういうルートで進み、どこやって敵を倒すのか。そういったことは具体的なことは何一つとして話さない。
否、話す必要がなかったのだ。
シローとゼノが組んで戦場を駆けることは、これが初めてではない。これまで、何度と繰り返してきたことだった。
二年前に終わった戦争で、最前線で驚異の生存確率を叩き出していたゼノに、狙撃手であるシローも一緒に行動することが多かった。銃弾や砲撃の嵐でも、ゼノの鍛えられた嗅覚は安全なルートを見つけだす。
当時は憎み合っていた二人だが、お互いにその実力だけは信頼していた。
――◇――◇――◇――◇――◇―
パンッという破裂音と共に、曇り空に白い煙が昇っていく。
ランク戦の開始の合図だ。
それと同時に、シローとゼノは待機場所であった民家から飛び出した。ユーリィとミリアには、それぞれ合流ポイントに移動するように言ってある。不測の事態になったときは、すぐさま彼女たちと落ち合うことになっていた。
「遅れるなよ、シロ!」
「うるさい、黙って走れっ!」
ゼノの走る速度がぐんぐん上がっていき、それに追いつこうとシローもスナイパーライフルを抱えながら地面を蹴り出す。
荒れ果てた石畳。
砲撃によって壊された民家の壁。少し時代遅れの服屋や、放置されている子供のぬいぐるみ。そういった戦争の名残が、今もこの街には色濃く残っている。
この街も、かつては防衛線として機能していたのだろうか、とシローは走りながら思った。
「ははっ、久しぶりだな! こうやって二人で戦場を走るのは! ルザンの街の攻防以来か!?」
「あぁ、そうだな!」
過去の戦争で、激戦区となった街のことを思いだす。
帝国軍の戦車を中心とした機甲師団。共和国の首都へと繋がる重要拠点の防衛に、それこそ地面を覆いつくすほどの装甲車両と戦うことになった。砲弾と瓦礫の破片に、何度も死にそうになったこと。
結局、その街も戦いで廃墟になってしまったが。
「あの時も、ちょうどこんな感じだったよな! 俺が敵を攪乱させて、シロが戦車を破壊していく! どれだけの戦車をブッ壊したんだっけか!?」
そんなこと、いちいち数えているわけがないだろう。
そう答えようとしたが、ゼノの全速力についていくだけで早くも息が切れそうになっていて、返事をすることができなかった。
「……ちっ」
シローは舌打ちしながら、自分の運動不足を呪った。
今回のフィールドは、この廃墟の街の一部だけだ。それほど広くないし、せいぜい1キロメートル四方といったところ。直線距離でいえば、スナイパーライフルの射程圏内に入るほどだ。接敵まで、それほど時間はかからないだろう。
ゼノが獣のように駆けていく後ろを、シローが中腰姿勢で追いかける。
なるべく足音は立てないように、見晴らしのいい場所は避けて、大通りの影になっている端を駆けていく。
そんな時だった。
急にゼノが速度を落として、左手を上げた。
「っ!」
シローも走るのを止めて、少し距離をとった状態でゼノの手を見つめる。
すると、彼は何も言わないまま、細い路地のほうを指さした。
シローには自分以外の気配など感じない。
だが、ゼノにはわかっているのだろう。
この先に、敵がいることを。
「……」
ゼノはハンドサインで合図を送ると、自身はそのまま真っ直ぐ大通りを駆けていく。
シローは静かに頷き、相棒の指さしたほうへと進路をとる。
「……はぁ、はぁ」
わずかに息が荒くなるのを感じながら、手にしたスナイパーライフルを持ち直す。
薄暗い路地を走っていると、少し離れた場所から銃声が響いた。
ちょうど、ゼノが進んでいった方角だ。
……見つけたか。
シローは表情を引き締めて、銃声のした方へと進路を修正する。
直後に、向かっている方向から、バラララッと帝国製ライフルの連射音が鳴り始めた。ゼノも応戦しているのか、その凄まじい音の中から、旧式のライフルと思われる甲高い銃声がした。
そのどれもが、シローの進んでいる先にある。
「はぁ、はぁ!」
やがて、薄暗い路地の出口が見えてきた。
それを見つめながら、シローは荒くなっている息を止めた。そして、その場所に滑り込むような姿勢で、地面に片膝を着いたのだ。
「っ!」
勢いを殺すことなく石畳の上を滑りながら、スナイパーライフルの安全装置を解除する。
銃口を上に向けて、脇と腰でしっかりと支える。
そして、路地の出口が差し掛かった瞬間に、その勢いのままで、うつ伏せになったのだ。
狙撃に最も適しているといわれる伏射態勢。
視界の先には、市街地の大通りが開かれていて、黒い銃口だけが路地から飛び出している。
「……」
バララッ、バララッ、と断続的に聞こえる敵の銃声。
そちらへと銃の先を向けて、息を凝らしながらその瞬間を待つ。
……時間はかからなかった。
ほんの一呼吸だけの間隔。
そのタイミングに、ゼノを追いつめようと回り込んできた敵チームが姿を見せたのだ。
数は、二人だけ。
どちらも帝国製の最新型ライフルを持っていて、ゼノのいる方だけを警戒している。距離は、およそ100メートル。外すような距離ではない。
「っ!」
迷いはなかった。
敵を肉眼で捉えた瞬間、シローは引き金を引いた。
ダンッ、と鋭い銃声が響き渡る。
そのまま銃弾の行き先など見向きもせず、ボルトハンドルを手前に引いて、次弾を装填。視界の端で敵が倒れていくのを確認しながら、次の敵へと狙いを定めた。




