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第18話 「爆炎魔法(ボルケーノ)」

――◇――◇――◇――◇――◇―


「撃て撃て撃て撃て!」


「見えたぞ! 僕にも敵が見える!」


「おらおら! 死にたい奴から掛かってきなっ!」


「この圧倒的な弾幕ッ! 力だ! 力を感じるぞ! ヒヤッハーッ!」


 数日後のランク戦。

 地面に掘られた塹壕のフィールドに、四人の男が歓喜に沸いていた。


 塹壕とは、戦場で歩兵たちが身を隠したり、攻撃をするために掘られた縦穴の溝だ。帝国との戦争でも、共和国は国境線に塹壕を築き、必死に抵抗していたと言われている。だが、実際は帝国軍の戦車を止めることもできない、お粗末な造りであったとシローは記憶している。


 学園ランク戦での塹壕戦は、そんなフィールドを再現してある。

 広さ1キロメートル四方の荒れ地に、東側と西側それぞれに網の目のような塹壕線を掘られている。この入り組んだ縦穴の迷路を使って、いかに相手の裏をつくのか。それが塹壕戦の要である。


 ……本来は、そのはずなのだが。


「この反動が堪らないぜ! 引き金を引くだけで、毎分600発の弾丸が敵を蹴散らせと飛んでいく! 最高だ! 神よ、機関銃がある時代に生まれてきたことを感謝します! ヒヤッハーッ!」


 ズガガガガガガッと、銃弾が嵐のように降りそそぐ。

 そんな中、シローたち四人は、開始地点の塹壕から一歩も動けずにいた。


「ひいいいっ!」


「な、何ですか、あの人たち!?」


 悲鳴を上げて丸くなるミリアの隣で、ひょっこりとユーリィは塹壕から顔を出して、遠くにいるほうを見つめる。


「あんまり、頭を出すなよ。流れ弾に当たるぞ」


「は、はい」


 ユーリィは素直に頭を引っ込めると、中腰姿勢でシローの傍まで歩いてくる。購買部から届いた新品のジャージは、既に砂埃で汚れてしまっていた。


「あ、あの、私たち対戦する相手を間違えていませんか?」


「ん? 何でだ?」


「いや、だって。戦う前はあんなにも優しそうな人だったのに―」


「あぁ、そうだな」


 ユーリィの言わんとしていることはわかる。

 シローも、スナイパーライフルを準備しながら、ランク戦の開始前の風景を思い出していた。


 学園の食堂で、皆で昼食を食べている時だった。

 午後からのランク戦の相手である、上級生のカレィが親しげに声をかけてきたのだ。彼のチームメイトも一緒で、これから戦うにしては自信のない表情を浮かべていた。そんな彼らを前にして、今日は正々堂々と戦いましょう、とカレィが握手を求めてきた。丸眼鏡の奥の穏やかな表情が印象的だった。

 ……それなのに。


「嗚呼、体が火照るのを感じる! もっと銃弾を、もっと弾幕を! こんなんじゃ物足りないぜ! ヒヤッ、ヒヤッハーッ!」

 

 そのカレィが、巨大な銃を撃ち続けながら、恍惚な笑みを浮かべていた。

 彼の撃っている銃は『エレファント・DP28』という機関銃だ。

 一番の特徴は、その連射速度と射程距離。サブマシンガン並みの連射ができて、スナイパーライフルと同じくらいの有効射程距離を誇る。それだけの破格の性能だが、銃そのものが巨大で重く、地面に設置した三脚を使って斉射しなくてはいけない。まさに、持ち運べる固定砲台だ。


