第1話 「戦争と、登録魔術兵士」
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オルランド共和国は帝国との戦争で、滅亡の危機に瀕していた。
数年前、帝国からの宣戦布告によって開戦された戦争は、瞬く間に戦火を拡大していった。両国の国境線であるアルフ山地やルゼア河に軍隊が集結し、互いの最大戦力を投入する全面戦争となったのだ。
だが、戦いの情勢は明らかだった。
ガリオン帝国が保有する兵器。高性能の銃や大砲、そして戦車。そういった最新鋭の武器を持つ帝国軍に敵はいない。周辺諸国の五年から十年先の技術を持っており、その軍国主義の下、圧倒的な戦力を確保していた。
それに対して、オルランド共和国が最も大事にしていたのは、古くからの伝統。
銃のひとつをとってみても、職人の手作りが良いとされて、新しい技術には見向きもしなかった。国境線に配備された軍でさえ、持たされたのは旧式のライフルのみ。伝統を守っていれば戦争に勝てると、本気で信じていたのだ。
故に、それは必然だった。
開戦からわずか十日もしないうちに、共和国の防衛線は崩壊。帝国軍がなだれ込むように侵略を開始した。共和国の主要施設を占領し、反撃をする機会すら奪われた。
戦争は、帝国の勝利で終わる。
誰もがそう思った。
だが、違った。
帝国の侵攻は、ある時を境に止まってしまう。
それまでの勢いが嘘のように、その場から進むことができず、野営地で立ち往生するか、あるいは局地的に撤退する動きまで見せていたのだ。共和国軍が崩壊した今、帝国の最新鋭の軍隊を押し返せる存在などいない。それなのに、確かに帝国軍と戦っているものがいた。
その報告に、初めは帝国も信じようとしなかった。
共和国側でさえ耳を疑った。オルランド共和国の伝統である『魔法』の存在。古くから魔法の素質を持つものが多い共和国だったが、その力を戦いに使おうとは思っていなかった。しかし、国の滅亡を前にして、彼らは立ち上がった。
共和国の魔術兵士。魔法の杖を銃に持ち替えて、彼らは戦場へと駆けていく。
その中でも、ひと際。
戦果を輝かせる者たちがいた。
帝国の侵攻を防ぎ、そして撤退させるほどの力を持った者たち。
彼らの存在に危機感を持った帝国軍は、『戦場での要注意人物』を作り、個別にコールサインを登録した。
そして、帝国軍史で最も屈辱的な命令を敷くことになる。いわく、リストに載っているものと交戦した場合、前進することを諦めて撤退すること。
『登録魔術兵士』と呼ばれた彼らの力は、それだけ圧倒的なものであった。
国境のアルフ山地を自由に飛び回る、空からの襲撃者。
不死身の体を持つ突撃歩兵。
銃声の聞こえない、無音の暗殺者。
絶大な力を持つ彼らだったが、その中でも異彩を放つ者がいた。どんなに遠くからでも確実に狙いを撃ち抜き、味方の窮地を何度も救ってきた英雄。軍隊すら壊滅させたという伝説を持つ。
誰もその姿を見たことはなく、正体すら掴めない謎の狙撃手。戦場の影に隠れ、ひっそりと息を殺している。そこから帝国につけられた名前は、……臆病者のチキン野郎。
『臆病者のホワイトフェザー』
帝国軍は、その正体を掴むことに躍起になる。だが、すでに戦争は終わりに近づいていた。
やがて帝国側から提示された和平案によって、長く続いた戦争は終わった。
臆病者の正体を掴めないまま―
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「じゃあ、行ってくる」
「はい。いってらっしゃい」
オルランド魔法学園の男子寮の一室で、無気力な目をした男が、小柄な黒髪の少女に声をかける。
少女は嬉しそうに笑みを浮かべると、彼を見送るために扉の前にまで歩いてきた。
休日の魔法学園。
いつもなら趣味の読書にふけこむか、鍛錬のために学園の射撃場に通うか、最近では同居人と一緒に買い物に行くか。そんな日々を過ごしてきた部屋の主であるシロー・スナイベルであったが、今日だけは別の用事があった。
魔法学園の学園長に呼び出しを受けていたのだ。
休日であるにも関わらずに、だ。
ぶつくさと文句を垂れているシローに、周囲には秘密にしてある同居人のユーリィ・ミカゲが、微笑みながら窘める。
彼女にしてみれば、学園長は文字通りの恩人であり、目上の人には礼儀正しくあるべきという真っ当な考えを持っていた。もちろん、シローも学園長に呼び出しを受けたのなら行くしかないのだが、それは本心とは別である。
シローは頭の中で考えていた、二人で買い物に行く(デートではない、と本人は思っている)プランを、ぐしゃぐしゃに丸めて脳内ゴミ箱に捨てると、仕方ないと言わんばかりに扉に手をかけた。
「遅くなりそうですか?」
「どうだろうな? 学園長の考えていることは、よくわからないからな」
ユーリィの問いに、シローは正直に答える。
「まぁ、終わったらすぐに帰ってくるさ。ユーリィも好きに過ごしたらいい。……だけど、あまり人目のつくことはするなよ。いくら女子は男子寮に入ってもいいという規則でも、いらぬ噂は立てたくない」
「はい、わかりました」
にこり、とユーリィが笑う。
「私も、お洗濯とお掃除が終わったら、学園へ遊びに行こうと思っています。まだ、図書室や温室には足を運んでいないので」
魔法学園は中世の古城を改装したものである。帝国との戦争中では、前線基地として機能していたらしいが、今では学生たちの学び舎だ。図書室などの娯楽施設もたくさんある。
「わかった。……あ、制服のボタンが取れかかっていたから、暇だったら直しておいてくれ」
「はい」
彼女は嬉しそうに返事をしながら、シローのために扉を開ける。
「晩御飯は、一緒に食べましょうね」
「……あぁ」
こちらを見上げながら小さく手を振っている。
その姿はまさに、幼い若妻そのもの。小柄な彼女にあって、その様子がとても似合っていた。
……絶対に、真っ直ぐ帰ろう!
シローは表情に出ないように細心の注意を払いながら、心の中で決意する。
そのまま曇りなき眼で、学園への道のりを踏み出した。
だが、彼は知らなかった。
自室に残していった少女が、どんな行為に及んでいたのか。
「……ふふっ。ようやく一人になれましたね」
ユーリィが、何かを企んでいるような、陰のある笑みを浮かべていたのだ。




