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最終話 「この時間が、いつまでも続けばいいのに」

――◇――◇――◇――◇――◇―


 これは保健室の教官から聞いたことなんだが、とゼノが前置きをした。


「学園都市での話だ。ユーリィの奴、確かあのギムガとかいう不良とやりあったんだってな?」


「あぁ、そうだ」


「その時に、脇腹を蹴られて、重傷を負ったとか?」


「あぁ」


 シローは頷く。

 だが、そんな友人を見て、ゼノは何か考え込むように口に手を当てた。


「……シロ。保健室の教官が言うには、ユーリィの体にはほとんど傷がなかったらしいぜ?」


「なに?」


 ゼノの言っていることが、すぐには理解できなかった。


「お前が言うには、ユーリィは肋骨を折るほどの蹴りを受けて、右足を踏み砕かれたらしいな。だが、実際にはそんな外傷は見られない。打撲と捻挫だけで、他には何の異常もなかったらしい。よほど上手い受け方をしたんだろう、って教官が舌を巻いていたぜ」


 足の捻挫がなければ保健室を追い出されるくらいだ、とゼノは付け加える。

 そんな相棒の言葉に、シローは例えようのない不安を感じていた。


「なぁ、ユーリィが護身術や軍隊格闘、……自分へのダメージを最小限にするような技術に精通している、なんて話はないよな?」


「……たぶん、ない」


 シローは自信なさげに答えた。


「あの子の出身は?」


「それが何の関係がある?」


「いいから、答えろって」


 ゼノは真剣だ。

 故に、シローもありのままを話す。


「……国境近くの孤児院だ。戦争で身寄りを失くしていたところを、グラン大佐が拾ってきた」


「どこの国境だ?」


 答えるまでもない質問だ。

 近年において共和国が戦争をしていた相手など、この大陸で一つしかないのだがら。


「……ガリオン帝国だよ」


 答えながらも、シローは顔をしかめて視線をそらした。

 その表情には、何か焦りのようなものが見えていた。


「そうか」


 ゼノは静かに頷く。

 この男が頭を働かせると、ろくなことがないな、とシローは胸の中で毒づく。

 それと同時に自分が見たものが、何かの見間違いではなかった、と改めて思い知らされてしまう。


 ユーリィがギムガと対峙していたときのことだ。

 シローが追いつくまでに見せていた彼女の動きは、普通ではなかった。体格の良い男たちを相手取って、見事な立ち回りを見せていた。


 ……あれは、特別な訓練を受けている人間の動きだった。

 ……それもオルランド共和国ではない、どこか違う国の。


 シローが次の言葉に迷っていると、ゼノのほうから口を開いた。

 その口調は、今までとは違う明るいものだった。


「まっ、いいか」


「は?」


「ユーリィの過去に何があったとしても、今のあいつには関係ない。そうだろう?」


 同意を求めてくる友人に、シローはぎこちなく頷く。


「あぁ、そうだな」


「だろ。だったら、そんなことを考えても仕方ねぇ。ユーリィとミリアが復活したら、次のランク戦のことでも考えようぜ」


 じゃあな、と言ってゼノが去っていく。

 軽い男だ、とよく言われているが、奴はそんなことはない。こういったことを追求しない辺りが、深い思慮を窺わせている。ゼノ自身も、問題が大きくならないことを望んでいるのかもしれない。



――◇――◇――◇――◇――◇―



「どうしました、シローさん?」


 ユーリィの声に、シローは現実に引き戻された。

 いつの間にか、手が止まっていたらしい。

 もっと撫でてほしい、と言わんばかりに、ユーリィが上目遣いで訴えている。


「あぁ、なんでもない」


「考え事ですか?」


「……そうじゃないよ」


 心配かけまいと、柔らかい口調で返す。

 右足に巻かれた包帯。それ以外には、どこも怪我をしていないようだ。ほっ、と安心したいところだが、ゼノが言っていたことが頭を過ぎってしまう。


 それでも、シローは目を細めながら、彼女の頭を撫で続ける。

 ユーリィも身を委ねるように、警戒することもなく目を閉じている。幸せそうな笑みを浮かべて。


「……ユーリィは可愛いな」


「ふえっ!? きゅ、急になんですか!?」


 思わず口から零れてしまった思いに、ユーリィの頬が赤く染まる。


「あー、悪い。……ついな」


「そ、そうですか」


 恥ずかしそうに視線をきょろきょろさせながら、その言葉の意味を考えている。

 そして、意を決したように、シローのほうへと顔を上げた。


「あ、あの! もし、シローさんがよかったら! わ、私のことを、お、お嫁さんにしてくれてもいいんですよ!」


「え?」


「あっ、その、ご、ごめんなさい! 何を言っているんだろう、私!?」


 恋する乙女のように恥じらいながら、潤んだ瞳を下に向ける。

 出会った頃は、愛想笑いだけだったのに。


 今では、こんなにもいろんな表情を見せてくれる。

 それだけでも、シローは嬉しかった。

 ユーリィに会えて、良かったと思えた。


「何を言っているんだよ、熱でもあるのか?」


「そ、そうかもしれませんね。……えへへ」


 彼女の恥ずかしがる姿を見下ろしながら、このまま何事もなく、時間が過ぎてくれることを心から願っていた。


 ……だが、この時にちゃんと考えておくべきだった。

 ……ユーリィを保護したのが、戦争を起こさないためには何でもする『穏健派』の軍人、オルランド魔法学園の学園長でもあるグラン大佐であることを。

 


