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第5話 「久しぶりのランク戦」


――◇――◇――◇――◇――◇―


「おい、シロ。なんでそんなに機嫌が悪いんだよ」


「別に悪くない」


 スナイパーライフルにランク戦用の模擬弾を装填しながら、シローはぶっきらぼうに答える。

 帝国の高官、ザルモゥ中佐に学園内を案内してから、数日が経っていた。


 時刻は早朝。

 天候は晴れ。


 シローたちにとって、久しぶりのランク戦である。


 場所は、初勝利を飾った森林地帯。

 あの時とまったく同じ場所ではないが、なだらかな起伏と深い緑で覆われたフィールドだ。


「なぁ、ユーリィ。シロの奴、絶対に機嫌が悪いよな?」


「え、えーと。……どうでしょうね?」


 にこり、と笑いながら、ユーリィが曖昧に返事をする。


 そんなやり取りを、どこか心配そうな目でミリアが見ていた。


「あ、あの、何かあったのですか?」


「それがわからないんだよ。このところ機嫌が悪くてさ。何かあったのか聞いても、別に何もないって言うしよ」


 ゼノが肩をすくめながら、ミリアの問いに答えている。


 二人の会話に耳を傾けながら、シローは準備の終わった狙撃銃『イーグルM24』をユーリィへと手渡した。


「ほら、使え」


「ありがとうございます」


 不機嫌なシローに対しても、彼女は笑みを絶やさない。スナイパーライフルを受け取って、大事そうに抱きしめる。


「……はぁ」


「どうしたんですか、溜息をついて」


 そして、シローへの気遣いも忘れない。

 そこまでされると、自分の機嫌が悪いことにも、おのずと気がついてしまう。あまり気乗りはしないが、話しておくべきだろう。


「いや、実はな。この間、少し嫌なことがあってさ」


「嫌なこと、ですか?」


 ユーリィが首を傾げる。

 その様子を見て、ゼノとミリアが興味深そうにこちらを向いた。


「おいおい、俺やミリアには話せなくても、ユーリィには話せるってのか? そいつはいただけねぇな!?」


「あうあう~、あ、あたしは別に―」


 顔を赤くさせながら首を振っているが、それでも近寄ってくるということは本心では聞きたいんだろう。


 シローは溜息まじりに、数日前にあったことを話していく。


 さすがに全てを話すわけではないが、帝国軍のお偉いさんが来ていたことと、その人物に学園を案内したこと。あと、過去の戦争に並々ならぬ執着を持っていることを明かす。


「そ、そんなことがあったのですね」


 一番、普通の感想を漏らしたのはミリアだった。


 ミリアにとって戦争とは、過去に終わった出来事でしかない。実際に戦地に立っていないのであれば、それが順当な反応だろう。


「……ちっ、帝国の犬が」


 続いて、ゼノが盛大な舌打ちをした。

 彼はシローと同じで、実際に過酷な戦場を生き抜いてきた。そのため、帝国の理屈や選民思想には反吐が出るほど毛嫌いしている。


 シローが言いたくなかったのも、彼がこういった反応をすることがわかっていたからだ。これからランク戦であると考えると、なるべく感情の波を立たせたくはない


 ……と、ここまでは予想通りであった。

 問題があるとすれば、最も関係ないと思っていたユーリィが、驚きに目を見開いていたことだった。もっといえばその表情は、……愕然としたものだった。


「ん? どうした、ユーリィ?」


「……いえ、なんでもありません」


 そう言って、無理やり笑みを作ろうとする。


 いったい、どうしたというのか?

