最終話 「この時間が、いつまでも続けばいいのに」
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これは保健室の教官から聞いたことなんだが、とゼノが前置きをした。
「学園都市での話だ。ユーリィの奴、確かあのギムガとかいう不良とやりあったんだってな?」
「あぁ、そうだ」
「その時に、脇腹を蹴られて、重傷を負ったとか?」
「あぁ」
シローは頷く。
だが、そんな友人を見て、ゼノは何か考え込むように口に手を当てた。
「……シロ。保健室の教官が言うには、ユーリィの体にはほとんど傷がなかったらしいぜ?」
「なに?」
ゼノの言っていることが、すぐには理解できなかった。
「お前が言うには、ユーリィは肋骨を折るほどの蹴りを受けて、右足を踏み砕かれたらしいな。だが、実際にはそんな外傷は見られない。打撲と捻挫だけで、他には何の異常もなかったらしい。よほど上手い受け方をしたんだろう、って教官が舌を巻いていたぜ」
足の捻挫がなければ保健室を追い出されるくらいだ、とゼノは付け加える。
そんな相棒の言葉に、シローは例えようのない不安を感じていた。
「なぁ、ユーリィが護身術や軍隊格闘、……自分へのダメージを最小限にするような技術に精通している、なんて話はないよな?」
「……たぶん、ない」
シローは自信なさげに答えた。
「あの子の出身は?」
「それが何の関係がある?」
「いいから、答えろって」
ゼノは真剣だ。
故に、シローもありのままを話す。
「……国境近くの孤児院だ。戦争で身寄りを失くしていたところを、グラン大佐が拾ってきた」
「どこの国境だ?」
答えるまでもない質問だ。
近年において共和国が戦争をしていた相手など、この大陸で一つしかないのだがら。
「……ガリオン帝国だよ」
答えながらも、シローは顔をしかめて視線をそらした。
その表情には、何か焦りのようなものが見えていた。
「そうか」
ゼノは静かに頷く。
この男が頭を働かせると、ろくなことがないな、とシローは胸の中で毒づく。
それと同時に自分が見たものが、何かの見間違いではなかった、と改めて思い知らされてしまう。
ユーリィがギムガと対峙していたときのことだ。
シローが追いつくまでに見せていた彼女の動きは、普通ではなかった。体格の良い男たちを相手取って、見事な立ち回りを見せていた。
……あれは、特別な訓練を受けている人間の動きだった。
……それもオルランド共和国ではない、どこか違う国の。
シローが次の言葉に迷っていると、ゼノのほうから口を開いた。
その口調は、今までとは違う明るいものだった。
「まっ、いいか」
「は?」
「ユーリィの過去に何があったとしても、今のあいつには関係ない。そうだろう?」
同意を求めてくる友人に、シローはぎこちなく頷く。
「あぁ、そうだな」
「だろ。だったら、そんなことを考えても仕方ねぇ。ユーリィとミリアが復活したら、次のランク戦のことでも考えようぜ」
じゃあな、と言ってゼノが去っていく。
軽い男だ、とよく言われているが、奴はそんなことはない。こういったことを追求しない辺りが、深い思慮を窺わせている。ゼノ自身も、問題が大きくならないことを望んでいるのかもしれない。
――◇――◇――◇――◇――◇―
「どうしました、シローさん?」
ユーリィの声に、シローは現実に引き戻された。
いつの間にか、手が止まっていたらしい。
もっと撫でてほしい、と言わんばかりに、ユーリィが上目遣いで訴えている。
「あぁ、なんでもない」
「考え事ですか?」
「……そうじゃないよ」
心配かけまいと、柔らかい口調で返す。
右足に巻かれた包帯。それ以外には、どこも怪我をしていないようだ。ほっ、と安心したいところだが、ゼノが言っていたことが頭を過ぎってしまう。
それでも、シローは目を細めながら、彼女の頭を撫で続ける。
ユーリィも身を委ねるように、警戒することもなく目を閉じている。幸せそうな笑みを浮かべて。
「……ユーリィは可愛いな」
「ふえっ!? きゅ、急になんですか!?」
思わず口から零れてしまった思いに、ユーリィの頬が赤く染まる。
「あー、悪い。……ついな」
「そ、そうですか」
恥ずかしそうに視線をきょろきょろさせながら、その言葉の意味を考えている。
そして、意を決したように、シローのほうへと顔を上げた。
「あ、あの! もし、シローさんがよかったら! わ、私のことを、お、お嫁さんにしてくれてもいいんですよ!」
「え?」
「あっ、その、ご、ごめんなさい! 何を言っているんだろう、私!?」
恋する乙女のように恥じらいながら、潤んだ瞳を下に向ける。
