忍び寄る脅威1
脅威には2種類有ると思う。目に見える脅威と目に見えない脅威だ。
目に見える脅威に対しては、誰しも協力して対処するだろう。この世界で最も身近な見える脅威と言えば、魔物の存在が挙げられる。冒険者にとっては最弱の魔物であるゴブリンでも、街中に住んでいる一般人にとっては命に関わる脅威だ。
そんな脅威から逃れるために、街には外壁が作られ、警備の人間を雇ったりしている。その事を批判するような人はほとんどいないだろう。
だが目に見えない脅威には、協力しない人間も出てくるだろう。見えない脅威が脅威になりうると考えられない人間は、見えない脅威に対する備えを理解出来ないに違いない。
突如として始まった今回の騒ぎは、そんな見えない脅威から始まった。
ビヤクダケによる騒ぎから少しして、ふと気になった事があったので、マイラに確認をとった。
「『恵みの大森林』のゴブリンの大量発生はどうなったんだ?」
「はあ……そんなにゴブリン狩りをしたいんですか?」
「そんな訳あるか!そうじゃない。俺も巻き込まれたから経過を知りたいと思っただけだ」
「そうでしたか。そういえばアークさんも巻き込まれていたんでしたね」
この大陸に来て直ぐに巻き込まれた『恵みの大森林』のゴブリンの大量発生の経過について聞こうと思ったら酷い勘違いをされてしまった。
「現在は3星と4星のパーティーに討伐依頼を出していると聞いています。事前の調査で広範囲に広がっていることがわかりましたから、殲滅にはまだまだ時間がかかるでしょうね」
「そうか、俺が行こうかと思ったが、ちゃんと対応されているんだな」
「ええ。それに数が多いので依頼には制限がかかっていて、3星以上の冒険者ではないと受注できないようになっています。
アークさんがこの依頼を受けようと思ったら、早く星を上げないといけませんね」
俺がフィーゲルで冒険者として活動を始めてから、まだあまり時間は経っていないため、俺の冒険者ランクは1星のままだ。
正直ゴブリン程度なら千や二千束になってかかってこられても何という事はないのだが、人の世で生きていくためにはルールを守っていかなくてはならない。
対応出来ていないのなら、俺が行こうかと思ったが、今回は静観していてよさそうだ。
「星か、俺はいつになったら2星に上がるんだ?」
「1星から2星には、複数の種類の依頼を問題無くこなせる事が確認されれば、上がる事が出来ます。アークさんは後4種類くらい依頼をこなせば上がるのではないかと思いますよ。地道に依頼をこなすのが昇格への1番の近道です。
それではアークさん、今日はこの依頼はどうですか?ワイルドボアの討伐です。ワイルドボアは縄張りが広いため、討伐数を稼ぐには移動を繰り返さなければならないので稼ぎにくい依頼なんですが、アークさんなら移動が速いのでデメリットになりにくいと思います」
「わかった、それにしよう」
「ありがとうございます。ワイルドボアの討伐証明部位は右の牙になります。フィーゲル周辺にいる猪型のモンスターで、何にでも突進してくるので迎え撃つ戦法がよくされていますが、アークさんの場合はどうなるかはわかりません」
俺が相手だと突っ込んでこないかもしれないって事だな。ゴブリンの時みたいに別の問題が起きるかもしれないし、一度行ってみて様子を見てみた方がいいな。
夕方、俺は依頼を報告するためフィーゲルの街に戻ってきた。今回の依頼は問題が発生する事も無く、むしろ予想外に順調だった。ワイルドボアは、懸念していたように逃げる事も無く、俺が相手でも構わず突進を仕掛けてきた。
予想外だったのはその後だ。俺に突っ込んできたワイルドボアは、直前で力の差を感じたのかブレーキをかけ、立ち止まるのだ。しかも方向転換や後退が得意でないのか、俺の目の前でノロノロと行動するので隙だらけであった。
むしろブレーキをかけずに駆け抜けた方が逃げられるのではないかと思ったが、依頼が簡単になる分には大歓迎なので、隙をさらしたところを積極的に叩きのめしていった。
出会うワイルドボアがことごとく同じ行動をとるので、今回の討伐依頼は非常にスムーズに終える事が出来た。
「あっ、ギルドマスター、アークさんが戻ってきましたよ」
家に戻ってきたところ、家の中からマイラが駆け寄ってきた。口振りから、フリーダも来ているようだが何かあったのだろうか?
「ああ、アーク君戻ってきてくれてよかった。ギルドから緊急でお願いしたい依頼が有る。悪いけれど拒否は出来ないから準備をしてくれ」
「いったい何が有ったんだ?」
「歩きながら説明する。冒険者ギルドまでついてきてくれ」
フリーダについて、門をくぐりギルドへと向かう。街の様子も心なしか慌ただしくなっているようだ。
「今日の昼過ぎ、カレオラの街より早馬で救援の連絡が入った。内容はカレオラで枯木病が大流行していて、薬を送ってほしいというものだった。
枯木病というのはいわゆる風土病で、普通はそれほど流行するようなものではないんだが、この地方では20年前に一度大流行していて多くの死者が出た。それ以降、それぞれの街で十分な量の薬を所持しているはずだったのだが、カレオラの街では数年前に破棄していて薬が無いらしい。大方過去の教訓を忘れた愚か者がいたのだろうな」
そこまで一息に説明したフリーダは俺を振り返った。
「枯木病は体が枯木のように痩せ細り、死んでしまう病気だ。薬が無ければ治療は難しい。幸いフィーゲルの街には薬の余剰が有るので、それを運べばいいのだが、フィーゲルからカレオラまでは馬でも4日の距離がある。
そこで君にはカレオラまで薬を空輸してもらいたい」
誤字脱字等ありましたら連絡をお願いします。
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