 帝国、という言葉を聞いてから、急に様子がおかしくなったような気がする。


「本当に大丈夫か? もし気分でも悪いのだったら、開始前に離脱していてもいいぞ。今回は、それほど大変な戦いではないし。後は、俺たちに任せておけばいい」


「い、いえ、やります」


「だが―」


「やらせてください!」


 ユーリィがいつもよりちょっと大きな声を出していた。

 その目には、真剣な想いだけが映されている。


「私は、シローさんや学園長さんに拾われたようなものです。それなのに何の役に立てないなんて、……耐えられません」


 悲痛、といった言葉がよく似合う。


 それほどまでに、ユーリィの願いは真摯なものだった。


 だから、シローもそれ以上は何も言わない。

 代わりに彼女の身を案じるように、優しく声をかける。


「わかった。だが、辛くなったらすぐに言うんだぞ」


「はい!」


 にこり、とユーリィが笑った。

 いつもと同じ幸せそうな笑みで。



――◇――◇――◇――◇――◇―



「それじゃ、作戦の確認をするぞ」


 シローは他のチームメイトを見ながら声をかける。


「周りを見てもらえればわかるが、今回のフィールドは森林地帯だ。森林というのは思いのほか厄介だ。木や葉っぱで遠くは見えないのに、弾だけは真っ直ぐに飛ぶ。……つまり、視界が悪いのに銃弾は通るという、とてもアンバランスな場所だ」


 シローの説明に、ユーリィとミリアが真剣な表情を聞いている。


 ゼノといえば、退屈そうに欠伸をしていた。ちょっと活でも入れたい気がするが、この手の戦闘はゼノのほうが得意分野としている。まぁ、一緒に聞いているだけでも良しとしよう。


「視界が悪く、射線は通らない。これはどういうことかわかるか、ユーリィ?」


「えっと、……狙撃に不利、とかですか?」


 正解、というようにシローは頷く。


「そうだ。高所に陣取っても、樹木で相手がどこにいるのか見えない。また、低い場所にいても木の幹が邪魔で遠くまでは狙えない。スナイパー泣かせのフィールドだな」


 ちらりとゼノのほうを見てから、シローは続ける。


「なので、今回はゼノとミリアに頑張ってもらう。……特に、ゼノ。今回のランク戦は、全部お前にかかっているぞ?」


「へいへい、わかっているって」


 旧式のライフルを担ぎながら、ゼノが手を振る。


 若干、肩の力が抜けすぎている気がするが、この男はこれくらいのほうがいいかもしれない。緊張でガチガチに固まってしまっているミリアも、少しは見習えばいいのに。


「はい、シローさん。質問があります」


「なんだ?」


 律儀に手を上げているユーリィに顔を向ける。


「私たちは何をすればいいんですか?」


「実にいい質問だ」


 うむ、と大仰に答える。


「俺たちスナイパーは、不測の事態が起こるまで即応待機だ」


「えっと、つまり?」


 きょとんと首をかしげると、シローが真面目な顔で言い放つ。


「ぶっちゃけ、俺たちの出番はない! 水筒に紅茶を持ってきたから、あとでお茶にしよう!」


「……は?」


 ユーリィが間の抜けたような表情を浮かべる。


 それから数秒後、ようやく理解が追いついたようで、信じられないと言わんばかりに大声を上げた。


「い、いいんですか、そんなことで!?」


 そんな彼女に、シローはどこまでも真剣だ。


「いいんだよ。視界が開ける場所があればよかったんだが、こんな鬱蒼とした密林では何もできない。ゼノの邪魔になるだけだ」


「ゼノさんの?」


「あぁ。これでも、こいつは《普通歩兵科アサルト》の学年主席だからな。下手な相手には遅れは取らないさ」


 シローが言い終わると同時に、ゼノが不敵な笑みを浮かべる。


「それは、この俺に期待しているってことか? まぁ、ここは俺好みのフィールドだしな」


 生い茂る森林地帯を眺めながら、ゼノが自信を漲らせる。


「ミリア。ランク戦開始と同時に、相手チームが隠れていそうな場所に一斉砲撃してくれ。あとは、……シローたちと一緒に茶でも飲んでいろ」


 にやり、と凶悪な笑みを浮かべた。


「あの戦場を駆け抜けた突撃歩兵の力を、とくと見せてやるぜ」



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