出会った頃は、愛想笑いだけだったのに。
今では、こんなにもいろんな表情を見せてくれる。
それだけでも、シローは嬉しかった。
ユーリィに会えて、良かったと思えた。
「何を言っているんだよ、熱でもあるのか?」
「そ、そうかもしれませんね。……えへへ」
彼女の恥ずかしがる姿を見下ろしながら、このまま何事もなく、時間が過ぎてくれることを心から願っていた。
……だが、この時にちゃんと考えておくべきだった。
……ユーリィを保護したのが、戦争を起こさないためには何でもする『穏健派』の軍人、オルランド魔法学園の学園長でもあるグラン大佐であることを。
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そして、同日の夕刻に。
学園の片隅で頭を悩ませている男たちがいた。
「……どうする? ランキングが83位まで下がっちまったぜ?」
「……俺、教官から呼び出しも食らっているんだ。きっと、今までのことを聞かれるんだ」
「……なぁ、ギムガ。もう、俺たち―」
「……うるせぇな!」
彼らのリーダーであるギムガが、静かに声を荒らげた。
シローに惨敗して、彼らは学園ランキングを大きく下げてしまっていた。
それにより、これまでの悪事について、学園側から追及されるようになっていた。また、いろんなところから彼らの犯罪まがいの行為が目撃されていて、もはや学園に居場所などなくなっているほどだ。
「……退学になるのかな、俺たち」
「……それだったらいいさ。この学園を退学させられた中には、連絡がとれなくなった奴もいるらしい」
「……それって、消されるってことか!?」
取り巻きたちが不安と焦りを見せる。
そんな彼らを見ながらも、ギムガはパニック寸前にまで追い込まれていた。なんとか、この窮地を脱出する方法はないのか、と考える。
「……くそっ! なんとかならねぇのかよ!?」
不安を紛らわすように吐かれた言葉に、答えるものは誰もいない。
そのはずだった。
「お困りのようですね」
突然、どこからか男の声がした。
驚いた男たちは、慌ててそちらへと振り向いた。
「だ、誰だ!?」
「まぁまぁ、慌てないでください。私は敵ではありません」
ギムガの警戒した様子を見て、男は穏やかな笑みを向ける。
だが、その笑顔はどこか気の許せないものがあった。向けられているのが善意なのか、悪意なのか。それすらも曖昧であった。
男はゆっくりとした足取りで、ギムガの前にまで歩いてくる。
この学園には馴染みのない服装であった。
肩には上級将校である階級章をつけて、胸からは勲章をいくつもぶら下げている。そのどれもが共和国のものではなかった。
男が身に着けているのは、……帝国の軍服であった。
「初めまして。私の名前は、ザルモゥ・クレバドス。ガリオン帝国軍に情報部に所属しているものです。あなた方のランク戦を見学させていただきました。惜しかったですね」
ランク戦の内容からいって、決して惜しいなんてことはなかったが、それでもギムガたちの警戒を解くには十分だった。
「……で? 帝国の軍人様が何の用だよ?」
「ふふっ、担当直入に聞きます。帝国に興味はありませんか?」
「なんだって?」
驚くギムガたちに、ザルモゥが先ほどと同じ笑みを浮かべる。
ぞっと、背筋が冷たくなった。
「あ、あんた。何者だよ」
その男の独特の雰囲気にのまれて、ギムガが問いかける。
ザルモゥは答える。
「いえ、ちょっとだけ過去の戦争に未練がありましてね。このまま平和になっては困るんですよ。……人々は、私たちのことを『過激派』と呼ぶようですが」
にやり、と冷たい笑みを浮かべる。
「もし、私たちを手伝っていただけるのであれば、様々な見返りを用意しましょう。帝国へ好待遇でお迎えしますし、あの男についても教えてあげますよ」
「……あの男?」
ギムガたちが首を傾げる。
すると、ザルモゥが薄く笑った。
「ふふっ、やはりご存知ないようですね。今日のランク戦で戦った男が、いったい何者なのか。あの戦争で何と呼ばれていたのか。それを教えましょう」
その言葉に戸惑っている彼らを見て、ザルモゥは自分の胸の勲章に手をあてる。
「嗚呼、帝国万歳。よもや、使えなくなって捨てた『駒』が、この学園にいるなんて。それも、よりによって『奴』の一番近くにいるとは。……ふふっ、ふふふ」
帝国の軍人であるザルモゥが、不気味な笑みを浮かべる。
西の空には、真っ赤な太陽があった。
どこか不吉な印象のある赤い光が、魔法学園へと降り注いでいる。
『臆病者のホワイトフェザー(下)』に続く……