「……ミリアが魔力爆発を起こした時、魔法のコントロールについて説明したよな?」


 頭上で銃弾が飛んでいく中、シローはユーリィに尋ねる。


「魔法はちゃんとコントロールできないと、予期せぬ形で発動する。だから、体質的に魔法を発現できない人は、絶えずその影響を受けることになる」


「それが、何ですか?」


 ユーリィの疑問に、シローは端的に答えた。


「今、俺たちが戦っている対戦相手。あの男も、その一人だ。魔力反応はあっても、自分では魔法を発動できない。そういった人は、体内の魔力が逃げる場所をなくしてしまい、本人の性格や性質に大きく作用してしまう。……そんな時は魔法ではなく『体質』と呼んだりもするな」


「……体質」


 ユーリィが小さな声で復唱する。


 魔力反応を魔法として操れるならば問題はない。

 だが、コントロールできず、その力に振り回されてしまう者もいる。そういった状態を『魔法体質』と呼ばれ、その魔法があまりにも強力な場合は『呪い』なんて呼ばれたりする。 


「大抵の場合は大したことないんだが、目の前の男のように、とある状況下でのみ発現してしまうことがあるんだ」


「……えっと、ということは、あの先輩は―」


 何かを言いよどむユーリィに、シローは表情を変えることなく答えた。


「銃を持つと、コロッと性格が変わってしまう。大好きな機関銃なんて握ってしまったら、性格が真逆となり、凶暴で攻撃的な人物に豹変する」


「うわぁ~」


 ユーリィがあからさまに嫌そうな顔をする。


「ちなみに、先輩の魔法は『乱射体質トリガー・ハッピー』。機関銃を撃ちまくることに快感を覚える奇人変人に―」


「あ、もういいです。わかりましたから」


 はぁ、とため息をついてみせる。


 奇妙な叫び声を上げて銃を撃ちまくる姿は、道に迷った仔羊を地獄に叩き落とす悪魔の使いにしか見えなかった。


「あの、それで、……その『体質』はどうにかできるものなんですか?」


 ユーリィがさりげなく聞いてくる。

 だがら、シローは深くは考えずに答える。


「さぁな。能力の向上によってコントロールできると聞いてるが、少なくとも俺は誰一人として、魔法体質を改善できた人間を知らない」


「そうですか」


 にこり、とユーリィが笑う。


 これまで何度も見てきた、どこか諦めたような笑顔。その表情を見て、シローはようやく彼女が何を知りたかったのかを考えた。


 だが、思い当たることはない。

 ユーリィはいつものように落ち着いた様子で、塹壕から顔を覗かせている。



――◇――◇――◇――◇――◇―



「おうおう、今日も撃ちまくっているな」


 偵察に出ていたゼノは戻ってくるなり、呆れたように口を開いた。


「やっぱり、軽機関銃をランク戦で使用するのは反則じゃないのか?」


「学園が許可しているんだ。俺たちが何と言おうと仕方ない」


 シローも辟易としながら答える。


「で? 状況はどうだ?」


「いつもの同じだ。カレィ先輩が景気よく撃ちまくって、他の三人がサポートしているって感じだ」


「その三人の武器は?」


「お馴染みの帝国製ライフル。奴らも同じようにフルオートで撃ちっぱなしさ」


 ほらよ、とゼノは借りていた双眼鏡を手渡す。


「……それでどうする? 予定通りではあるが、作戦に変わりはないか?」


「あぁ、そうだな」


 シローは仲間たちの顔を見ていく。


 ユーリィはいつものように落ち着いているが、ミリアはさっきから脅えて丸くなっていた。ここで、あの魔力爆発を起こされてはたまったものではない。

 なので、先に彼女へ声をかけることにする。


「おい、ミリア。そんなに脅えなくても大丈夫だぞ?」


「あ、あう~。……で、でも、こんなにいっぱい弾が飛んできて―」


「縦穴に隠れていれば当たらないさ。それが塹壕戦のいいところだからな」


