第23話 「余談。男と涙と機関銃」
余談という名の、番外編です(笑)
主人公たちとは違うチームの視点でお送りします。
学園ランキング9位のニーヒル兄弟は、スタイリッシュなチームとしても有名である。
青髪の兄に、赤髪の弟。
学生服など無視した、黒い礼服に白いワイシャツ。
実力に見合った、堂々とした振る舞いに、誰に対してもフランクな態度。
女子からの人気を集めるのも、至極当然であった。
――見て、ニーヒル兄弟よ!
――きゃあ、本当! コーヒーを飲んでいる姿もカッコいい!
――ねぇ、あなたはどっちがタイプ? 私は冷静な兄のほうが好きなのよ!
きゃあきゃあ、と黄色い悲鳴を向けられるなかでも、二人は特別気にしていない様子であった。落ち着いた態度でコーヒーカップを傾けながら、他愛ない会話を交わしている。
そこへ、一人の少女が駆け寄っていく。
制服からして、中等部の下級生である。顔を真っ赤にさせた女の子の手には、二通の手紙が握られていた。ファンレターだった。
学園ランキング9位であり、ビジュアル的にも優れている彼らにしてみれば、珍しいことでもない。
「おう、ありがとうな」
「サンキュー。まぁ、こういうことはほどほどにしろよ」
兄弟の対応も慣れたもの。
手紙を大切そうに受け取ると、軽く握手を交わす。それだけでも下級生の女の子は卒倒しそうになり、近くに隠れていた友達に回収されていく。
とにかく、この二人が女子と関わらない日がないほど、モテモテであった。
そんな彼らのことを羨ましそうに、そして妬ましそうに睨んでいる男たちがいた。
「……いいなぁ、ファンレター」
「……俺も欲しいな」
「……僕は女の子と握手がしたい」
「……はぁ。何で彼女ができないんだろう」
ずーん、と暗い表情を浮かべているのは、眼鏡をかけた男が率いる《普通歩兵科》のチーム。リーダーが学園でも珍しい機関銃使いであり、『乱射体質』としても有名な、カレィ隊長であった。
相変わらずの男所帯であり、女の気配すら感じさせない乱射発砲チームは、いつだって女の子を渇望している。
「……カレィ隊長はいいよな。従妹がいるんだし」
「……声もかけてもらえるし」
「……触り放題だし」
じろり、と見てくるミームメイト。
だが、カレィ隊長はそんな彼らよりもさらに顔色を悪くさせながら口を開く。
「……その妹に彼氏ができた。しかも、なんかチャラチャラした軽い男」
「「マジで!?」」
驚愕するチームメイトに、カレィは無言で頷く。
理知的な眼鏡の奥には、悲しみにくれた瞳があった。
「本当の話だよ。お兄ちゃん、お兄ちゃん、ってずっと懐いていた良い子だったのに。それが、それが―」
瞳が揺れて、涙がボロボロと零れだす。
「あんな、軽薄な男を選ぶなんて!」
ぐっ、と拳に力を入れる。
よっぽど悔しいのか、鼻水を垂らしながら、唇を噛みしめる。このまま放置しておけば、舌を噛み切らない勢いだった。
「カレィ隊長―」
「あんた、そこまで―」
「従妹のこと、大切にしていたんだな」
チームメイトも自分たちのリーダーに同情する。
妹のような存在を知った時は、悪鬼羅刹のような態度を取ったチームメイトであったが、今は同じ一人ぼっちの男だ。共に哀しみを分かち合い、肩を叩こう。それが友というものだ。
「……元気出せよ」
「そうだぜ。女がなんだ。お前には俺たちがいるじゃないか」
「隊長には、尻のデカい女なんて似合わない。機関銃という恋人がいるだろう」
カレィの愛用する軽機関銃『エレファントDP28』を思い描きながら、彼への慰めとする。
そんな時だ。
軽薄そうな男の笑い声が辺りに響いた。
「ひゃひゃひゃ、それマジで!? ちょーウケるんだけど!」
食堂に入ってきたのは、とある男たちのグループ。
長い茶髪に、日焼けした肌。耳や唇にはピアスをしていて、ネックレスやブレスレットをじゃらじゃらと鳴らしている。傍から見ても、頭の悪そうな一団だった。
「そーいや、おめぇ。彼女を変えたんだって? 女に飽きるのが早すぎだぜ!」
「しかも、今度のは年下っていうじゃねーか」
「きゃはは、知ってる! ロリっ子のツインテールだろ? おめぇ、手を出すのが早すぎだぜ!」
