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第9話 「歴史は事実だが真実とは限らない」

――◇――◇――◇――◇――◇―


 オルランド魔法学園の授業は、大きく二つに分かれる

 専攻科目と共通科目だ。


 専攻科目とは、それぞれの専攻科に分かれて行う授業のことだ。《普通歩兵科アサルト》なら集団戦闘について。《狙撃兵科スナイパー》なら狙撃に必要な知識や技術。《衛生兵科メディック》は医学など。その内容は様々だ。


 それに対して、共通科目とは学年全員で受ける授業を指す。


 内容は、地理や歴史といった社会科目。あとは基本的な衛生学など。


 学年全員となると教室には入りきらないので、生徒を大きな講堂に集めて授業を行っている。この授業だけは、ユーリィやゼノと一緒に受けることができた。座る席も決まっていないので、学年が違うミリアを除いた三人は、固まって後ろの席へと座る。


「勝ちましたね、ランク戦」


 隣に座っているユーリィがにこにこ笑う。


「本当に、ゼノさん一人で勝ってしまうのですね。凄いです」


「まぁ、コイツにはこれしか取り柄がないからな」


 シローが頬杖をつきながら、ユーリィとは逆のほうを見た。


 授業が始まって、まだ十分ほど。

 それなのに、ゼノは盛大にいびきをかいて寝ていた。


「……疲れたのでしょうか?」


「いや、ただ単に授業が退屈なだけだろう」


 そういうシローも、気を抜けばあくびが出てしまいそうだった。


 本日の共通科目の授業は、共和国の歴史。

 それも数年前の戦争について、地方から招かれた歴史学の教授が熱く語っていた。


「――であるからして、我が共和国軍の徹底抗戦を前に、帝国軍の侵攻を止めることができ――」


 ……徹底抗戦ねぇ。

 教授が熱弁する内容を、シローは白けた思いで眺めている。


 あの戦争において、そんな耳障りの良いものなんて存在しなかった。共和国軍は崩壊して、政府の重鎮たちは国外に亡命。残された者たちが、それこそ死に物狂いで戦っていた。


 魔術兵士による戦線への一斉蜂起。

 そして、それを組織的にまとめた一部の共和国軍の将校たち。


 食べるものも、飲み水もない、地獄のような最前線で。意識が朦朧となりながらも、機械のように敵を倒し続けた。


 あの死線を生き残った魔術兵士は、いったいどれくらいなのだろうか?


 顔見知りは、ほとんどいなくなった。

 残っているのは、ゼノや。ほんの一握りの戦友たちだけ。


 ……あぁ、本当に。

 ……クソったれな戦争だ。


「ぐおぉぉ~」


 堂々と隣でいびきをかいている友人が羨ましい。


 自分以上の地獄と仲間の死を見てきたはずなのに、こうやって人の目を気にすることなく昼寝をできるなんて。たぶん、人として大切なものも戦場に置き忘れてきたんだろう。


「そこで寝ている生徒っ!」


 突然、教授が大声を上げた。

 怒りで顔を真っ赤にさせて、シローたちのほうを睨みつけている。まさに堪忍袋の緒が切れた、という感じだった。


「神聖な歴史の授業を寝るなんて言語道断! おい、誰か奴を叩き起こせ!」


 あーあ、言わんこっちゃない。


 シローはゼノの肩を揺すりながら、自分は起きていてよかったと安堵する。


「……んあ? なんだ、シロ。もう授業は終わったのか?」


「まだだ。教授はお前の授業態度に気に入らないらしくてな。どうもご立腹のようだ」


「んだよ。そんなことで起こすなよな」


 ボリボリと頭を掻きながら、眠そうな目で教授を見る。


「えーと、すんません。もしかして、いびきがうるさかったっすか? これからは静かに寝るんで、どうぞ授業を続けてください」


 ゼノが面倒くさそうに言うと、くすくすと生徒が笑い出した。


 なんで火に油を注ぐかな、とシローが呆れる。すると案の定、教授がカンカンに怒りだした。


「貴様、真面目に授業を受けろと言っているんだ! そんなに私の授業がつまらんかね!?」


「いやー、先生の授業というよりも、その内容がね―」


 ゼノがいつもの不敵な笑みを浮かべた。


「よくもまぁ、そんなでっち上げた作り話を並べられるなって。お偉いさんが軍の体裁を守ろうと必死になっているのがバレバレでさ。……軍による反抗作戦? 魔術兵士たちの支援? ははっ、そんなもん実際にはなかったよ」


