第2話 「ユーリィと秘密のこと」
ユーリィはシローを送り出してから、しばらくの間。その場所を動かなかった。
それから数分ほどして、ようやく動いたと思ったら、黙って部屋の扉に耳をつけていたのだ。
意識を集中させて、聴覚を研ぎ澄ませる。
もし、彼が戻ってきてしまったら、全てが終わりだ。
注意深く、廊下の音に耳をすませる。
休日ということもあって、それなりに生徒の行き来がある。だが、彼が帰ってくる気配はなかった。
「……っ」
ユーリィは部屋の外の安全を確保すると、次に両隣の壁に耳をすませる。
隣の生徒との交流などないが、警戒しておくに越したことはない。物音もしないことから、もしかしたら空き部屋かもしれない、という疑念すら持っていた。
「……大丈夫。問題ない」
両隣の部屋に、人の気配ないことを確認。
さらに、もう一度。
部屋の扉の前で耳をすませる。鍵がかかっているとはいえ、不測の事態に誰かが入ってくることも考えられる。
……警戒は必要だ。
……これから自分が行うことを考えるなら。
ユーリィは全神経を集中させて、状況の安全を確認していく。突然の来訪者に、両隣の部屋。窓には薄くカーテンを閉めて、外からの警戒も怠らない。
それから数分後。
シローが急に帰ってこないことを確信すると、とうとう彼女は行動に移した。
「……ふふっ。……これで問題はなくなりましたね」
どこか陰のある表情を浮かべながら、シローの部屋を見渡していく。
家具や小物の少ない殺風景な部屋だ。
あるのは、机とイス。服を入れるクローゼットに、いつも一緒に寝ている二段ベッド。例のブツがある場所なんて、もはや一つしかない。
「……ふふっ、あはは。……あぁ、ようやく。アレを手にすることができる」
ユーリィは人前では絶対に見せないような妖しい笑みを浮かべると、迷うことなく行動を開始した。
どこにあるかなんて一目瞭然だ、と言わんばかりに、ユーリィはクローゼットの前に立つ。そして、恐る恐る手を伸ばしていく。
……緊張が走る。
この瞬間に、シローが帰ってきたら、もはや言い逃れできない。
聴覚だけは部屋の外に向けて、ゆっくりとクローゼットを開けていく。
「……っ」
そこにあったのは、ハンガーにかけられたシローの服と、わずかばかりのユーリィの私服。この間、学園都市アグリスで買ってきてから、まだ一度も袖を通していない。
しかし、彼女は自分の服など見向きもせず、クローゼットの中を漁っていく。そして、目当てのものを見つると、震える手でそれを手元に引き寄せた。
「……こ、これが」
ユーリィは自分の両手にあるものを見て、静かに身震いをさせた。
彼女の手にしているもの。
それは、……シローの学生服であった。
学園生活で毎日のように着ている制服。今日は休日ということもあり、彼はトレーニングウェアを身に着けている。
つまり、この学生服を自由にできるのは、今日限りなのだ。
……ごくり、と生唾を飲み込む。
そして、制服の上着ををハンガーから取ると、自分の前に広げてみる。やっぱり大きいなぁ、と素直な感想が沸いてきた。
……と、その時だった。
突然。
ぎゅっと、ユーリィが制服の上着を抱きしめたのだ。
「……すぅぅ、はぁぁ。……すぅぅ、はぁぁ」
そして、顔を埋めては思いっきり息を吸って、盛大に溜息をもらす。
その時の、彼女の表情は。
何かに満たされたような、満面の笑みを咲かしていた。
「えへへ、シローさんの匂いだぁ♪」
にこにこ笑いながら、シローの制服を抱きしめる。
幸せな気分だった。
彼に抱き着いている心地がした。
本当は、彼に抱きしめてもらいたい。頭を撫でてもらいたい。ずっと一緒にいたい。だけど、それは叶わないので制服で我慢する。
「あ、でも。これはこれで良いかも」
嬉しそうに頬を紅潮させている。
今にも小躍りでもしてしまいそうなほど、彼女は舞い上がっていた。そして実際に、ぴょんぴょんとその場で跳ねていた。
それからというもの、彼女の行為はどんどんエスカレートしていった。
シローの制服を抱きしめたまま、彼のベッドへと飛び込んだのだ。
そして、そのままゴロゴロと転がる。
くねくねと体をよじらせる。
服に頬擦りをする。
「はぁ~、私は幸せ者です」
恍惚とした笑みを浮かべながら、彼の制服を堪能していく。
「あー、シローさん包まれている気がします。……すんすん。ちょっと汗の匂いがしますけど、嫌いじゃないですよ。……えへへ、なんちゃって」
この場にはいない彼へ声をかけながら、ユーリィは静かに悶絶する。
ちなみに、この彼女の痴態は二時間ほど続いたのだった。




