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第22話 「教科書に書いてないこと」


――◇――◇――◇――◇――◇―


 ギガナ高地は、共和国と帝国との国境線の、北部に位置する。


 林や森といったものはなく、なだらかな平原が続いているだけの土地。ガリオン帝国との国境には、ルゼア河やアルフ山地といった自然の防壁があったが、このギガナ高地には遮るものが何もない。


 そのため、見晴らしの良い平原は、帝国の戦車で埋め尽くされることになった。

 開戦後、軍事力で他国を圧倒していた帝国により、軍備で後れをとっていた共和国の防衛線が瞬く間に崩壊。そのままなだれ込む勢いで、このギガナ高地へと進軍していた。


 当時、まだ国を守ろうと頑張っていた共和国軍は、その総力を集めて帝国を撃退しようとする。だが、旧式のライフルしか持たされていない共和国の兵士たちに勝ち目はなかった。


 死体が転がり。

 血溜まりが空を映す。

 火薬と砲撃で染まった、灰色の空。

 戦争が終わった今でさえ、許可のないものは立ち入ることはできない。


「……それがギガナ高地、だそうだ」


 シローは手に持った教科書から目を離すと、傍に居るクリスティーナを見る。


「えぇ、知っています。ですが、私が知りたいのは、ここから先です」


 ぺらり、と教科書のページをめくっては、そこに書かれていることに不満そうに目を細める。


「その後、共和国軍は勇敢な指揮官により奮闘。帝国軍の侵攻を食い止め、膠着状態に持ち込んだとあります。……これは事実なのですか?」


「さぁな、教科書にはそう書いてあるだろう?」


「茶化さないでください、兄さん。私が知りたいのは、教科書には書かれていないことなんです。あの時、同じ戦場に立っていた兄さんには、これが真実かどうか知っているのでしょう?」


 クリスティーナの質問に、シローは何も答えず視線をそらした。

 そして、口を閉じたまま、窓の外の風景をじっと見つめる。


 シローとクリスティーナがいるのは、学園の図書館。

 放課後という時間帯からか、他の生徒たちもちらほら見ることができる。真面目に調べものをしている者もいれば、こそこそと楽しそうに談笑している者たちもいる。


 そんな図書館の一番奥のほうに、シローたちがいた。

 梯子がなければ手の届かない書架。その間に挟まれながら、放課後の西日を浴びている。


「……兄さん、ちゃんと答えてください」


 小さな声で、しかし、はっきりとした口調で彼女は問う。


「……戦争の英雄。『ホワイトフェザー』である兄さんなら、わかることがあるんじゃないですか?」

「……」

 クリスティーナの指摘はおおむね正しい。


 シローが無言になるくらいには、的を得た質問であった。戦争のために作られた架空の英雄『ホワイトフェザー』。その存在を支えていた第九魔術狙撃部隊には、それ相応の正確な情報が集まっていたからだ。


 故に、シローは偽ることをせず答えようと思った。


「……何が聞きたい」


「まず、この戦いについてです。ギガナ高地の戦い。共和国軍の奮闘により、帝国の進軍を止めたとありますが、これは本当なのですか?」


 クリスティーナが知りたいのは、父親の死の真相。

 そのためには、当時の状況がわからないといけない、という考えは正しい。軍の指揮官が流れ弾に当たることなんて、偶然・・には発生することは稀なのだから。


「それは、嘘だな」


「……え?」


 シローの端的な答えに、クリスティーナは反応に困ってしまう。


「共和国軍の旧式のライフルなんかで、帝国の戦車部隊と戦えるわけがないだろう。この時は、まだ魔術兵士もいない状況だ。例え、死体で防壁を作ろうとも無理にきまっている」


「じゃ、じゃあ! どうやって、帝国の侵攻を止めたのですか!?」


 驚愕する彼女に、シローは視線を外して空を見る。夕焼けの空がなんとも美しい。


「……雨だ」


「は?」


「その年のギガナ高地は、雨季が例年よりも早く来てな。ぬかるんだ地面に、土砂降りの豪雨。戦車は進むことができず、補給もままならない。そこで帝国軍は侵攻することを止めて、その場に陣地を築いたんだ。……雨季が終わるまでな」


 ぽかん、とクリスティーナは口を開いている。


「だったら、教科書に書いてあるのは―」


「全部、嘘だ。……いや、都合のいいところだけを書いてある、といったほうがいいか。実際に何度も反抗作戦が行われて、共和国内にいる帝国軍を追いだそうとしていたからな」


 そのほとんどが全滅した、とは言わなかった。

 見栄と意地を張った軍が、意味もなく味方兵士を殺す結果となったという悪評は、シローがいた第九魔術狙撃部隊にも伝わっていた。その部隊の指揮官さえいなければ、死ななくて済んだ人間が大勢いたのに。


「なんだか、がっかりです。教科書に書かれていることが、真実ではないなんて」


 クリスティーナは教科書を片手に肩を落とす。

 そんな彼女を見て、シローは平坦な口調で言う。


「真実なんて、そんなものだ。誇張され、いいように解釈されて、どんどん耳障りのいいものになっていく。……もしかしたら、本当のことなんて知らない方がいいのかもしれない」


「兄さん?」


「いや、なんでもない。忘れてくれ」


 シローは自分の吐露をすぐさま否定する。


「クリスティーナが新兵隊として前線に立たされたのは、その雨季が終わってからだろう。指揮官であるヴォルマ・ビスマルクが流れ弾に倒れたのも、それと同じ時期だ」


 シローは表情を変えることなく続ける。


「その後、グラン大佐が魔術兵士を率いて前線に介入したことで、完全な膠着状態に持ち込んだ。大佐の元には、精鋭たちが集まっていたからな。帝国も他のルートから侵攻するしかなくなったんだ」


 オルランド魔法学園の学園長、グラン大佐。

 彼のまた、生きる伝説の持ち主だ。


「……つまり、父を撃った人間は―」


「当時のギガナ高地には、大勢の人間が集まっていた。帝国の戦車隊に、共和国の魔術兵士。『ホワイトフェザー』として語られる第九魔術狙撃部隊も、とある任務・・・・・のために戦場に立っていたからな。誰が撃ったかなんて、簡単にはわからないさ」


 シローが軽く肩をすくめてみせる。

 だが、そんなシローを見て、クリスティーナは軽く唇を綻ばせた。


「……でも、そこに兄さんがいたから私は救われた。もし、『ホワイトフェザー』がいなかったら、私も戦場の骸となっていたでしょう」


 ふふっ、と静かに笑みを咲かす。


「兄さんには感謝しているんです。あの時、私の命を救ってくれて。父を失ったばかりの自分に、狙撃手としての生き方を教えてくれて、本当にありがとうございました」


「……あぁ」


 真摯な感謝を口にする彼女を前にして、シローは複雑な感情を禁じ得ない。


 普段通りの顔で返事をするが、その内心は酷く後ろめたいものだった。真実なんて知らない方がいい、というのはシローの偽らざる本心だったから。

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