 ゼノが何を言おうとしているのか、シローにはすぐにわかった。


 止めた方がいいだろうか、と思案するが、意味のないことだと割り切ってやめる。

 あの戦争を生き残ったのは、シローとゼノだけじゃない。この学園内でも、そういった『戦場帰り』は何人もいる。事実を都合よく曲げるなんて、そもそも無理なのだ。


「帝国の侵攻を止めたのだって、『力』のある奴がいたからだ。そいつらを差し置いて、自分たちが頑張りました、なんていうのは。ちょっといただけないよな?」


 にやり、とゼノが笑う。


 静まり返る学園の講堂。

 驚いてゼノのことを見つめる生徒も多い。その中でも、当然のことだ、というように憮然としているものもいる。シローも面識のある『戦場帰り』の若き古参兵たちだ。彼らは、だいたい学園ランキングの10番台の位置にいる強者だ。


「……ならば、その人物たちが何と呼ばれているのか、当然知っているのだろうな?」


 怒りを抑え込んだ表情で、教授が問いかける。


 そして、ゼノが答える。


「ははっ、当然! この国を守った英雄たち。その中でも、最高に輝いている一番星!」


 だんっ、と机に足を載せて、天井に人差し指を突き立てた。


「何を隠そう、それこそ俺様のことよ! 俺みたいに、すげー強い奴がいたから、あの戦争は勝てた―、いてっ!」


 突然、ゼノの体がひっくり返った。

 流石に我慢の限界だったのだろう。教授から放たれた万年筆が、見事にゼノに額に突き刺さったのだ。……素晴らしいコントロールだ、と感心する他ない。


「隣の生徒! 代わりに答えなさい!」


 予想もしていないところから火の粉が飛んできた。

 シローとは反対の席にいる生徒は、頑なに下を向いているので、仕方なくシローが答えることにする。


「……帝国軍のブラックリストに載せられた魔術兵士たち『登録魔術兵士』だと思います」


「よし、その通りだ!」


 教授は肩を怒らせながらも、満足そうに頷く。


「……かつての戦争において『登録魔術兵士』も素晴らしい活躍を見せた。特に、戦争の英雄と呼ばれている『ホワイトフェザー』は、一個師団を相手に一人で勝利したという伝説を残すほどだ」


 熱弁は続く。


「この学園にも、そんな『登録魔術兵士』が五人ほど在籍していると聞く。私の授業を真面目に聞いている生徒諸君も、彼らを見習って優秀な人間になってほしい。……そこでひっくり返っている馬鹿みたいにならないことだ!」


 くすくす、と生徒たちから笑い声が漏れる。


 何がそんなにおかしいのか、ちゃんと理解できた人間は果たして何人いるのだろう。少なくとも『戦場帰り』の彼らは、教授の言っていることの矛盾に気づいているはずだ。


「ちなみに、これは余談だが。戦争の終末期には『登録魔術兵士』を暗殺するために、多くのスパイが放たれたそうだ。中には、共和国の子供を連れ去って、スパイとして教育したのちに国内に戻す、といった方法も取られていたらしい」


 ほぅ、それは初耳だ。

 シローは初めて興味の引かれる話題に耳を傾ける。


「彼らがどうなったかは詳しくは知られていない。噂では、必要のなくなったスパイたちを、影で帝国が消しているなんていう話も―」


 頬杖をついたまま、真剣な目で教授を見つける。


 そのため、シローは気がつくことはできなかった。


 隣に座っていたユーリィが、……動揺しながら顔を青くさせていたことに。

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