第33話 「決着」
「……どうだ? 何か聞こえたか?」
「……いや、何も聞こえない。どうやら、本当に俺たちを見失ったみたいだな」
へへっ、と笑いながら取り巻きの男はギムガを見る。
彼も余裕ができたのか、額に冷や汗を浮かべながらも笑みを浮かべた。
「……は、ははっ。驚かせやがって。『臆病者』のくせに生意気なんだよ」
「そ、そうだぜ。あいつが銃を撃てないと思っていたから、ちょっと不意打ちを食らっただけだ。狙撃さえできなければ、あんな奴は敵じゃない」
「あぁ。……でも、相手はあの『臆病者』なんだ。あんな奴に負けたとなったら、学園に俺たちの居場所がなくなってしまう」
力のない笑みを浮かべながら、ギムガは冷や汗を拭う。
彼らが魔法学園で好き勝手をしてきたのも、学園ランキング60台という立場があったからだ。それが、最近まで最下位だった男に負けたとなったら、ランキングを大きく落としてしまうことになる。そうなったら、今までの悪事を追及されかねない。
「お、おい、どうするんだよ!?」
「か、勝つしかないだろう! どうせ『臆病者』のことだ。今頃、芋虫のようにもぞもぞ這っているに違いない!」
ギムガは、自分のライフルに手を取ると、一発も撃っていないのに新しいマガジンに切り替えた。
その手は、見るからに震えていた。
「とにかく、ここから移動するぞ! 視界の良い場所は避けながら、頂上を目指すんだ。あいつの姿を見つけたら、一気にぶっ殺して―」
彼はライフルを両手に構えながら、その岩陰から出ようとする。
……その時であった。
チチッ、と金属が擦れるような音が聞こえてきた。
それと同時に、奇妙な違和感を覚えた。
自分が手にしているライフルが、……急に軽くなったのだ。
「あ? 何だ―」
ギムガは自分の銃を見下す。
そして、目の前の状況に、……言葉を失っていた。
「な、なな―」
「あ? どうした、ギムガ?」
「お、お、俺の銃が―」
「お前の銃がなんだって?」
取り巻きの男も、訝しむように身を乗り出した。
「俺の銃が、……なくなっている」
「は? 何をいって―」
「ほ、本当なんだよ! 銃の先が、突然なくなっていたんだ!」
ギムガは余裕のない顔で、自分のライフルを取り巻きに見せた。
その銃を見た男も、信じられないような表情を浮かべる。
ギムガの手にしていた帝国製ライフル。その銃身の半分が、綺麗に削り取られていたのだ。内部が見えてしまっているマガジンからは、パラパラと銃弾が零れ落ちる。
「……な、何があったんだよ。 どうしたら、こんなことに―」
取り巻きの男も、激しく動揺していた。
自分のライフルは大丈夫か。それを確認しようと、視線を銃に向ける。
その瞬間。
何か小さなものが、そのライフルを貫いていくのが見えた。
「……え」
男には、それが何なのかわからなかった。
ただ、わかったのは。
自分が手にしているライフルが一瞬にして、……半分の長さになったことだった。
「ひ、ひいっ!」
彼は悲鳴を漏らしながら、発狂しそうになる。
壊されたとか、砕かれたとか、そんな生易しいものではない。
一瞬。
ほんの一瞬だ。
その男が見ているその瞬間に、ライフルの半分が綺麗に削り取られていたのだ。その切れ口は、鋼で研いだかのように鋭利で、内部のバネやグリップが無残な姿を晒している。
「な、なんだよ! 何が起きているんだよ!」
男は手から力が抜けて、使い物にならなくなったライフルを滑り落とす。
そして、急いで自分を守ってくれている岩のほうへと身を寄せた。この岩陰に隠れている限り、自分の身は安全であると。そう信じて。
……だが。
「あ、ああ―」
男はその事実に気がついて、とうとう声も出なくなっていた。
何事かと、隣にいたギムガも岩のほうを振り返る。
そして、その光景を目にして。
悲鳴のような声を上げていた。
「な、なな、なんだ、これはーーーっ!」