 地面に掘られた坑道にいる人間に弾を当てるには、それこそ高度の貫通系の魔法が必要だろう。だが、そんな魔法を使える人間が学園内にいないことを、シローは知っている。


「作戦会議で話した通り、この戦いはミリアにかかっているんだ」


「あ、あたしに?」


「あぁ。お前と、お前の魔法がないと勝つことができない」


「で、でも、……あう~」


 しゅん、と肩を落とす。

 自信がない、と言っているのか見て取れた。

 何か助言をしてやれれば良いが、《狙撃兵科スナイパー》のシローに、《砲兵科カノン》の専門的なことなどわかるわけがない。


 迷った末に、シローはありふれた言葉で励ますことしかできなかった。


「……失敗してこい」


「え?」


 ミリアが驚いたように見上げた。


「失敗してもいい。弾が当たらなくても、魔法が発動しなくても。例え、この場所で銃が暴発しても俺は怒らない。失敗とは成長の糧であり、成功ばかり収めている奴は、いつかそのツケを支払うことになる。……だから、思いっきり失敗してこい」


「……シローさん」


 ミリアの表情から、恐れの色が消えていく。

 頬を紅潮させながら、シローへ尊敬の視線を向ける。

 その手にした試作型グレネードランチャー『イフリート』。彼女には大きすぎる銃を握りしめて、少女は力強く答えた。


「はい! 頑張ります!」


「あぁ、頼んだぜ」


 彼女の肩を軽く叩いて送り出す。

 オルランド魔法学園でも屈指と呼ばれた魔法砲撃を見せてやれ、と言うように。


 ミリアは、シローたちから少し離れると、試作型グレネードランチャー『イフリートMGL』をななめ上へと向けた。


 その顔色は、やはり緊張の気配が濃い。

 だが、脅えてはいない。

 失敗してしまうかもしれないと緊張はしているが、失敗を恐れてはいない。自分がやれることをやるだけだ、と覚悟を決めた様子であった。


「……大丈夫。だって、シロー先輩がいるもの」


 ゆっくりと息を吸って、ゆっくりと吐く。

 上下する豊かな胸に、ピンク色の髪が波を打つ。

 

 砲撃の難しいところは、その着弾位置の予測にある。

 威力の大きい大砲ほど、相手までの距離や、発射角度に悩まされるという。


 まして、今回は塹壕戦。

 縦穴に隠れたまま、相手を肉眼で確認できないというハンデを背負っている。

 さらに、暴発の危険もある試作武器の存在が、重圧となって彼女の肩へとのしかかる。


 ……それでも、ミリアは怖気づかなかった。シローが知っている通り、彼女も知っていたのだ。

 ……大砲とは、古来より戦場の最大兵器であることを。


「っ!」


 ミリアが意識を集中させる。

 ななめ上に『イフリートMGL』を構えたまま、穏やかな表情で目を閉じる。気持ちを落ち着かせて、細い糸を手繰り寄せるように緊張感を研ぎ澄ませる。


 その瞬間、銃口の先が光った。

 光は少しずつ大きくなり、円形の幾何学模様へと変わっていく。


 ……魔法陣だ。

 魔術兵士が銃を使って魔法を撃ち出す時は、こうやって銃口に魔方陣が出現する。銃弾に魔力を込めて放ち、魔法の力をもって相手を殲滅させる。


 杖ではなく、銃を使う魔法使い。

 だから、魔術兵士なのだ。


「……もっと、集中しなくちゃ」


 ミリアの魔法陣が少しずつ形を鮮明にさせていく。

 最初は消えてしまいそうな光だったのが、今や暗闇を照らすほど爛々と輝いている。


 ……学園の誰かが言った。

 彼女の魔法は、砲撃であると。

 狙ったものを容赦なく叩き潰し、焼き払い、跡形もなく吹き飛ばす爆炎であると。

 その日から、ミリアの魔法はこう呼ばれることになった。


「……爆炎魔法『ボルケーノ』っ!」


 ミリアが引き金を引いた瞬間、魔法陣は眩しいほど輝いた。

 そして、『イフリート』から放たれた弾丸は、綺麗な放物線状を描いていき、相手チームのすぐ近くへと放たれた。

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