第20話 「塹壕戦での狙撃」
――◇――◇――◇――◇――◇―
「命中。だが、狙いとは違う奴に当たったな」
塹壕から身を乗り出したシローが、双眼鏡を覗き込みながら言った。彼の目には、流れ弾に当たって気絶した、相手チームの男が映っていた。
「一度、隠れよう。ユーリィ、頭を下げろ」
「はい!」
スナイパーライフルを構えていた黒髪少女は、言われた通り塹壕内に身を引いた。
シローとユーリィがいるのは、開始地点から200メートルほど南の位置。ミリアが爆炎魔法で砲撃している間に、狙撃できるポイントへと移動していた。
「よし。また場所を移動するぞ」
シローは中腰姿勢になりながら、進む方に指示を出す。
頭上では、先ほどの報復と言わんばかりに銃弾が飛び交っている。今、ここから頭を出したら、格好の獲物になってしまうだろう。
だが幸いにも、今回は塹壕戦だ。
身を隠しながら安全に移動できる。
「いくぞ」
「はい」
シローは相手に見えないように中腰姿勢のままで、ユーリィはスナイパーライフルを大事そうに抱えながら、土と砂の塹壕の中を駆けていく。
入り組んだ土壁の道を進んでいく途中で、ふいにシローが腰を落とした。
「止まれ。ここから狙うぞ」
「わかりました」
ユーリィは返事をすると、土の壁に背中を向けて座り込む。
そして、スナイパーライフルを縦に構えると、ボルトハンドルを素早く操作して、新しい銃弾を装填させる。
飛び出した空薬莢が、音もなく地面に落ちた。
「……風が出てきたな」
シローが注意深く顔を出すと、相手チームのほうを見た。
砲撃で舞い上がる砂埃が、風によって攫われていく。それを見て、シローはある決断をする。
「……望遠スコープの調節をしよう。……ユーリィ、右方修正だ。スコープの横にある調節ノブを、右に二つほど修正しろ」
「はい!」
ユーリィは素直に返事をすると、抱えていたスナイパーライフルの望遠スコープに手を伸ばす。そして、スコープの横にある調節ノブを、右に二つほど動かした。
スナイパーライフルは、遠くの敵を狙う。
目標が200~300メートルの距離なら関係ないが、それ以上の距離では銃弾は真っ直ぐ飛ばなくなる。
重力によって弾は下に落ちるし、風向きによっては左右へ流れてしまう。
それは些細と言っていいほどの誤差だが、銃弾が遠くへ飛べば飛ぶほど、その誤差は大きくなっていく。300メートルの距離ならヘッドショットできていたのが、500メートルだと風の影響を受けて当たらなくなるほどだ。
それを修正するのが、望遠スコープについている『調節ノブ』だ。
この調節作業によって、銃弾が風の中を突き進んでも、最終的にスコープの中心へと着弾するように設定できる。
「調節、完了です!」
「了解した。次の狙いは駆けつけてきた敵の仲間だ。一番左から仕留めていくぞ!」
「はい!」
ユーリィはにっこりと笑う。
敵のチームは、先ほどまでシローたちがいたところへ集中射撃を行っていた。もう、そこにはいないというのに、律儀な連中である。
「一撃離脱だ。撃ったら、すぐに頭を下げろよ」
ユーリィはしっかりと頷く。
そして、シローの合図とともに。
彼女は塹壕から頭を出して、スナイパーライフルを敵へと向けた。
「撃て」
「……っ!」
ダンッ、と乾いた銃声が響く。
共和国の狙撃銃『イーグル・M24』から放たれた銃弾。
それを、シローは観測手として着弾を見届ける。
……ぐあっ、撃たれた!
……大丈夫か!?