――◇――◇――◇――◇――◇―



 そして、同日の夕刻に。

 学園の片隅で頭を悩ませている男たちがいた。


「……どうする? ランキングが83位まで下がっちまったぜ?」


「……俺、教官から呼び出しも食らっているんだ。きっと、今までのことを聞かれるんだ」


「……なぁ、ギムガ。もう、俺たち―」


「……うるせぇな!」


 彼らのリーダーであるギムガが、静かに声を荒らげた。


 シローに惨敗して、彼らは学園ランキングを大きく下げてしまっていた。

 それにより、これまでの悪事について、学園側から追及されるようになっていた。また、いろんなところから彼らの犯罪まがいの行為が目撃されていて、もはや学園に居場所などなくなっているほどだ。


「……退学になるのかな、俺たち」


「……それだったらいいさ。この学園を退学させられた中には、連絡がとれなくなった奴もいるらしい」


「……それって、消されるってことか!?」


 取り巻きたちが不安と焦りを見せる。

 そんな彼らを見ながらも、ギムガはパニック寸前にまで追い込まれていた。なんとか、この窮地を脱出する方法はないのか、と考える。


「……くそっ! なんとかならねぇのかよ!?」


 不安を紛らわすように吐かれた言葉に、答えるものは誰もいない。

 そのはずだった。


「お困りのようですね」


 突然、どこからか男の声がした。

 驚いた男たちは、慌ててそちらへと振り向いた。


「だ、誰だ!?」


「まぁまぁ、慌てないでください。私は敵ではありません」


 ギムガの警戒した様子を見て、男は穏やかな笑みを向ける。


 だが、その笑顔はどこか気の許せないものがあった。向けられているのが善意なのか、悪意なのか。それすらも曖昧であった。

 男はゆっくりとした足取りで、ギムガの前にまで歩いてくる。


 この学園には馴染みのない服装であった。

 肩には上級将校である階級章をつけて、胸からは勲章をいくつもぶら下げている。そのどれもが共和国のものではなかった。

 男が身に着けているのは、……帝国の軍服であった。


「初めまして。私の名前は、ザルモゥ・クレバドス。ガリオン帝国軍に情報部に所属しているものです。あなた方のランク戦を見学させていただきました。惜しかったですね」


 ランク戦の内容からいって、決して惜しい(・・・)なんてことはなかったが、それでもギムガたちの警戒を解くには十分だった。


「……で? 帝国の軍人様が何の用だよ?」


「ふふっ、担当直入に聞きます。帝国に興味はありませんか?」


「なんだって?」


 驚くギムガたちに、ザルモゥが先ほどと同じ笑みを浮かべる。

 ぞっと、背筋が冷たくなった。


「あ、あんた。何者だよ」


 その男の独特の雰囲気にのまれて、ギムガが問いかける。

 ザルモゥは答える。


「いえ、ちょっとだけ過去の戦争に未練がありましてね。このまま平和になっては困るんですよ。……人々は、私たちのことを『過激派』と呼ぶようですが」


 にやり、と冷たい笑みを浮かべる。


「もし、私たちを手伝っていただけるのであれば、様々な見返りを用意しましょう。帝国へ好待遇でお迎えしますし、あの男についても教えてあげますよ」


「……あの男?」


 ギムガたちが首を傾げる。

 すると、ザルモゥが薄く笑った。


「ふふっ、やはりご存知ないようですね。今日のランク戦で戦った男が、いったい何者なのか。あの戦争で何と呼ばれていたのか。それを教えましょう」


 その言葉に戸惑っている彼らを見て、ザルモゥは自分の胸の勲章に手をあてる。


「嗚呼、帝国万歳。よもや、使えなくなって捨てた『駒』が、この学園にいるなんて。それも、よりによって『奴』の一番近くにいるとは。……ふふっ、ふふふ」


 帝国の軍人であるザルモゥが、不気味な笑みを浮かべる。


 西の空には、真っ赤な太陽があった。

 どこか不吉な印象のある赤い光が、魔法学園へと降り注いでいる。

 



『臆病者のホワイトフェザー(下)』に続く……


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