第31話 「シローの戦場」
「……二発目は外れたか。まぁいい」
シローは銃を構えたまま、スナイパーライフルのボルトハンドルを手前に引いた。
開放された薬室から、空薬莢が飛び出す。
それが地面に着くよりも早く、ボルトを押し込んで次弾を装填させる。
その動作に迷いはない。
「一撃必殺。残りは、三人だ」
狙撃銃の望遠スコープを覗きながら、倒すべき敵の数を確認する。
シローが銃を構えている場所は、相手チームから遠く離れた場所だった。
山岳地帯の頂上近く。
大きな岩とわずかな茂みに身を伏せながら、静かに銃口を向けている。その距離は、およそ900メートル。銃声すら相手に聞こえるかわからないほどの長距離である。
覗き込んでいるのは、国内でも最高水準の16倍率の望遠スコープ。
学園の備品は8倍率。オルランド軍で支給されているのも10から12倍率。その性能差を見ても、彼の手にしている銃が普通ではないことがわかった。
白い銃だった。
臆病者の意味を持つ『鶏の白い羽』が刻まれた狙撃銃。その外見は、倒してきた人間の数には似つかわしくないほど、白く美しかった。
オルランド共和国の伝統のライフル『イーグルM7』をベースして作られた、銃職人たちの匠の傑作。侵略する帝国軍を倒すために、量産性など無視されて、最高級の性能と精度を追及された。
戦時下でありながら、当時の可能な限りの技術をつぎ込んで、山のような失敗作の中から、偶然に完成された奇跡の産物。同じ銃を作ることは叶わず、完成形はこの一丁しかない。
だが、その性能は凄まじいものがあった。
有効射程距離、精度、銃弾の射出速度、抜群の安定性。
従来のライフルを凌駕するそれは、この国で一番の狙撃兵の手へと渡された。それからというもの、その狙撃兵は帝国を倒すために引き金を引き続けた。
撃って、撃って、撃ちまくった。
気がついたら、オルランド軍の最大狙撃記録を更新してしまうほどに。
それが、シローの構えているスナイパーライフル。
帝国の侵略から国を守った偉大な銃とされ、共和国の文化遺産省からは国に返却するようにと通達がされている、世界で唯一無二の名銃。……国宝『ニヴルヘイム』だ。
「……それで隠れているつもりか?」
シローは望遠スコープを覗きながら、引き金に指をかける。
彼の視線の先には、三人の男が見えていた。必死に身を隠そうとするが、まるで潜伏できていない。その場に伏せて銃撃を凌げられるのは、地形的に優位に立っているときだけだ。相手に高所を取られていたら、狙い撃ちにされるというのに。そんなことすら、わからないというのか。
「……ふん、お前らは授業もまともに受けていないようだな」
ふぅ、と静かに息を吐く。
呼吸を止めて、姿勢を安定させる。
これだけの長距離狙撃だ。
自分の呼吸やわずかなブレが、着弾地点に大きく左右してしまう。また、山岳地帯ということもあって風もある。
いつかユーリィにも話していたことだが、遠くの敵を狙うときには、風や重力の影響を常に考えなければいけない。風の流れを読み、地形を頭に入れて、どれだけの距離で銃弾が下に落ちるのか。それらを全て把握していなければならない。また、観測者の不在も狙撃を困難にさせていた。
それでも、シローは初弾から命中させてみせたのだ。
そもそも長距離狙撃の場合、無理に一発で決めようとせずに、初弾の着弾地点から修正された、二発目が本命となることが多い。
なんといっても、この距離である。
狙撃銃の銃弾の速度は、およそ秒速900m。
音速の三倍ほどであり、相手に銃声が聞かれる前に、二発目を撃つことが十分可能であった。
それも銃声が聞こえた場合に限ったこと。相手が警戒していなければ、1キロ近く離れた場所の銃声など聞き逃してしまうだろう。
「……俺の授業料は高いぞ」
望遠スコープで狙いを定めて、引き金を引く。
ダンッ、と乾いた銃声が響き渡り、銃弾はまっすぐ敵に向かっていく。
シローは、その行先を確認することをせず、素早く次弾を装填させる。
ボルトハンドルを小指と薬指で跳ね上げて、残った指で手前に引く。空の薬莢が排出されて、すぐさまボルトを押し込む。
ひとつの無駄ない、洗礼された動きだった。
再びスコープを覗き込むと、相手チームの一人が足を抱えて転がり回っていた。スコープ越しに、悲鳴を上げているのがわかる。
「……右足に命中。弾が下に落ちたか。スコープの調節が必要だ」
シローは『ニブルヘイム』の載せられた16倍率の望遠スコープの調節を行う。上下を補正する調節ノブを操作して、今度こそ確実にヘッドショットを狙う。
……奇妙な気分だ。
……あれだけランク戦で撃つことができなかったのに、今は問題もなく引き金を引ける。
……敵の頭を、銃弾で撃ち抜く。
……そのことに集中できる。
「っ!」
一瞬、スコープの視界にかつての戦場を思い出した。
血と油と悲鳴に覆われた場所。
たった一人で、生きてきた戦争。
その戦場に立っているような錯覚を覚えたのだ。
……あぁ、そうか。
……俺は今、戦場に立っている。
……戦っている相手は、学園の生徒ではなく無関係な人間でもない。
……ユーリィやミリアを傷つけようとした、俺の『敵』だ!
「いいだろう、貴様らに戦場とは何か。教育を施してやる」
シローはスナイパーライフルを構えた。
そして、足を撃たれて蹲っている男へと狙いを定める。
息を止めて、神経を研ぎ澄ませる。
そして、わずかな躊躇もせず、男の頭へと銃弾を撃ち込んだ。