二人の男が見つめる、その先には。
彼らを守っていたはずの大きな岩が、無残にも削り取られていた姿だった。
人の頭ほどの穴がいくつも空いていて、そこから山岳地帯の頂上が見えている。
その切り口は、彼らのライフルと同じように、研磨材で磨かれたかのような、美しい断面を見せていた。現実とはかけ離れたその光景に、取り巻きの男はとうとう、……発狂した。
「……こ、殺される。お、俺たちは、殺されるんだ」
「な、何を言ってる! そんなことあるわけがないだろう!」
ギムガは自分に言い聞かせるように大声で叫んだ。
「このランク戦で使用される弾は、安全な模擬弾だろう! 何があっても、死ぬようなことは―」
「模擬弾でこんなことができるか!?」
ギムガの声を遮って、取り巻きは声を絞り出す。
「ライフルを一瞬で削り取ったり、こんな岩を大穴を開けたり。……こんなの、人間のやれる事じゃねぇよ。……人間じゃ、ねぇ」
「おい、しっかりしろ!」
「嫌だ! 死にたくない! 俺は死にたくない!」
男は目を虚ろにさせながら、ギムガの静止を振り切って岩陰を飛び出していた。
もはや、冷静な判断はできなくなっていた。恐怖と動揺に支配され、大声を上げながら逃げ出すことだけを考える。
そんな人間は、動物を狩るよりも簡単だった。
彼が岩陰から飛び出した、その直後。
無慈悲な銃弾が、男の頭部を穿った。
「がっ!」
男はそのまま真横へと倒れて、山岳地帯の斜面へと消えていく。生きているのかどうかさえ、わからなかった。
「な、なんだよ。……俺が、何をしたって言うんだよ!」
とうとう、ギムガも恐怖に耐えられなくなる。
気がついたら、自らも頭を抱えて、岩陰から飛びだしてしまったのだ。自分勝手な言い訳を、大声で叫びながら。
「俺は何も悪いことはしてない! ちょっと遊ぶ金と女が欲しかっただけだ! それなのに、なんでこんな目にあわなくちゃいけないんだよ! あんな、地味で可愛くもない黒髪の女に手を出したせいで―」
瞬間。
再び銃弾が、襲い掛かかった。
チチィ、と金属が擦れるような音がしたと思ったら、右足に激しい痛みが走った。
「ぐっ、ぐあっ!」
足に力が入らず、そのまま盛大に転んでしまう。
反射的に手をあてて、強く握りしめる。
その時、小さな赤い雫が視界に落ちた。
……血だった。
安全が保障されている模擬弾なのに、まるで本物の銃弾で撃たれたかのような傷を負っていたのだ。
それが『臆病者』の狙いすました狙撃だと、嫌でもわかってしまった。
「わ、悪かった―」
ギムガは自分でも気がつかないうちに、謝罪の言葉を口にしていた。
「俺が悪かった! お前の女には、もう手を出さないから! 俺を許してくれっ!」
彼はその場に跪き、山岳地帯の頂上へ向かって頭を下げた。
無様とか、格好悪いとか、そんなこと言ってはいられなかった。
この瞬間も、奴に命を握られている。
ちょっとでも機嫌を損ねれば、簡単に命を刈り取られてしまう。
そんな恐怖に、ギムガの心は屈していた。
そして、ようやく。
己の過ちに気がついたのだ。
……とんでもない男を敵に回してしまった、と。
「……っ」
頭を下げ続けて、数秒間。
頂上からの狙撃は止んでいた。
静かな風が、辺りに吹いている。
……許してもらえたのだろうか。
ギムガは頭を上げて、頂上を見上げた。
やはり、銃弾は飛んでこなかった。ほっと息をついて、彼は安心したように気を緩める。
その時だった。
山岳地帯の一角に、光が見えた。
その直後には、彼の眉間に銃弾が突き刺さっていたのだ。
「なん、で―」
ギムガは最後に見た光景を思い出しながら、意識が暗闇に沈んでいくのを感じた。なぜ撃たれたのか、最後まで理解できなかった。
答えは単純だった。
シローは、頭を狙えるタイミングを待っていただけで、この男を許すつもりなど微塵もなかった。
それほどまでに、シローの感情は静かに燃えていたのだ。