周囲の迷惑など気にすることなく、彼らは大声で笑いながら歩いていく。
そんな男たちのことを、カレィのチームメイトは嫌そうな顔で見ていた。
だが、口から文句が出ることはない。そんなことをして目をつけられたら、たまったものではないからだ。彼らは全員内気な性格であり、肩を寄せて静かにすることしかできなかった。
「……あ、あいつは」
「……カレィ隊長? どうしたんだ?」
カレィが驚いた顔で男たちを見ているのを、チームメイトの一人が気がついた。
そこで、はたと思い至る。
カレィの従妹にできた恋人が、ちゃらちゃらした軽薄な男だと言っていたことに。
「ま、まさか―」
「そんな―」
「あんな男に、最愛の妹を取られたのか―」
チームメイトが信じられないといった顔を見せる。
勘違いであってほしい。
嘘だと言ってほしい。
だが、そんな彼らの願いは虚しく、当事者のカレィは沈黙をもって肯定する。
「……か、カレィ隊長」
震える手で、彼の肩に触れる。
その瞬間、全てを悟ったのだ。
彼らのチームリーダーが、悔しさのあまり真っ赤な涙を流していた。
「け、血涙!?」
「こんな深い悲しみ、今まで見たことがない!」
チームメイトが動揺するなか、それでもカレィは必死になって悔しさに耐えていた。
耳障りな男たちの笑い声に耳を塞ぐこともせず、涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしながら、じっと席に座っている。
「も、もう止めてくれ! これ以上、ここにいたら死んでしまうぞ!」
「男子寮に帰ろう、カレィ隊長! 大好きな機関銃がお前を待っているさ!」
チームメイトの心からの心配の声に、彼は静かに首を横に振った。
「……ルゥが、……あの子が決めたことなんだ。今まで本当の妹のように大切にしてきた子が、自分で決めたんだ。だったら、僕は認めてあげるしかないじゃないか!」
「「カレィ隊長!」」
いつの間にか、チームメイトも泣いていた。
カレィと一緒になって悔し涙を流す。恋人は作らない。誰も抜け駆けをしない。そんな鉄の掟が、彼らの絆をさらに強くしていたのだ。
だが、そんな熱い友情さえ、頭の悪い男たちの餌食となってしまう。
「あれ~、よく見たら、お兄さまではありませんか~」
ねっとりとした嫌味な声が聞こえた。
びくり、と肩を震わせながらカレィが振り向くと、さっきまで大声で笑っていたはずの男たちがすぐ近くにまで来ていた。
「どうも~、妹さんをいただきました、チャラオ・D=QNでぇす~。妹さんとは仲良く乳繰り合ってます~」
「あひゃひゃ、チャラオ! そいつは言い過ぎだぜ!」
「見ろよ、こいつらの悔しそうな顔を!」
「ははっ! 童貞君には、ちょっと刺激が強かったんじゃねーの!」
奇声のような笑い声を上げながら、カレィたちのことを馬鹿にしていく。
だが、彼らは何も言い返せなかった。
肩を丸めながら、じっとしている。
悔しくて手が震えても、言い返せるだけの勇気がなかったのだ。
「ぐ、ぐぅ」
「あ、あんまりだ」
「それ以上は言わないでくれ」
内気というより、もはや臆病といった方が正しかった。
この学園には『臆病者』と呼ばれる《狙撃兵科》の生徒がいるが、外見的にはその何倍もヘタレであった。
「ひゃひゃひゃ! なんだ、こいつら。怖くて震えてやがるぜ」
「ダセーっ!」
「情けねーの!」
「おらおら、こうしたらちょっとは怒るんじゃねーの!」
そう言って、男は水の入ったコップを手に取る。
そして、そのままカレィの頭の上で逆さにしたのだ。バシャバシャ、と彼は頭からびしょ濡れになっていく。
「あひゃひゃ、やり過ぎだぜ!」
「見ろよ、こいつら。泣いちゃってるじゃねーか」
「ごめんちゃ~い。ボクちん、頭悪いから~。ここが水捨て場だと勘違いしちゃった~」
完全にバカにした声で、カレィたちのチームに嫌がらせをしていく。
それから数分間。
彼らが満足するまで嫌がらせは続き、そして高笑いと共に去っていった。
「……隊長」
「……俺たち、俺たち」
「……悔しい! 隊長は悔しくないんですか!