遠くで敵チームの悲鳴が響いた。
「命中。小太りの男の足へ着弾」
それだけ言って、シローはさっと身を屈めた。
ユーリィもそれに倣って、すぐに塹壕へと身を潜める。
「……すみません。また、狙いが逸れてしまいました」
「気にするな。むしろ、これだけの悪条件で当てられるほうが凄いと思うぞ」
シローは素直に言った。
相手のいる方向がわかっていても、十分に狙いをつけられる時間はない。
望遠スコープを調節しているとはいえ、風は常に気まぐれだ。
何より、相手までの距離もある。
シローの経験からいって、相手チームまで500メートルといったところ。熟練の狙撃手ならともかく、経験の浅いユーリィにとっては難しい距離だろう。
「思ったより、弾が落ちるな。今度はもう少し上を狙ってみろ」
「はい」
「あと、この距離なら無理に頭を狙わなくてもいい。狙うのは、……心臓だ」
「はい!」
ユーリィは焦った様子もなく、落ち着いた表情で答えた。
500メートルという距離なら、頭ではなく心臓を狙うのが、狙撃手のセオリーだ。
落差による着弾位置の修正はスコープでもできるのだが、接敵してる状況ではそんなことできるわけもない。経験を積んだ者なら、最初から風向きと距離から弾の飛ぶ場所を予想できる。だが、それは膨大な経験があってのこと。今のユーリィに求めることではなかった。
「また、移動するぞ。ついてこい」
「はい!」
シローが中腰で駆けていくのを、ユーリィは真剣な表情で後を追った。
――◇――◇――◇――◇――◇―
「……もう少し、上を狙う」
シローに言われたことを、ユーリィは小さく復唱する。
彼女にとって、シローは銃を教えてくれた先生である。
シローのことを心から信頼していた。
彼も、自分のことを信じてくれている。
それがとても嬉しかった。
これまでのユーリィの人生で、こんなことはなかった。
戦争で混乱した国境沿いの街では、人としての尊厳すら与えられなかった。
泥水を啜り、食べるものもなく、着る服といえばボロ布くらい。人を信用することなんかできず、まして人から信頼されることもない。
それが、この学園でシローに出会うことで大きく変わった。学園裏でガラの悪い生徒から助けてもらったり、着る服もない自分の面倒を見てくれたり。まともに魔法も使えないのに、こうやって信頼してくれる。
シローの信頼に何とか答えたい。
そう、思うようになっていた。
「よし、止まれ」
シローの合図で、ユーリィもその場で腰を下ろす。
そのまま土壁を背にして、スナイパーライフルの再装填へと移った。
ボルトハンドルを手前に引いて、空薬莢を排出。
まだ銃の中に残弾はあるが、今のうちに補充しておこうと、腰のポーチから狙撃銃の銃弾を取り出す。
それを開放された薬室に、ひとつずつ入れていき、最大になったところで、ボルトを押し込んで横に倒す。カシャと金属の擦れる音がして、再装填は完了する。
その一連の動作に、迷いはない。
今まで、シローにやってもらっていたことが、ユーリィにも問題なくできるようになっていた。
「再装填、完了です! いつでもいけます!」
ユーリィの声に、シローは黙って頷く。
それから、彼の合図を待ってから、塹壕から身を乗り出した。
「よし、やれっ!」
「はい!」
相手チームにむけて、スナイパーライフルを構える。
望遠スコープを覗き込んで、狙いをつけていく。敵は、あと三人。そのうち負傷したものを狙うように、シローから指示が飛ぶ。
ユーリィは迷わず、足を庇いながらライフルを構えている男へと狙いを定める。
「……スコープの中心を、狙いの少し上に」
小さな声で呟きながら、繊細な手つきで照準を合わせる。
敵は、まだこちらに気づいていない。
ゆっくりと息を吐きながら、集中力を高めていく。
そのわずか数秒後、シローから短い言葉で指示が出た。
「撃て」
「っ!」
ユーリィは迷うことなく、引き金を引いた。
その瞬間。狙われていた男が急にこちらを向いた。自分たちの姿を見つけて、慌ててライフルを構えなおす。
だが、遅かった。
彼が引き金を引くよりも早く、ユーリィの放った弾丸が、男の胸へと着弾したのだ。
男はそのまま悲鳴もなく、後ろへ倒れていく。
「よし、屈め」
「はい!」
間髪入れず、二人は塹壕の中に隠れ、その直後に報復の銃弾が飛んでくる。
「ふぅ~」
「銃弾は胸部に命中。……いい腕だ。本当にたいした奴だよ、お前は」
「えへへ、ありがとうございます」
彼に褒められて、ユーリィは嬉しそうにはにかむ。
こうやって自然な表情が出るのも、シローの前だけであった。




