第32話 「そんな常識、さっさと捨てるべきだったな」
――◇――◇――◇――◇――◇―
「ぎゃっ!」
取り巻きの男が短い悲鳴を上げた。
足を撃たれて、その場に蹲っていたのも束の間。音もなく放たれた弾丸が、その男の頭部へと直撃したのだ。……彼はそのまま動かなくなった。
「ひ、ひっ!」
「な、なんだよ! 一体、何なんだよ!」
残された男たちは、その場に這いつくばりながら悲鳴を上げる。
逃げようにも、どこに逃げたらいいのかわからない。かすかに聞こえてきた銃声が、どの方角からしたのかさえわからなかった。
「く、くそっ」
それでも、チームリーダーのギムガは、この場にいてはいけないと感じていた。
「に、逃げるぞ!」
「逃げるって、どこにだよ!?」
「知るか! とにかく走るんだよ!」
「先に撃たれた奴らは?」
「そんなの放っておけ!」
ギムガはそれだけ言うと、その場から逃げるように駆け出していた。
取り巻きの男も、慌てて彼についていく。
せめて、狙撃を防げるものがあれば、この窮地から脱出できるかもしれない。そう願いながら男たちは山岳地帯を走り続ける。
「お、おい! ギムガ! あの岩陰に隠れようぜ!」
そんな思いが通じたのか、取り巻きの一人が斜面にある大きな岩を指さした。男一人が隠れるのがやっとの場所だった。
「っ! あそこは俺のものだぜ!」
「ちょっ! ギムガ、待ってくれ!」
男たちは斜面を転がるように下りながら、何とか岩の陰に身を潜める。
そして、そっと息を殺して、銃弾が飛んでこないことを祈った。
「……撃たれないな」
「……あぁ。さすがに遮蔽物があって撃てないんだろう」
ギムガたちは、ほっと胸を撫でおろす。
死地からなんとか逃げ出してきた気分だった。その安堵から、わずかに笑みが零れるほど。
「……もしかしたら、俺たちのことを見失ったのかも」
「……へへっ、それはあるな」
男たちは岩の陰に隠れたまま、ありもしない現実に胸を膨らませていた。
――◇――◇――◇――◇――◇―
「……岩陰に逃げたか」
シローは『ニヴルヘイム』の望遠スコープを覗き込みながら、不機嫌そうに呟いた。
彼の視線の先には、大きな岩がひとつ。
敵である男たちが逃げ込んだ場所であった。
狙撃銃の銃弾がどれだけ遠くへ飛ぼうとも、強固な遮蔽物があれば、敵に当てることはできない。このまま狙って撃っても、岩肌に弾かれてしまうだろう。
あの男たちは運良く、狙撃手にとって効果的な場所へと逃げ込んでいた。こうなってしまったら、出てくるのをひたすら待つか、狙撃ポイントを移動しなくてはいけない。
……だが、もちろん。
……それは、ただの狙撃手が相手であったのならの話だが。
「ふん、素人が」
シローは望遠スコープから目を離し、その場に立ち上がった。
そして、『ニヴルヘイム』を両手で抱えると、ボルトハンドルを手前に引く。開放した薬室に、新しい銃弾をひとつずつ装填していった。
「岩場に隠れたくらいで、安全を確保できたと思うなよ。ここをどこだと思っている。……魔法学園だぞ」
ボルトハンドルを押し込んで、再装填を完了。
そのまま立った姿勢で、先ほどの男たちが隠れている岩陰へと銃口を向ける。
「物陰に隠れていたら絶対に安全。……そんな常識、さっさと捨てるべきだったな。お前たちが戦っているのは魔術兵士。銃弾と魔法が行きかう戦場の魔法使いだ」
キッ、とシローが視線を鋭くさせた。
先ほどよりも意識を集中させて、神経を研ぎ澄ませていく。
浅い呼吸を繰り返しながら、引き金に指をかける。
次の瞬間。
シローの構えている『ニヴルヘイム』の銃口に、淡い光が出現していた。それは円形の幾何学模様となって、急速に大きくなっていく。
……シローの魔法陣だった。
雄々しく構えられた狙撃銃の、その先に。輝かしいほどの魔法陣が展開させていたのだ。
「喧嘩を売った相手が悪かったな。……貴様らのこれまでの過ち、その身をもって知るがいい」
シローは呟きながら、望遠スコープの先にある岩場に狙いをつける。
……オルランド共和国軍、魔術兵士科所属の少尉。
……数年前の戦争での、最多狙撃数の記録保持者。
……そして、戦時中の帝国に。『登録魔術兵士』として、ブラックリストに載せられることになった、もう一つの異名。
それらは全て、この魔法があったためだ。
帝国軍からは死神と呼ばれ、共和国軍からは英雄と呼ばれた、伝説の魔術狙撃兵。
その一撃が、彼らに向かって放たれる。