大切な従妹を、あんな男に取られて!」
チームメイトは涙声で、自分たちのリーダーに問い詰める。
すると、カレィも涙を流しながら言った。
「悔しいに決まっている! でも、どうしろというんだ! あいつらの学園ランキングは、僕たちよりも上だ! 逆らいようがないじゃないか!」
オルランド魔法学園では、学園のランキングは全てだ。
生徒間の序列はランキングで決まり、争いがあったときもランキングが上のほうが優遇されてしまうカレィのチームは、現在71位。控えめに言っても、高い順位ではない。
「……それに、僕たちは最近負け続けているし、この間だって『眠り姫』を相手に何もできなかった。そんな僕たちが、この学園で強くなることなんて―」
カレィが諦めの言葉を言いかける。
その時だ。
彼らの後ろに、二人の男が立っていた。
黒い礼服に、赤髪と青髪の兄弟。
周囲の生徒がざわめいているなかで、彼らは声を掛ける。
「強くなりたいのか?」
「だったら、俺たちが特訓してやろう」
カレィたちは驚いて、その人物たちを見上げる。
そこにいたのは、この学園のトップランクに君臨する兄弟の姿であった。
学園ランキング9位。
天才と秀才の、ニーヒル兄弟。
他の生徒の追随を許さない二人が、彼らに手を差し出していたのだ。
「こ、こんな僕たちでも強くなれるのか?」
カレィの自信のない問いに、ニーヒル兄弟は力強く答える。
「あぁ。だが、並大抵の努力ではダメだ」
「それこそ、死に物狂いって奴だ。お前らに、その覚悟はあるか?」
兄弟の厳しい視線に、カレィたちは一瞬だけたじろぐ。
だが、すぐに意を決したように叫んだ。
「お願いします!」
「あいつらを見返すだけの強さを!」
「僕たちに、戦える力を!」
「力をください!」
ざぁ、と頭を下げるカレィチーム。
そんな彼らを前に、ニーヒル兄弟は不敵に笑った。
「……なら、今日から特訓を始めるぞ」
「……まずは、基礎訓練からだ。腹筋一万回。腕立て伏せ一万回。スクワット一万回。それを毎日こなせ。銃弾を弾き返せるような鋼の肉体を目指すぞ」
「「「はいっ!」」」
こうして、カレィチームの特訓が始まった。
それは筆舌に尽くせぬ過酷なもので、心身共に極限まで鍛え上げるものであった。
そして、数週間後。
カレィのチームと、ちゃらちゃらした軽薄な男、チャラオのチームのランク戦が開始された。
……されたの、だが。
「な、なんだ、こいつら!」
「銃弾が効かない! 全部、肉体に弾かれているぞ!」
「ひぃ! こいつら、あんなに弱そうだったのに! この数週間で何があったんだ!」
チャラオたちが銃を乱射している先に、男たちは立っていた。
全員が機関銃を構えたまま、動こうとはしない。
半袖から見えるのは、大木のようなムキムキの腕。胸元は筋肉が盛り上がり、シャツが弾け飛んでしまっている。
嵐のような銃弾を前にしても、逃げることも、怯むこともない。
機械のように無表情のまま、静かに命令を待つ。
……殺人マシーン。
そんなものが存在するなら、それは今の彼らのことを指すのだろう。
「……殲滅せよ」
リーダーのカレィ隊長が指示を出すと、チームメイトの瞳にも色が宿る。
ギラギラとした赤い色だ。
異様に殺気立ったその瞳は、殺人マシーンに命が吹き込まれた瞬間でもあった。
「サー、イエッサー!」
「貴様ラニ、地獄ヲ!」
「排除、排除、排除、排除!」
そして、次の瞬間。
カレィチームの機関銃による一斉射撃により、チャラオたちは阿鼻叫喚へと叩き落とされた。
一方的に攻撃されて、蹂躙されて、殲滅された。
立ち会った教官も、これほどまでに残虐な戦いを私は知らない、と吐き捨てたほどであった。
その後、試合結果を聞いたニーヒル兄弟は、顔に冷や汗を浮かべながら静かに呟いたらしい。
「……兄者」
「……あぁ、やりすぎたな」
兄弟は多くを語らず、自分たちがとんでもないモンスターを生み出してしまったと深く慄いた。
その日のことは、『チャラオの悪夢』として学園で語り継がれていくことになり、カレィのチームは恐ろしい速度でランキング上位のチームへの仲間入りを果たしたという――
『余談。男と涙と機関銃 ~了~ 』




